第8話 違和感

尊傲早苗そんごうさなえは混乱していた。

自分の意識がないうちに自分が殺人を犯している...。

どういうことなのか、何度自身に問いても

全くわからない。


「何が起こっているんですの...?」


砦の遺体を前に数時間、そろそろ精神的にも限界だが血塗れの手を誰かが見たらどう思うだろうか。

きっと、自分のせいにされてしまう。

砦を疑っていた気持ちも少しはあったのだ、

だが殺すまでのものでもない。

砦のことも大事にしていたし、

惟呂羽も含めた三人の絆は深いものと

勝手ながら思っていた。

砦が惟呂羽を殺した証拠は状況証拠だけだった。殺した記憶もない。

でも、実際には倒れている砦。

剣を持ち、手を血に染めた自分。

こちらの方がよっぽど人殺しらしいじゃないか。

人目を避けるのは勿論だが、

もし誰かが知っていた時のために

人を殺す覚悟は必要だ。

微かに残っている記憶では、砦は疑われて

恐らく自分に殺されたのだから。


「行きますかね。」


酷く動揺したままの心を無理矢理落ち着かせながら立ち上がる。

自室の洗面所で手についた血を洗い、

剣に付着した血痕はできる限り拭った。

砦の遺体は一人で運べるはずもないので

そのまま放置しておくしかなかった。


その日の食事時間になっても、

食欲なんて湧かなかった。

疑っていたのであろう自分が

砦が見つかった瞬間に疑われる立場になる

という意識から気が気ではなかった。

けれど、食事に行かずに誰かが迎えに来れば

このフロアで死んでいる砦の遺体を確実に目撃する。

そうなっては疑われて、誰かを殺す流れを

否定することはできなくなってしまう。

仕方なく早苗は八階へ向かった。


「こんばんは、皆さんお元気そうで」


いつもの通りを演じる。


「早苗さん、砦さんを知りませんか?」


炎の一言で心臓に負担がかかる。


「知りませんわ、兎に角わたくしは

食事をとっとと終わらせてやりたいことがあるのよ」


やりたいことなどなかったが少しでも早く

この場を去りたかった。



「ご馳走様でした」


いつもの何倍もの速度で食事を終わらせ

席を立つ。

誰かの視線を感じた。




三階に着くとその視線の主はすぐに分かった。


「どうして付いて来たんですの?合歓」


「私が付いてきたら何か悪いの〜?

あ、もしかして〜、砦の死体を隠せた気にでもなってた〜?」


軽い口調を崩さずに笑顔で話す合歓の言葉は

確信に満ちていた。

確実にバレている。


「それを...わたくしが認めたとして、

どうするつもりです?殺しますか?」


「認めるの〜?かまかけただけなのにな〜。

本当だったのか〜!」


完全に挑発されている。

小さい体をピョンピョンさせてはしゃいでいる。


「まぁ、私もトイレって言って抜けて来てるからあんま長居しちゃうといけないな〜。

じゃ、そゆことで!

怪しい行動しすぎちゃメ!だよ〜」


最後まで馬鹿にした様子で跳ねながら去って行く...。


去り際の一言


「私は君よりも君の行動を知ってるよ」


は本気のように聞こえた。


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