小学校で除け者扱いされていた私を助けてくれた三白眼の彼の隣で時間を共にして数年後、「大好き」だと告白した

 いじめられていた友だちを助けたくて、いじめっ子と喧嘩をした。


 次の日から私がいじめられる対象になっていた。


 助けたはずの友だちも向こう側についていた。


 楽しかった世界はたった一日で絶望に染まった。


「眼が赤いなんて気持ち悪っ」


「ヒーローに倒された怪獣と同じ髪してる」


「お前も悪い奴らと一緒なんだろ、化け物」


 毎日が辛かった。


 無視をされ続けるのも。大好きな髪も瞳の色を否定されるのも。


 はやく学校なんて終わればいい。


 そんな風に過ごしていた私に話しかけてきたのは――


「俺の名前は細山聡一! 銀髪。名前はなんていうんだ!?」


 ――三白眼の男の子だった。


 聡一と名乗ったその子は転校してきたばかり。


 私が置かれている状況が知らないんだと思う。


 だから、巻き込まれる前に突き放さないといけないのに……。


「凜々花! 俺についてこい!」


「えっ? えっ?」


 彼はウジウジしていた私を教室じごくからいとも簡単に引っ張り出してくれて、そのまま学校の外まで連れ出した。


 いったい彼はどこへ私を連れていくのだろうか。


 尋ねると、彼はさも当たり前のように答える。


「俺の家だ!」


 なんで?


「お前と遊ぶためだよ」


 そう言われてしまったらなにも言い返せなかった。


 この日から私の世界はまた輝きを取り戻し始めた。


 門限ギリギリまでゲームをしたり、テレビを見たり、お菓子を食べたりして……。


 彼は私の家まで「おいおい、この俺がお前を一人にさせると思っているのか?」と言って、送り迎えまでしてくれた。


 きっと私が玄関で寂しさを覚えていたのを察してくれたんだと思う。


 とても優しい彼との日々がいつまでも続けばいい。


 そんな願いは叶わないとわかっていたのに……。


「あんた、最近調子乗りすぎじゃない……?」


「あ、あっ……」


 彼女はこのクラスのボス。強気で勝気な女の子。


 自分が絶対に正しくて、それ以外の意見は認めない。


 私をいじめるように仕向けた張本人。


 彼女を中心に何人もの女子が私を囲む。隙間からニヤニヤとこちらを眺める男子の視線が突き刺さる。


 忘れていた。ここは地獄だということを。


 身体が震えだす。視界の焦点が定まらなくて、涙が溢れそうになる。


 私の前に、彼が現れるまでは。


「ちょっと転校生! 邪魔しないでくれる?」


「あん? 誰だ、お前?」


「なっ……!?」


 想定外の返しだったのか、彼女は顔を真っ赤にして固まった。


 彼は私の手を取るとダルそうに囲いを抜けようとする。


 阻止するのはもちろん彼女で……。


「ちょっと! 私は通っていいなんて許可してないんだけど!?」


「なんでお前の許可がいるんだよ。俺は誰にも縛られない男だぜ?」


「は、はぁ?」


「悪の良さがわからないか……」


「そ、そんなことはどうだっていいのよ! あんた、そいつと関わるの辞めなさい。そしたら、これまでのことは見逃してあげる」


「断る」


「……はぁっ!?」


「話は終わりか? なら、退くんだな」


「な、なに言って……」


「どけ!」


「っ……」


 彼の声に圧されて、私たちを囲んでいた女の子たちがズルズルと後ずさる。


 自然と開かれた前へ進む道。


 彼は周囲に威嚇するようににらみを利かせていた。


「あ、あんたたち覚悟しておきなさい……! 私に逆らったら、どんな目に遭うか――」


「――俺は俺の意思で凜々花と一緒に居る! 邪魔するなら容赦しねぇ!」


 ドクンと心臓が跳ねる。


 どんどんと鼓動は速くなっていく。


 嬉しい。嬉しい。嬉しい。


 頭の中が喜びで染まっていく。


「俺はやられたら何倍にしてでもやり返す! もちろん凜々花に手を出してもな!」


「な、なんで、そんなにそいつに構うのよ。放っておけばいいじゃない……」


「こいつは俺の大切なお気に入りだから。それ以外の理由なんかいるか?」


 それで話は終わりだと言わんばかりに彼の手を握る力は強くなる。


 ぎゅっと私も絶対に手放さないように握り返す。


「ほら、行くぞ、凛々花」


 手を引かれて、歩き出す。


 ダメだ。上手に返事をすることさえままならない。


 聡一の顔を見ようと思っても、顔が熱くなってそらしてしまう。


 ああ、そっか……。


 これが『好き』って気持ちなんだ……。


 その日、私は初恋を抱いた。




    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 聡一はきっと魔術師か何かだと思う。


 私の心をいつも読んでいるかのように動いてくれる。


 いつもいつも私がしてほしいことを叶えてくれるのだ。


「今週の土日は俺の家に泊まってもらうぜ!」


 休みの日も一緒に聡一と居たいなって思っていたら、こんな風に誘ってくれたし。


 もちろん、それも嬉しかったけどいちばん嬉しかったのは私の眼と髪を褒めてくれたこと。


 聡一を信じて伸ばしていた髪を切って、見せるのは勇気が必要だったけど……。


「きれいだ」


「あ、ありがとう……」


 う、うぅ……!


 心がポカポカと温かくなる。


 絶対に顔が赤くなっちゃってる……恥ずかしい。


 何回だって思い返しても、この熱が冷めきることはないだろう。


 それにしても今日の聡一はすごく積極的だ。


「ふえっ!? そそそ聡一!? どうしたの、急に!?」


「おいおい、俺たちの仲だろ? まさか……嫌だってことはないよなぁ?」


 ブンブンと首を振る。


 聡一はあんなに心が読めるのに私の気持ちには一切気づいている素振りを見せない。


 というか、女の子に興味がないように映る。


 そんな彼がこんな風に密着するくらいぴったりとくっつくのは珍しい。


 思いがけない機会に一気にテンションが跳ね上がった。


「も、もちろんそんなことないよ!? むしろ嬉しいし、ずっとこのままが……」


「あん? なんか言ったか?」


「う、ううん! なんでも!」


 あ、危ない……!


 聞かれたら私の気持ちに気づかれちゃっていたかも……。


 私が告白するのは聡一が私に興味を持ってくれてからと決めている。


 きれいになるためのトレーニングをママに教えてもらっているし、いいお嫁さんになれるようにお料理なんかも練習し始めた。


 この想いを自覚した時から、私の夢は聡一のお嫁さんになること。


 聡一と結婚したら白い大きな家で「ただいま」って迎えてあげて、「美味しい」ってご飯を食べてもらって……ママとパパみたいに一緒にお風呂に入ったりなんて……。


 キャーキャー! 私ったらなんて想像を……!


「フハハハッ! どうした、凜々花? 今日はえらく調子が悪いじゃないか?」


「えっ?」


 テレビを見れば『You lose』の文字。


 聡一との新婚生活を妄想している間にゲームに負けていた。


「う、うぅ……。聡一のせいだからぁ……」


「そうかそうか!」


 クククッと独特の笑い声が響く。


 聡一は気分がいいといつもこんな風に笑う。


 負けちゃって悔しいけど……聡一が楽しそうならいいかな。


 それからお義母さんの美味しいご飯を食べて、(別々に)お風呂に入って、ホラー映画を見ることになった。


 私は怖いものが苦手だ。


 聡一と一緒の時間を共有したくてなんとか我慢していたんだけど……やっぱり無理だった。


 だけど、やっぱり聡一はそんな私のことををお見通しで。


「怖いなら握っててもいいぜ?」


 そうやってすぐにかっこつけてくれる。


 ねぇ、聡一。


 あんまり優しくされちゃうと、どんどん好きになっちゃうよ?


 わかってる? 私がどんな気持ちで手をつないでいるか。


 ああ、指先から伝わってしまわないだろうか。


 この溢れる彼への想いが。


「……聡一?」


「なんだ? 離してほしいのか?」


「……ううん。今日はこのままがいい」


「そうか。なら、勝手にしろ」


 それから私は彼の手を握り続けた。


 映画を見終えても。歯磨きをしても。聡一の部屋に来ても。


 いつもリビングで遊んでいたから初めて入った聡一の部屋。


 今夜、私と彼はここの部屋で一緒に寝るようにお義母さんに言われている。


 お願いを聞いてもらえたみたいで、敷かれている布団は普段彼が使っている一枚だけだ。


「……やっぱり狭くないか?」


「そうかな? 私はこのままでいいけど」


「……ちょっと兄ちゃんに頼んで借りてくる」


 そう言って彼は隣の部屋にいるお義兄さんのところへ行ったけど、一分もしないうちに帰ってきた。


「どうだった?」


「なんかめっちゃ怒られた。今後人生でできる経験じゃないからさっさと寝てこいだってさ」


 グッジョブ、お義兄さん!


「最近、兄ちゃんがなんか余裕ない感じなんだよな。たまに『弟にいろいろと越される』とか呟いてるし」


 ガシガシと頭をかくと、聡一は渋々と布団の中に戻る。


 そして、私はすぐに手を握った。


「……まだ続けるのか?」


「う、うん。まだ怖くて……ほ、ほら、あのフィギュアとか」


 私は部屋に並べられているフィギュアを指さす。


 それはよくあるヒーローものに出てくる悪役のような姿をしていた。


「ん……? クククッ、なんだ凜々花。お前にもあいつらの良さがわかるのか?」


「う、うんっ。すごく怖くて、でも格好いいね!」


「だろう? なかなか見る目があるじゃないか」


 一気に上機嫌になった聡一。


 好きなものが褒められると嬉しい気持ちはわかる。


 だから、もっとよく理解しようとして棚へ視線を巡らせれば、他にも怪人や怪獣と呼ばれる敵役の人形が飾られていることに気づいた。


 ……そういえば聡一はゲームでもよく悪役のキャラを使っている。


 何か理由でもあるのかな。


「ねぇ、聡一ってああいう悪いのが好きなの?」


「ああ。あいつらは格好いい。自分の信念を貫き通して生きている。憧れるよな」


「ふぅん、聡一もあんな風になりたいの?」


「もちろん」


「だから、悪役が好きなんだ」


「悪役が好きなわけじゃない。ただあいつらは『悪』を押し付けられたから、そう呼ばれているだけなんだ」


 聡一の語気が強くなって、思わずその横顔を見やる。


 ずっとそばにいる私でも見慣れない真剣な顔つきをしていた。


「昔、兄ちゃんに見せてもらったビデオに出てきた宇宙人はさ、何も悪いことをしていなかったんだ。人間と仲良くしたいけど見た目で迫害されて、生き残るためには戦うしかなくて、最後は『悪役』としてヒーローに倒された」


「…………」


「みんなが宇宙人を理解してやれば仲良くなれたのにって。そしたら兄ちゃんが『聡一はそういう格好いい人間になるといい』って教えてくれてさ。その時から、俺はこいつらの味方になれるような人間になろうって決めたんだ」


「……そっか」


 だから、聡一はあの時、私を助けてくれたんだね。


 話だけで判断せずに、目をそらさないで私を見つけてくれた。


 ……ありがとう。


 私はとっても幸せだよ。


「よく眼帯をつけて魔法の詠唱をしてる兄ちゃんを見習って、怪人たちになり切ってこいつらの気持ちを理解しようとしてだな……って、聞いてるか、凜々花?」


「……ふふっ。ごめん、聞いてなかった」


「この俺がありがたい話をしているというのに……まぁ、いい。俺ももう眠いから寝るぞ」


「うん、おやすみ」


「……おやすみ」


 そう言うと彼はこちらに背中を向ける。


 それでも手は握ってくれているあたり、天性のお人好しなんだろうな。


 思わずクスリと笑ってしまった。


 彼に手を引かれて、何度も見てきた私にとってのヒーローの背中。


 そっと体を寄せる。


 楽しい思い出を作れて、好きな人の隣で寝れて、聡一には返せないくらいたくさんの幸せをもらった。


「聡一……もう寝ちゃった?」


 返ってくるのは、穏やかな寝息。


 上からのぞき込んでも落ち着いた優しい表情をしている。


 彼は本当に寝たみたいだ。


 私はこんなにもドキドキしているというのに……。


「もう……聡一のバカ」


 でも、ね。


「大好き」


 そう言って、私は彼の頬にキスをした。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「ふふっ……懐かしいなぁ」


「ママ? なに見てるの?」


「うーん、ママとパパの昔の写真かな。一花いちかと同じちっちゃいころのやつ」


「ホントだ―! パパもママもちっちゃい!」


「でしょー? この時からママはパパのこと好きだったんだよー」


「一花もパパ好きっ!」


「えー、ママはー?」


「ママも好きー!!」


「きゃー、かわいいっ。さすが私たちの子だわ! ねぇ、パパ?」


「……いや、準備してくれよ。さっきから俺ばっかり手を動かしてるんだけど」


「あー、見て見て、一花。パパ拗ねてるよー」


「じゃあ、パパにもハグしてあげる。ぎゅーっ!」


「ああ、一花。癒しはお前だけだよ。昔はママもよく言うことを聞いていたのに……」


「あら~? パパ何か言ったかしら~?」


「……一花。パパのお手伝いしてくれるか? あそこのおもちゃとか持ってきてくれ」


「はーいっ! ねぇ、パパ。一花たち、新しいお家に引っ越すんだよね?」


「そうだよ。家族が4人・・になったら、ここは手狭だからな」


「ふふっ。パパったら張り切りすぎなんだから……」


「…………」


「ママー。新しいお家ってどんなところなの?」


「きっとビックリするよ。だって、すごくきれいで大きなお家だから! 一花も楽しみでしょ?」


「うんっ!!」


「よしよーし。なら、一花も自分の部屋からおもちゃ持っておいで。パパに渡してあげてね」


「はーいっ」


「…………ねぇ、聡一」


「……そう呼ばれるの懐かしいな。なんだ、凜々花?」




「――大好きっ」




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転校先の小学校で除け者扱いされている銀髪の女がいたから嫌がらせをし続けて数年後、「大好き」だと告白された 木の芽 @kinome_mogumogu

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