小児誘拐計画 2

「旦那様、今日のお弁当は自信作です!きっと旦那様が気に入ってくださる仕上がりになったので、楽しみにして待っていてくださいね♪」



 さらに2週間が経ち、どのような理由にせよ、彬奈が久遠に対して媚び取れるほどの行動をとっていることが間違いないとわかった頃、久遠は頭の中の整理と現実逃避を兼ねて、毎日少しだけ余裕を持って行動することになっていた。


「わかった。昼休憩の時間になるまで楽しみにして過ごしているよ」



 日を追う事にしだいに、人間らしさを獲得していく彬奈に対して、久遠は上っ面の言葉で多少誤魔化しつつ、無難に日々を過ごしていく。




 たとえ彬奈の言動に多少の違和感があったとしても、現段階で彬奈に衣食を支配されている久遠は逆らうことが出来ないし、なすべきことをなしてくれているのであれば、多少の不具合については文句を言うつもりもない。


 それは、仮に文句を、言ったとしてもあまり意味が無いだろうという諦観によるものと、文句を言ったことによって現状が崩れることに対する忌避感によるもの。




「今日もお弁当を作ってくれてありがとう。お昼の時間まで楽しみにしながら頑張るね」


 そう、言葉にされたのは本当にそう思っている人も言葉に出すそれであり、久遠からすれば本心八割と、彬奈の機嫌を損なわないようにしようという無意識下の思いが二割ほど混ぜ合わせられたもの。その感謝の気持ちは、全くの偏向無く彬奈に届いた。それを受けて、彬奈は少しだけ幸せな気持ちになる。



「それじゃあ、行ってきます。今日はそんなに遅くならずに帰って来れると思うから、いつもの時間に晩御飯を用意しておいて貰えると嬉しいかな」



 そんな言葉を残して、久遠は彬奈が朝の気付けなくてはならない時間を乗り越えた。今日も、





 家を出て、少し落ち着いてから、どうして家にいるだけなのにこんなふうに気を使わなくてはならないのだろうと理不尽さを感じつつ、久遠は日々のルーティーンと化している出社を行う。


 車通りの著しく少ない道を選んでの、何も考えていなくてでも、あるいは何かを考えていたとしても危険な目にあいにくいいつもの道。

 思考量の上下が激しく、周りに注意が向かないことも多い久遠が、何度化の検討を経て導き出した、安全に移動できるルートだ。






 そして、そんな道の途中にある公園で、いつもの如くであった少女は、今日は珍しく憂鬱そうな顔をしていた。いつもは無表情か笑顔かの二択なのに、今日はどうやら感情の制御に失敗したらしく、傍目に見て明らかなほどの不機嫌さを称えていた。





「おはよう、奈央。今日は随分と機嫌が悪そうだけど、何かあったのかな?」


 自身の出勤しなくてはならない時間まで、そう余裕が無いこともあって、久遠は自身の特性とは大幅に異なる早さでなおの問題に突っ込んでいく。普段の久遠であれば、まずありえない単刀直入さを発揮して、本来挟むべきワンクッションを無視して、必要な内容だけに話題を収束させる。



 それは、あまり久遠らしくない行動。けれど、自身の生活が思うように行かなくて若干のストレスが溜まってしまっている久遠は、奈央に対する細やかな思い遣りなんてものは考えもせず、自身の思ってもいる内容をそのまま言葉にしてしまう。



 それは、それだけ久遠が奈央のことを気にしていたという証拠であり、少なからず大切に思っているということの証である。


 本来、あまり人に対して興味を持たない久遠が、時間に押されながらもつい声をかけてしまい、あまつさえ本心からの言葉をなげかけているのだ。言い回しとしてはだいぶ無神経なものであったが、見る人が見ればひっくり返りかねない光景だった。





「……うん、ちょっと、あまり良くないことがあったんだ。でもおじさん、今急いでるよね?話を聞いてくれるなら、今日か明日の夕方にまた来てくれると嬉しいな」



 ひっくり返りこそしなかったが、そこまで付き合いが深くなかったが、それでもこれまでも付き合いで久遠の思考回路をそこそこ把握している奈央は、その無神経に聞こえる言葉の中にしっかりと久遠の思いやりを見出して、意訳して、それに返した。




 そして、その言葉を聞いた久遠はまた後でと一言だけ残して、この場を立ち去る。当然といえば当然で、無難な選択をして、早めに退勤できることを祈りながら仕事を始めた。






 それから少し経って、退勤の時間。少し長引いてしまったこともあって、いつも出る時間よりも1時間ほど遅い時間になってから、久遠はいつもの公園に向けて一目散に駆け出す。

 走ったとしても電車の待ち時間などもあって意味が無いことはわかっていながらも、どうしても心が焦ってしまって、のんびり歩くことが出来なかった。



 そうして、とっくに空も暗くたった中で最後意外なんの意味もなく走っていた久遠は、夜になって冷えてきたにもかかわらずベンチに座っていた奈央の元に、ようやく辿り着いた。

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