人形主人の一冬 5

「大丈夫だとおっしゃっていたのに、打撲しているじゃありませんか。素直に言ってくだされば先に多少は準備しておきましたのに……」


 久遠は風呂から上がると、多少慌てた様子を見せた彬奈に部屋着を剥かれ、異常がないか触診された。


 彬奈はあくまで真剣に、久遠はどことなく気恥しさを感じながらのその触診。柔らかく温かく、滑らかなその感触は、久遠にとってよからぬ情動を掻き立てるものではあったが、彬奈が相手だということと、心配をかけてしまっているということへの罪悪感による理性のダブルパンチで、久遠は何とか反応せずにそれを乗りきる。



「今度からは、変に意地を張ったりしないで素直に言ってくださいね?そうすれば、わざわざこんなふうに服をぬがせたり全身をまさぐったりしなくて済んだんですから」


 全身を撫で回されたことを久遠が嫌だと思っていないどころか、むしろ素直に白状するならもっとされたいとすら心のどこかで思っていることを知らない彬奈は、軽く脅しをかけるつもりでそんなことを言う。対して、言われた側の久遠は自身の欲求に正直になり、これ以降多少の怪我をしても素直に言わずに、疑われつつ誤魔化すことを決意した。


「もう……ところで旦那様、一応念のためにベッドメイキングは終わっているのですが、この後の行動はいかがなさいますか?おそらく軽い打撲でしょうが、怪我をしてしまったこともありますし、今日は早めにお休みになられますか?」



 彬奈に聞かれて、久遠はこれからの行動を考える。寝るには、まだあまりにも眠くない。このままベッドで横になったとしても一時間くらいは寝られなさそうだからこれは却下だ。


 かといって、ここ最近気まぐれでは始めて、不定期的にやっている筋トレをするには、尾てい骨の辺りの痛みが気になってしまう。


 ゲームをするのも悪くはないし、久しぶりに本なんかを読んでみることも悪くはないかもしれないが、今は少し、そういう気分ではない。



 自身のしたいことを考える。自身の心のうちにある欲求を考える。



 考えてみた結果、久遠がやりたかったことは、今日帰ってくる前からやろうと思っていて忘れていたことは、お酒を飲むことだったと思いだしいた。


 あまり好きではないアルコールの味と、他のものと比べたら、安いものでもかなり高価になってしまう価格帯、彬奈のこともあって少しでも節約しなくてはと思い、しばらく買ってはいなかったものの、久遠は決して飲酒することが嫌いなのではない。


 むしろ、一時期は週五くらいの頻度で飲んでいたくらいには、酔っぱらう感覚は好きだった。


 アルコールによって普段より鈍った頭で、勝敗なんて気にすることなくゲームをすることもああったし、自身の記憶があいまいになる量を測りながら、かつて感動した映画を何回も何回も見直したりもした。


 今でこそ疎遠になってしまっている友人たちと、お互いに何を言っているのかわからないような状態になりながら馬鹿笑いをしたこともあった。



 そんなこともあり、久遠は比較的飲酒に関しては肯定的である。ただ、やはり味がそこまで好きになれず、酔いたいと思うことがなければソフトドリンクのほうがおいしいと思うので飲まない。


 けれどこの日久遠は、いつになく飲みたい気持ちになっていた。特に自覚のある理由があるわけでもないのになぜだか無性に飲みたい気分になっていた。



「そうだね、久しぶりに軽く晩酌だけして、今日は休もうかな。幸い明日は休みだし、多少起きるのが遅くなったって大丈夫だから」



 久遠がどこかいいわけがましく言葉を重ねると、それを聞いていた彬奈が立ち上がって冷蔵庫の中に入れてあった缶チューハイを持ってくる。


「旦那様のお好みの冷やし加減がわからなかったので、一本は冷蔵庫で、もう一本は冷凍庫で冷やしてあります。おつまみは旦那様が買ってこられたサラミですが、スライスした方がいいでしょうか?」


「キンキンに冷えてるのがいいから冷凍庫のでおねがい。サラミは薄めに切ってもらって、爪楊枝が付いていると嬉しいな」


 手に持っていた缶チューハイを持って戻り、少ししてから戻ってきた彬奈は同じ柄の缶と小皿を持っていた。久遠が頼んだ酒とつまだ。


「とめたりはしませんが、やはり体にいいものでは無いので可能な限り程々になさってくださいね? 」


 自身の身を心配する彬奈の言葉を半分右から左に流しつつ、久遠は缶を開ける。パンパンに詰まった炭酸の抜ける音。


 グイッと流し込むと、炭酸が通り抜ける感覚に、鼻を抜けるアルコール臭さ。レモンっぽい風味ではごまかせないそれを、口の中にサラミを入れることで誤魔化す。



 やはり、味はそんなに好きではない。炭酸もレモンも苦手だし、アルコール臭さも苦手な久遠にとって、そのチューハイを飲んでいる理由はコストパフォーマンスだけだ。


 そうでなければ、もっと美味しいと思えるものを飲んでいる。



「そうだ彬奈、他にやることもないし、一緒にゲームをしないか?」


「旦那様が望まれることでしたら、彬奈はなんでもいたしますよ」



 久遠の思い付きに対して、彬奈は直ぐに肯定で返す。


 彬奈が久遠の望みに逆らうことは、アンドロイドの行動理念上、性的な行為でも求められない限りありえない。


 それがあってしまったら、それはすなわち、彬奈が慰安用アンドロイドの枠を超えた知性を獲得したということにほかならないのだ。そして、日々最適化を繰り返しているアンドロイドと言えども、そんな規格外が出る確率は、カタログスペックから大きく外れるようなことが起きる可能性は、著しく小さい。


 サイコロを10個同時に投げた時に、目の合計が20以下にならないような、50を超えることがほとんど起きないような、いくつものここの要素が都合のいい形をとった時だけに現れるエラーなど、サイコロ10個などよりもよっぽどたくさんの要素によって成り立っているアンドロイドにおいて、数値上起こりえないと言っても過言では無いのである。



 だから、彬奈は今日もいつも通りに慰安用アンドロイドの役目を果たす。


 いつものような、優しく全肯定してくれるような幸福感。そして、実際には全肯定などではなく、しっかりとみてくれているという安心感。



 それによって、久遠の心は満たされる。その現状を冷静に捉えてしまって、久遠は、虚しさを感じてしまう。



 それを、久遠は、全力で意識の外に追いやった。今は、そんなことは考えたくないと。今は、そんなことに気を取られたくはないと。




 だから、久遠は、やっぱり気付けない段々と手遅れになるタイミングが近づいてきているのにもかかわらず、久遠はこの期に及んでもまだ、何も見ていないふりをしていた。






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 Q.なぜ更新しなかったのか?


 A.仁王2(死にゲー)をやるのに忙しかったから()


 サイコロを10個転がした時に目の和が35になると、“ああ、世界は正常に回っているんだな”と思ってしまうクソめんどくさい人間です。対戦よろしくお願いします。





 ゲームはやっぱり創作の敵、読書も同じく創作の敵。毎日百万字読んで10万字書けるようになりたい()

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