第2話 狂気の異動命令です

「正気ですか?作家?そもそも、社長がイメージする作家ってなんですか?」

「太宰治とかジョアン・ローリングとか?」

「そんな大御所持ち出してどうするんです?そんな雲の上の存在に成りたまえって命令されて成れるものなんですか?世の中には商業作家に成りたくて頑張ってる人がたくさんいるんですよ?冒涜ですよ?暴言ですよ?」

「やってみないことにはわからんだろうに。きみはやる前から諦めるのかね?」

「……社長がまずどうぞ。お好きですよね?山本五十六。まず率先垂範がポリシーじゃありませんでしたか?」

「……もうやった」

「え?聞こえない」

「Kくん。儂が適正も考えずこんな話をしてると思うかね?きみには才能がある」

「才覚も能力もみんな持ってるんです。ただ努力が必ず実を結ばないだけです。置かれた場所で咲きなさいって言われても、いいところに置かれた花が有利なのは変わらないんです」

「ふむ。環境やタイミングというやつだな」

「ニーズとユーズもあります。物語を書けたとしてもそれで作家?社長のおっしゃる作家は、要はベストセラー作家のことですよね?成れるんなら、こっちの業界にいる人みんなそうしてると思いませんか?」

「やってるんじゃないか?ただそれを内緒にしてるか売れないってだけで。とにかく、作家に成りたまえよ。そのために必要な環境は用意する」

「環境?」

「本日付できみを設計部から文芸部に配置転換しよう」

「まさかの部活動?」

「エンジニアなんて顧客が必要としている商品が無ければそれを作り出せんのだ。事実、受注減少できみは何をしている?」

「……既存機の性能向上やメンテ対応です」

「その上で、営業や上層部に仕事を取って来いと息巻いておったな?」

「一般的な提言じゃないですか……」

「そうだな。出版業界に依存しない新しい業態の掘り起しを図るべき、だったか?それは大切なのだが、まだ、我々にやれることは残っている」

「自分たちの手でベストセラーを作る?」

「いかにも」

「……それが私に対する理不尽な異動命令ですか?冗談じゃありません!」

「知っているぞ?」

「……何をですか……」

「きみのサブカルチャーへの傾倒、とだけ言っておこう。そうそう試作室の三次元プリンターで大量の材料を使い夜な夜な製作していた、あーなんだったかな、裸体の人形は完成したのかね?」

「くっ、あ、あれは、三次元プリンターの性能限界を把握するため、正当な作業です……」

「なーになに、別に責めるつもりはない。有給を取って新作ゲームに講じようが、出張先で聖地巡礼に精を出そうが、儂は寛大なものでな。全ては、作家として必要な知見を得るため、そしてそれを社に還元しようとする実に愛社精神の高い崇高な行為の数々なのだろう?是非これからも続けてくれたまえ、くっくっくっ」

「汚い、なんて汚いんだ……」

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