第3話 勇者、恥死する

「なぞなぞ、OK。寒さ対策、OK。念のための暑さ対策もOK」

 失敗から学び、準備は万端。

 いざ、行かん。ラストダンジョンの攻略!


 魔王城の大広間までやってきた。

 例によって、気安い部下が現れる。



「よ、勇者」

「おう、って気軽に話しかけんな。敵同士だぞ」

「そんな固いこと言うなよ~。では、本日のトラップです」

「はやっ。本日というと前とは違うんだ。ま、そんな予感はしてたけど……で、いったいどんなトラップなんだ?」


「今からゲストを交え、五分間だけおしゃべりをしてもらいます。最後までおしゃべりをできたら、魔王様の部屋に続く扉が開くぞ」

「はんっ、なんだそれ? おしゃべりならいくらでも付き合ってやる。ほら、ゲストとやらを呼べよ」

「んじゃ、本日の~スペシャル~ゲスト~! それはなんとっ! 勇者のお母さんで~す」

「な、なんだってぇぇええ!」


 

 部下が手を差し伸ばす。

 すると、その方向の空間が歪み、歪みの中から俺の母が現れた。


「や~ね、久しぶりやない」

「か、母ちゃん。ど、どうして?」

「どうもこうもなかよ。あんたぜんっぜん、連絡寄越さんやん。だけん、心配しとったとよ」

「そ、それは、悪かったと思うけど」

「でも、そちらの部下さんが息子に会わせてくれるぅ言うてくれるから、むしろこっちからお願いしてここまで来たったい」

「いや、あの、相手魔族だよ。もう少し、警戒しようよ……」

「そんな細かいことはどうでもいいったい。あんたに会えるんなら嬉しいけんね」


 そう言って、母は俺をギュッと抱きしめる。


「ちょっと、母ちゃん。やめてくれよっ、人前で恥ずかしい」

「なんば言ようとね。親子同士、別に恥ずかしことなかろうもん」

「そんなこと言ったってさぁ」


 俺はあまりの恥ずかしさに頬を火照らせながら顔を背けた。

 背けた先には部下が……そいつはニヤニヤしながら俺を見ている。



「プフ、微笑ましい」

「うるせい! って、ま、まさか、身内との照れ臭い会話が今回のトラップ!? お前、卑怯だぞ!」

「トラップってそんなもんだろ~」

「こ、この~……たしか五、五分だったな。よし、これくらいなら耐えてやる!」

「そう、頑張って。あ、そうそう、勇者のお母さん。勇者の幼い頃ってどんな感じだったの?」


 こいつ、子供の頃の話を持ち出しやがった。

 とことんえげつない奴!

 俺は歯ぎしりをして部下を睨めつける。

 そうだというのに、母はなんだか楽し気な声を出す。


「そうやねぇ、こん子の子どもの頃は今みたいに筋肉ムキムキじゃなくて、ひょろっこいゴボウみたいな子やったね」

「ちょ、ちょっと母ちゃん」

「村ではいっつもいじめられて、よう泣かされちょったんよ」

「母ちゃん!」



 俺はなんとか母を止めようとするが、全然止まる気がない。

 それどころか、部下と仲良さげに会話を重ねていく。


「やけど、こんなに丈夫に育って、お母ちゃんはもう……」

「よかったね~、ご立派になって。そのご様子から、勇者は昔からしっかりした子だったんだろうねぇ」

「そんな~、そうでもなかよっ。こん子はようおねしょばしちょったし」


「母ちゃ~ん!!」


「いっつも、大きな地図を布団に書きよったい。それを幼馴染みのミミちゃん見られて、生意気に恥ずかしがるんよ」

「か、かあちゃん、マジで、マジでやめて、お願いですから」



 恥ずかしさが怒りを飛び越えて、思わず懇願するような声を上げてしまった。

 だが、そんなこともお構いなしに、部下がさらに話題を掘り下げる。


「へぇ~、そんなことがあったんだ~。そのミミちゃんと言うのは、もしかして?」

「こん子の初恋の子ばい」


「母ちゃん母ちゃん母ちゃん!?」


「それじゃあ、告白なんかしちゃったり?」

「もちろんしたとよ。でも、ふられたったい」

「あちゃ~」


「ねぇねぇねぇ、もうやめようよ。ねぇ? ねぇ!?」


 

 この二人は一体何なんだろうか?

 俺がこんなにも取り乱しているのに、全然気にしやがらねぇ!

 いや、気にするどころか、部下はのほほんといった感じで人の恥部を広げていく。


「フラれたのはおねしょしてたから?」

「それは関係なかよ。ミミちゃんそん頃、村で一番強いクー君が好きやったんよ」

「ほうほう、それで?」

「それで、こん子は体を鍛える~、言うて、頑張って勇者になったんよ」

「なるほど~、頑張ったんだ。頑張ったね、勇者~」


「おま、おま、おま、ふざけんなよ」

「う~ん、あと一押しかな?」

「な、なにが?」


「勇者のお母さん。そのミミちゃんにフラれたとき勇者はどうしたの?」

「それが情けなかとよ。こん子ったら、ミミちゃんに嫌われた~、言うて、ず~っと泣きよっちゃん。あんまりにも泣くから、クー君がこん子を慰めるんよ」


「うわ~、恋敵に優しくされたんだ。つらかったね、勇者」

「あの、ほんと、勘弁してくれませんか……」

「え、でも、扉が開くまであと三分だよ。もう少しおしゃべりを楽しもうよ」


「え、三分? 三分? まだ三分もあるの!?」

「うん、そだよ。だから勇者、まだおしゃべりしよ? 魔王様を倒すんでしょ?」

「…………いえ、今回はやめときます」


 

 この後、俺は靄に包まれ町に戻り、宿のベッドに顔を埋め、声ならぬ声を叫び続けた。

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