人形主人の一冬 6

 久遠はその違和感を無いものとして扱う。それは、またもやこの先にある悲劇から距離をとるということ。



 それによる代償を、罰を久遠はそう遠くないうちに支払うことになるのだが、今はそんなことは関係ない。久遠は自身の思うように行動を重ねて、自信の思うように好きなことをする。


 その結果が、今回はゲームであった。彬奈と一緒に、何度もやってきたゲームをするということであった。



 彬奈の葛藤に、久遠が気付くことはありえない。普段の状態ですら、素面の状態ですら気づけないことに、酔っ払った久遠が気付けるはずもない。



 だから久遠はいつものように、ゲームを始めた。彬奈が来る前はほとんどつけることもなかったゲーム機で、彬奈が来てからはいつも使っているゲーム機の、いつもと同じソフト。


 起動して、着いているリモコンを外して片方を彬奈に渡す。そのまま、いつもと同じように対戦を始める。久遠が微妙に負け越すくらいの、久遠の性質に合わせて調整された彬奈のプレイ。





 ただ、一つだけいつもとは違うことは、この日の久遠はアルコールを飲んでいるということ。



 飲んだからといって暴れだしたりするようなことは無いが、久遠は比較的、酒を飲むと饒舌になる質であった。いらないことを、普段は仮に思ったとしても理性が働いて黙っていられることを、ついつい言ってしまうようになる酔い方をしていた。


「ねえ彬奈、彬奈ってさ、ここに来るより前のこと、なんなら、主人格を彬奈が手に入れるより前のことをほとんど覚えていないんだよね?」


 だから、こんなことを聞いてしまうのも、全ては酒のせいなのだ。普段であれば気にならないような、気になったとしても決して口にすることがないようなことを聞いてしまうのは、全て酒の責任なのだ。


「ええ……そうですね。わたしは、初めてわたしが旦那様にご挨拶させていただいた以前の記憶を、ほとんどもちあわせておりません」


 それは、確実に聞く必要のないこと。それは、間違いなく聞かない方がお互いのためになるもの。


 彬奈を人として扱いたいと思っている久遠には、そのことはよく分かっていた。だから、普段多少気になるタイミングがあったとしても、そのことを尋ねることだけは消してなかった。


 どうせ、覚えていない。間違いなく、空気を悪くするだけの結末になる。


 それがわかっているからこそ守られていた禁忌を、久遠は破ってしまう。


「彬奈ってさ、俺が名付けたんじゃなくて、前の主人の残した名前だったわけだよね?……それじゃあさ、その前の主人は、一体どうして彬奈って名前をつけたんだろう。一体どうして、彬奈のことをリサイクルショップに売ったんだろう?」



 それは、彬奈の起源を知ろうとするもの。それは、彬奈の過去を探ろうとするもの。


 それを聞いてしまえば、気にする素振りを見せてしまえば、彬奈は、自身が久遠から人間として扱われているとは、間違いなく信じられなくなる。それがわかっていたから聞かないでいたそのことを、アルコールによって理性が弱くなった久遠はうちにとどめることが出来なくなってしまった。



「彬奈はさ、名前は覚えてないけどかなりの高級モデルだったはずだよね?それに対して、慰安用アンドロイド発足からそんなに経っていない時期に大金を払ってオーダーメイドするなんて、余程お金を持て余している人か、よっぽど何かを求めている人くらいだと思うんだ」


「そして、そんなにしてようやく注文した自分の理想のアンドロイドに名前をつけて、売ったあともそれを変えられないようにするなんてことは、俺にだって分かるけど、まともな行動じゃない。君との間に、君との環境に、それだけの何かを持っていたはずなんだ」


「なのに、君は、彬奈は今こうして俺の前にいる。運命だって言えば聞こえはいいし、全部収まっちゃうけど、そんな言葉でじゃまとめられないくらいの何かがそこにあったはずなんだ。俺は、それが気になって仕方がない」



 久遠とて、彬奈がその事を覚えているなんてことは毛頭思っていない。その上、仮に思っていたところで、アンドロイドが前の主人の情報を漏洩することがないのは、リサイクルショップの老人に言われて調べた時の記憶から、しっかり理解はしている。



 けれど、無駄だとわかっていても、あるいは無駄だとわかっているからこそ、聞かずにはいれないことが、久遠にとってこの事だった。


 それがこれからの関係を左右することだから、久遠はこれまでそのことを尋ねなかった。彬奈が今のようになる前までは、多少疑問には思ったもののわざわざ時間をとってまで追求するほどのことではないと思っていたから放置していた。


 けれど、理性のくびきから解き放たれてしまった久遠は、ついついその事を聞いてしまったのだ。そのせいでこの先関係性が変わることはわかっていても、我慢できずに、その事を知りたいと思ってしまった。



 だから、ところどころ言葉を止めながら、アルコールのせいで悪くなった滑舌でそんなことを話していた久遠は、彬奈の異常に気付くのが遅れる。普段ならすぐに気づけたことなのに、すぐに言い訳を重ねれば、まだどうにかなったかもしれないことなのに、気が付けなかった久遠は、彬奈の表情が完全に固まっていることを見落とした。言葉を考えることに気を取られている久遠は、彬奈がさっきからコントローラーの操作をしていないことに、気付くのが遅れてしまった。







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 毎日更新を止めて以降思ったように書けないのは気の緩みなのか追い詰められなきゃ書けないのかはたまた習慣の問題か。


 どうにも習慣っぽいので初心(?)に戻って毎日二千文字書くところから始めたいと思います。どうせバイトもなくて暇なので。

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