第3話 夢を諦めてはいけないそうです

「今日付けと言っても引き継ぎもあるだろう。今週中に準備をしたまえ」

「今日は金曜日なんですが……」

「きみは、世の中の作家さんがいつ執筆していると思っとるんだ?作家に労働基準法を適用したら世のコンテンツの多くが生まれてこないんだぞ?」

「しれっとヤバいこと言わないでください。要は休日を使って準備しろと言うわけですね。はいはいわかりました。まったくもって理解も納得もできませんが、社長がワンマンなのは今に始まったことじゃないので、社長が飽きるまでやりますよ」

「飽きる?なにを言っている。結果を出してもらうのが至上命令だぞ?」

「……結果とは?」

「最低でも書籍化だな。本を発行してもらわねば我が社に恩恵は無いのだから」

「何かコネがあるのですか?まさか自費出版?」

「コネはあるが使わん。そんなマッチポンプみたいなことして世間に知られれば、たとえ傑作な物語であっても、評価は地に落ちる。スキャンダルだよきみ!」

「そもそも商業的なレベルの文を書けるのか、そこからじゃないですか?社内公募でもすればいいじゃないですか、それこそコンテストとか」

「それも考えたんだが、もし社員の誰かがそのコンテストで優秀作品などと選ばれた暁には、どう思うね?」

「まあどんな選考者でどんな選考理由かというのは気になりますが、自尊心はくすぐられると思います」

「その先はどうなると思うね?」

「……いっちょ出版社の公募に向けて書いてみようか、と思うかもしれません」

「勤務しながら執筆するのは大変じゃないかね?」

「まあ、大変でしょうね」

「きみならどうする?社内コンテストで作品を褒められた。さらに上の世界が待っているんじゃないだろうか?ヒットコンテンツになってメディアミックスでハリウッドで映画化するかも?」

「……夢想、するでしょうね」

「今の仕事、続けるかね?」

「続けないでしょうね」

「ふむ、その通り。仕事は生きる糧を得る行為だ。別の手段で糧を得られるとすればその手段のどちらが自分にとって有意義であるか天秤に計る。そこに天から伸びる小さな糸は、諦められない人にとってはかけがえのない、人生を賭けるほどの光明になるのだよ」

「私はそんなことは望んじゃいませんが」

「夢を諦めるな!」

「そもそも、そんな夢を語っていません。だいたい作家になりたいなんて……思ってません」

「テロリストの集団に単身立ち向かう。封印された人外の力を持っていて世界を救う。理由もなく美少女からモテモテ、に並ぶ、ウハウハな大先生の道をわずかでも夢想したことが無いと?いいやそんなはずは無い。それは遺伝子に刻み込まれた欲望なのだ。自らの妄想を書物を介し具現化する。それは現代の錬金術なのだ!」

「まあ、言ってることは滅茶苦茶ですが、浪漫としては認めます。悔しいですが……」

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