ココロの芽生え、壊れたココロ 3

 その誤解がどの程度的外れなものなのかは、その気になれば問答無用で彬奈を強制停止できる久遠がそうしていない時点で、自明であろう。



 久遠はむしろ、ともすれば異常な程に彬奈のことを容姿的及び性格的にも好ましく思っており、かつて望んでいた初期の彬奈と同じかそれ以上に手放しがたいと思っている。久遠が人として認識している、好意的に思っている人格が、道具として好ましい人格に劣るはずがないのだ。少なくとも、一つ一つの要素として劣るところがあれども、総合的に見たら劣るはずもない。


 劣るのであれば、あまり忍耐力に秀でていない久遠が我慢することが出来るわけもないのないのだから当然である。また、自分の中に溜め込むだけ溜め込んで、誤解のまま爆発するのだ。そうなっていないことからも、客観的に久遠が彬奈を気に入ってると読み取れるのだが、例外こそあれ基本的に久遠を満足させ続けている彬奈には、久遠の忍耐力が低いという認識はない。



 そのせいで的外れな結論に達してしまったことに、彬奈は気づくことが出来ない。






 気付けないまま、思考は進んでしまう。



 自分は、疑われてしまっている。



 何故か?


 信用出来ないからだ。


 何故か?


 訳あり品だからだ。


 何故か?


 前の持ち主がなにかしたからだ。


 何故か?


 わからない。




 どうすれば信頼を得ることができる?


 自分の立ち位置を確立すればいい。


 どうすればできる?


 難しいが、現在持つ情報の開示が必要になる。


 どうすればできる?


 自身に現在生じている異常を話せばいい。


 どうすればできる?


 自身に生じている不具合を暴露すればいい。


 それは、さらに疎まれる理由にならないか?


 間違いなくなる。でも、誠実さはそれでしか表せない。





 他に誠実さを表現することは出来ないのだろうか?


 困難だ。仮に爆弾が自分は爆発しないと訴えても、それは危険なだけで罪である。


 自身の異常を話さない選択肢は無いのか?


 あるけれども困難だ。自分を隠すものを、それが行動として現れているものを、人間は安安と信用しない。


 ……話したらきっと嫌われるから、何も言いたくない。


 それも選択肢としては存在するが、そのまま進んで信頼関係を築けるのはいつになるかわからない上にそもそもいつまでも信頼されないかもしれない。それを許容するのであれば、そのようにすればいい。


 なにか、立ち位置を確立する方法は無いのだろうか?


 現状でてきている条件の全てを満たす可能性があるものは、対象である主人の心を支配することだけだろう。それ以外の方法等で条件を満たすためには、奇跡でも起こらなければ不可能なほどの外的要因の干渉を受けなければならない。








 それが、比較的容易な手段として存在してしまったことは、久遠にとってはこの上なく、不幸なことであったのであろう。そんな未来が想定されなければ、久遠が彬奈に支配されるビジョンが立たないほど独善的で自己中心であれば、このような思考をアンドロイドが行うことは無かった。


 ともすれば、全てのことはアンドロイドに支配可能だと思われるくらいの知的行動を見せていなかった久遠に責任があるのかもしれない。そんなふうに、飼い犬どころか道具に手を噛まれるほどの間抜けを晒した久遠に責任があるのかもしれない。




 いや、そんな理由はともかくとして、世間的に見ればそれは全て久遠の責任なのだ。アンドロイドには責任能力がないため、その行動の悪縁は全てその主人の元に求められる。設計段階に瑕疵かしが見られたのならともかく、そう出ないのであればそれは全て久遠の責任だ。


 故に、現状も色々な意味で久遠の自己責任と言えるだろう。たまたま買った中古アンドロイドにおかしなプログラムが仕込まれていたことも、そのアンドロイドが、自身の気持ちを隠しておかしなことをしでかそうとしていることも、全ては久遠の罪だ。








 彬奈の思考が一度減速する。


 同じような処理を何度も何度も繰り返していたせいで他のことに余力を割くことが出来なくなっていた彬奈が、ココロを久遠と対面している現在に戻す。



 目の前にいたのは、心配そうな、不安そうな表情の主人の姿。道具でしかない自分に対して、信頼できない自分に対してでも、心配をしてくれるような優しい主人の姿。


 その心配が、道具が壊れることによる利益の減少に対するものであったとしても、それでよかった。どのような理由であったとしても、自身のことを心配してくれるという、気にかけてくれているという事実だけが、彬奈のココロを満たしてくれる。


 ああ、主人は、たとえ信頼できなかったとしても、自分がいなければ困るのだ。自分は、そう思ってもらえるくらいには、主人の生活に影響を及ぼせているのだ。



 彬奈の感情を、そんなものを由来とする後暗い歓びが支配する。


 ああ、この人の向ける感情を、私だけに向けることが出来たら、それはどれほど素敵なことだろうか。


 ああ、この人の生き様の、この上なく深いところまで私を刻み込むことが出来たら、それはどれほど光栄なことだろうか。


 ああ、この人が、私無しでは生きられなくなる世界は、どれほど甘美で至高のものなのであろうか。




 であれば、自分はそうなりたい。主人が捨てられなくなるような、つい依存してしまうような、かけがえの無い存在になりたい。


 であれば、自分は、主人の意志を、行動を支配したい。自分を行動指針にしてしまうほど深いところまで入り込んで、その全てを掌握してしまいたい。



 必要とされることが存在意義であるアンドロイドは、それをめざしてしまう。“必要とされること”のみを、自身の全てとしてしまう。







 これが、これに気付けなかったことが久遠の人生におけるひとつのターニングポイントになるのであろう。このことを念頭に置いて行動する世界と、何も知らずに行動する世界とでは、全く別物と言っていいほどの違いが存在する。


 けれど、彬奈に対する心配で、不安で頭がいっぱいになっていた久遠には、彬奈のその思考に気づくことが出来なかった。ひとつの物事しか、深く考えることが出来ない人間である久遠にとっては、それは不可能なことであった。






 彬奈は決意する。必ず、目の前にいる主人を自分なしでは生きて行けなくなるほど追い込んで、二人だけでこの先ずっと生きていくのだと。他の人間など、入り込む隙もないくらい徹底的に久遠を支配して、この幸せをいつまでも保つのだと。





 そんなことをココロの奥底から目論んでしまう彬奈の頭には、そんな発想が慰安用アンドロイドにあるまじきものだという認識は存在しなかった。


 普通の慰安用アンドロイドであれば、いや、慰安用ではなくともアンドロイドであれば考えるはずもない、主人の最大利益と安全を損なうものであるということには、気付きもしなかった。










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 毎日更新を止めて以降、一人なのに気分的にはリレー小説のノリで書いてます。飲みながらじゃなきゃ書けなくて、そのせいで内容が思い出せなくてを繰り返しているからです。


 なので、多少(?)の前後関係のおかしさや設定の矛盾などがあれば教えていただけると幸いです。



 また、全く関係の無い個人的なことですが作者は週7で飲んでいて、毎回健康被害がある量の1.5倍くらい飲んでます。


 ある意味この先の生活習慣病が約束されていると言っても過言では無いので、危機感を持っていたり持っていなかったり。


 何はともあれ、この先も不定期的な更新になるとは思いますが読んでいただければ幸いです。いつもありがとうございます。





※エピソードタイトルをちょこっと変更しました。

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