1-4   新居

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 なんとも個性的な面子メンツが揃ったところで、いよいよ洋館の中へ入っていくことになった。


 僕はこれから三十八歳を迎える前まで、この屋敷で暮らすことになる。

 とは言っても、小中高と寮に入れられていたし二十代中盤は海外の大学院にいたから、体感としては十余年程度の住まいだ。


 そんな短い期間の屋敷暮らしだが、僕が初めて感情を出した家といってもいい。


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 洋館の中へ入ると、すぐそこに広い部屋があった。


 重厚なソファが二台置かれており、大理石のテーブルを挟んでいる。一つの壁面にはガラス戸の本棚が敷き詰まっていた。また別の壁沿いにはグランドピアノもある。ここを応接間、と言うらしい。



「ここは元々、宿泊施設にしようと考えられていたんですよ。二、三階には部屋がそれなりにあるので、数日前から僕らも使わせていただいています」

 応接間から廊下へ出ると、執事の有馬ありまがそう説明した。


「それじゃ、一かいにはなにがあるんで……」


 尋ねようとすると、有馬が人差し指を顔の前で立てて制止する。


辰二郎しんじろう様、僕らはいわば召使いです。丁寧な口調でお話しになる必要はありません」

 そう言うと、僕に向かって片目をつむってみせた。


 この糸目の執事は、僕に敬語を使うなと言いたいようだ。迎えられた当初からずっとニヤニヤしているのでなんとなく苦手に思っていたが、ざっくばらんな人らしい。


「……一かいには、なにがあるの?」

 語尾を訂正して改めて問う。すると有馬が満足そうにうなずいた。


「一階には、応接間の他にトイレが二か所、大浴場にシャワールーム、厨房、食堂、サロン、楽器庫などがありますよ。さっきの場所がお手洗い、そしてここが大浴場です」


 トイレのことを本家ではかわやと呼んでいたので、横文字が飛び出してくるのは新鮮だった。シャワールームというのは風呂と何が違うのだろう。


 だが、僕にはそれよりも気になることがあった。

「サロンってなに?」


「かつてヨーロッパにあった、女性が中心になって談笑やら論議やらをひたすら交わすためのものですよ……ほら、そこがサロンです。」


 有馬が首を向けた方を見ると、ガラス張りの壁から奥をのぞくことができる空間があった。横長のカウチソファ(と呼ぶらしい)が四つと、肘掛け椅子が六つ、中央にはテーブルが置いてある。

「なにをぎろんするの?」


「政治のことだったり、はたまた哲学や文学のことだったり。集まった人たちや日によって様々です」

 答えたのは有馬ではなく、玄関で有馬を叩いてのけた女性だった。


志津しづちゃん、ナイスアシストー!」

 有馬が口笛を吹くと、その女性はすぐさま有馬をにらんだ。

 またしても殴られると思ったのか、有馬は慌てて声色を戻す。叱られるためにわざとやっているようにも見える。


「オホン。えー……廊下はしばらく続きますので、各部屋を紹介しつつ僕らのこともお話ししますね」

 有馬はそう言うと、片手で今の女性を指した。


「こちらの女性は永山志津ながやましづ。この館のメイド長ですよ」


 永山と紹介された女性がスカートの裾をつまんで腰を折る。

「永山です。辰二郎様のお世話をさせていただけるのは恐悦至極きょうえつしごくにございます」


 永山は長袖の黒いワンピースの上から、ぱきっとのりのきいた真っ白なエプロンを被せている(三人いる女の人はみんなこの恰好をしていた)。前髪をきっちりと分けていて、後ろは低い位置で一つにまとめてられていた。眉が吊り上がっていて厳しそうな印象を受けるが、怒っているというわけではなさそうだ。


 無駄のない装いをしていると感じられた。五人いる大人のうちで一番の年長者だと思われる。


 そして、やはり腰元の代わりとなるのはメイドだったのだ。


「メイドって、カタカナ?」

 女性のことは永山に聞くことにした。すると永山は立ち止まり、僕の背の丈に合わせるかのようにかがんだ。廊下を歩いていた僕を含む六人が全員立ち止まる。


「ええ、そうです。サロン、エプロン、スカート、シャンデリア……などと同様にございます」

 永山が天井を指す。そこへ目を向けると、あかりのついた豪華なものがあった。

「この屋敷に使われているのは、ガラスとクリスタルのシャンデリアでございます。外来語は全てカタカナで表されますね」

「がいらいご……」


「志津ちゃん、子供に難しいこと言いすぎじゃないかなぁ」

 有馬が頬をかいて笑っている……笑っているのは最初からだが。


 有馬は心配しているが、僕には永山の言っていることが理解できた。きっと他の国から教わるまで日本に存在していなかった言葉のことを外来語と呼ぶのだろう。

 しかし聞きたかったのとは違う。

「メイドはカタカナなのに、どうして執事はかん字なの?」

「それは……」

 永山が悩むそぶりを見せた。聞いてはいけないことだったのだろうか。


「執事という役職が昔から日本にあったからですわ」

 永山の背後から声がした。


 永山とほとんど同じ服を着た、色素の薄い女性だ。くせ毛を高い位置で二つに束ねているから、動くたびに顔の横でぴょんぴょん跳ねていて生き物みたいだ。派手な感じのする目の上では、前髪がまっすぐ切り揃えられている。


「辰二郎様、わたくしは姉小路あねこうじみちると申します。名字は長いですから、ただ〝みちる〟と呼んでくださいまし。執事というのは千年以上も前から日本にありましたのよ」

 姉小路……みちるは、永山と同じようにスカートの裾をつまんで一礼した。


 みちるの挨拶が終わるや否や、有馬が騒ぎたてた。

「あっ、いいなーいいなー。僕のことも名前で呼んでほしいなー。そうだ! 全員下の名前で呼んでもらうのはどうですかー?」

「従者があるじに提案するものではありません!」

 永山が有馬の提案をぴしゃり、とはねつける。


「とほほ~。相変わらず志津ちゃんは容赦ないなぁ……」

「大体あなたは人に馴れ馴れしすぎるんです! この間だって……」



 ……僕はこんなに騒がしい人たちと今後生活しなければならないのだろうか。

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