マイル

「【王勾市役所 都市開発二課 赤月あかつき史也フミヤ】……?」

「上司の曽兌がご迷惑をお掛けしました……!! 何か失礼な言動をされませんでしたか!?」


 赤月さんは、スーツを着込んだ真面目そうな男性だった。自分の想像する公務員の印象そのままの外見で、眼鏡の奥の温和そうな細い目が申し訳なさそうに垂れている。


「いや、そんなことはなかったんですけど……」

「アカツキ、余計なこと言うなよ!」


 僕は受け取った名刺を片手に二人を見比べる。カナタという青年は課長のポジションらしく、彼の在籍する都市開発二課は実質彼ら二人のみが所属する部署であるという。一見した印象と異なり、赤月さんの方が部下のようだ。


「それにしても、赤月さんは常識的な格好なんですね」

「曽兌の服装は正式な制服ではなく、当人の趣味ですので……」

「……なるほど」


 自由で破天荒なカナタに苦労しているのか、赤月さんはどこか草臥れた笑みを浮かべることが多い。僕は少なからず同情しつつ、赤月さんに質問を続ける。


「単刀直入に聞きますけど、あの怪物たちは一体何なんですか? しかも、なんで夕方にだけ……」


 よくぞ聞いた、とばかりに赤月さんが表情を緩めた。糸のような細い目の奥に、確かな熱が灯ったように感じる。


「この街……王勾市は古墳で有名なことはご存知ですよね? 遠い昔、この一帯を支配する豪族が居まして、中央の朝廷と争っていたんです。所謂『まつろわぬ者』というわけですね。豪族は自らの権力を誇示するように王を名乗り、武力とまじないで周辺地域に力を示していたわけですね。『勾』玉を用いて『王』を頂いたことから、この地域は王勾と言われ……」

「ごめんな、クレムツくん。こういう時のアカツキの話、めちゃくちゃ長ぇんだよ!」


 水を得た魚のようにスラスラと言葉を紡ぐ赤月さんを一瞥し、カナタは呆れたように笑う。


「……ですから、時の豪族は当時の呪いの力を使ってこの王国を永遠に繁栄させることを願ったわけですね。そのため、要石や土偶、銅鏡などを地面に埋めることで結界を周囲に張り、外敵に対する防衛機構を作りました。無理やり敷地の形を変えようとするものに反発して、実体化した呪詛を顕現させる、というものです。これは明治期まで形を変えて続き、陰陽道や密教などと結びついて……」

「もういいって! 歴史の授業やりに来たんじゃねぇんだよ!! シンプルに言うとだな、呪いが化け物の形で現代人を取って食うようになったんだよ。俺らはそれを未然に防ぐために、結界の元を回収する仕事をしてる。再開発が止まってる理由のひとつが、これなんだよ」


 尚も語り続ける赤月さんを大声で遮り、カナタは退屈そうに肩を回す。戦闘以外の仕事に興味はないようで、赤月さんが報告書を仕上げるのを待っているようだ。

 赤月さんは粗方語り終えると、興奮を深呼吸でクールダウンさせる。どうやら歴史が好きなようで、熱が入った時の語り口は真に迫るものがあった。そんな彼が古いものを作り替える再開発に携わっているのは、少し不思議に思える。


「と、いうわけで。我々は結界の元である遺物を回収する所まで行なっているんです! 遺物そのものは非常に歴史的価値の高い代物ですからね! 歴史資料として保存して……」


 赤月さんの視線が下に移り、語りは急激にフェードアウトしていく。その視線の先には、紋様が描かれた例の土塊の破片。


「あっごめん。壊したわ、それ」

「こわ、した……? さっき私は回収したと報告を受けて……」

「形とか模様がシンプルじゃないんだよ、アレ! だからなんかイラッとして……」

「火焔型で……こんなに状態がいいのに……なんで……?」

「次は回収するから! 覚えてたら、ちゃんとやるって!」


 肩をワナワナと震わせて膝から崩れ落ちる赤月さんを尻目に、カナタはバツが悪そうに僕たちのそばから離れる。僕は若干同情しながら、粉々に割れた土器を拾おうと屈んだ。


「……触らないでくださいッ!」

「…………!? あっ、ごめんなさい!!」

「……いえ、こちらこそ声を荒げてしまい申し訳ございませんでした。遺物にまだ呪力が残っている可能性もありますので。それに、破片で怪我をされると一大事ですので」


 赤月さんは一礼すると、再び表情を穏やかなものに戻す。どこか鬼気迫る雰囲気は鳴りを潜め、背を丸めて黙々と片付けをする姿は幽鬼じみてすらいる。


「大変ですね、色々と……」

「まぁ、これも仕事ですから……。曽兌課長は実力者ですし、計画を進めるには不可欠な人材です。それに、私にもこの仕事をする理由があるんですよ」

「そういうものなんですか……」


 赤月さんは大まかに片付けの仕事を終えると、持参していた鞄から荷物を取り出す。綺麗な包みに入った、何かの箱だ。


「結界を出た後も、何かに襲われるかもしれません。これはお守りと……お茶菓子です」

「お茶菓子……?」

「王勾名物【はにわ饅頭】。オーソドックスなこし餡ですよ!」

「いや、なんで……?」

「今回のことは、これでご内密に……。噂が広まると興味本位に外に出る犠牲者を生んでしまう危険性もありますし、我々の仕事は表に出ないものですので」


 理解した。要するに、これは口止め料なのだ。山吹色のお菓子的なジョークで茶菓子を渡したとすれば、赤月さんの趣味としても納得できる。僕はそれを受け取りかけ、手を止めた。いや、これは……。


「……これ、贈賄とかになりません?」

「口約束に、なんの法的拘束力もありません。それに、これは仕事に関係ない個人的なプレゼントですから!」


 家に帰った後で念のため確認すると、黄金色でもなんでもない普通の饅頭だった。僕はそれを部屋に置き、もう一つのプレゼントである綺麗な朱色の御守りを握って眠る。

 その時の僕は、まだ気付かない。結界から出た後にこそ、真の危険が潜んでいることを。

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