第17話 謎の行動
シェルトがにゃんこ亭に正式加入してから、順調な日が続いている。昼間は完全にシェルトが厨房を取り仕切り、マスターが会計のフォローをしながら夕方の仕込みを進めていく。
そのお陰でジャックの負担も減り、ホールにも余裕が生まれて全員が落ち着いた仕事ができるようになった気がする。
常連客にもシェルトは顔を覚えてもらえるようになり、概ね歓迎されている。料理を誉められると、謙遜しながら照れるシェルトに私の鼻は高くなるばかりだ。
うちの子、いい子なのよ!もっと誉めてあげて!
と言いたくても言えないから、誉めてくれたお客様にはミニトマトを1個多めにプレゼントしている。
もちろんマスターの許可を得ている。新顔のシェルトを受け入れてもらうためのサービスの一環と考えてくれているようだ。
「お疲れ様でぇーす」
「おぉ、リコリスちゃん今日も早いな」
「そんな事ないですよぉ」
出入り口でお金の計算をしていたマスターとリコリスの声が聞こえる。
あれからリコリスは今までより15分ほど早く出勤するようになった。そしてマスターや女将さんへの挨拶も程ほどに私のもとに駆け寄ってきた。
ちなみにシェルトに対しては会釈のみ。
「アメリーさん、今日もお疲れ様ですぅ。タオル一緒に畳みますね♪」
「そんな! リコリスはまだ仕事の時間じゃないから座って休んでて」
「はぁーい」
そうして椅子を私の側に寄せてちょこんと座る。そうしてつまらないはずのタオル畳みをニコニコと見てくる。
あぁ……可愛い。ニヨニヨとしていると、ぴとっと肩を寄せて今日も小声で聞いてくる
「アメリーさん、今日は大丈夫でしたか?相変わらずシェルトさんは……」
「驚くほど何もないわよ」
スパッと否定すると、リコリスはホッとしたように肩を離す。可愛いリコリスと自慢のシェルトには仲良くなって欲しいんだけど、どうも二人はお互いに警戒している雰囲気がある。
シフト上、一緒に仕事することがないからお互いに人見知りしているだけだと思いたいんだけど。
「リコリスはシェルトが苦手?」
「苦手というか……同族嫌悪」
「どう……? 何て言ったの?」
後半が聞き取れなくて、耳を寄せて聞いてみるが手をブンブン振られてしまう。
「いえ、何でもないです。そのアッチやソッチの人って初めてなので、どう接したら良いか緊張してしまって。ふふふ」
なんか誤魔化された気もするけれど、確かに初めての遭遇なら緊張するのも頷ける。とてもナイーブな事だから聞きにくいし、実際に私も詳しく聞けてない。
「そのうち二人ともゆっくり打ち解けると良いわね」
「アメリーさんは優しいですね~」
「そんな事ないよ。シェルトの方が優しいよ」
「えぇ~どんな感じにですか?」
リコリスの目がきらりと光り、再びぐいっと距離が近くなる。
「なんかね……家庭的で、甘やかしてくれるところが、お母さんみたいなの。女将さんはシェルトはお兄さん的だって言ってたけど、どちらかと言えば私から見たらお母さんに似てて……家にいてくれるとホッとしちゃうの」
「アメリーさん……」
「これは秘密ね。恥ずかしいから」
女将さんを真似してリコリスにウィンクを送る。
そしてしんみりとした雰囲気にならないように、畳み終わったタオルを持って立ち上がり厨房の棚に運んだ。
厨房ではシェルトがコンロを綺麗に磨いていた。
「シェルト、終わりそう?」
「はい。コンロ掃除は時間が余ったついでなので、ジャックさんが来たらもう帰れますよ」
すると厨房にはマスター、女将さんが入ってくる。
「もう終わりにしていいぞ。シェルト君がきてくれたお陰で余裕ができた分、数分くらい早く帰っても大丈夫だ。それにしても厨房がピカピカになってきたなぁ」
「そうねぇ~綺麗な厨房って良いわね!それにジャックはギリギリに来るだろうから、シェルト君とアメリーちゃんは気にせずあがって良いわよ。明日しっかり休んで、また明後日からお願いね」
「分かりました。シェルト、帰ろうか」
「はい。帰りましょうか」
そうして二人で出入り口に向かうと、リコリスが扉の前でお見送りをしてくれるのが定番化している。
「アメリーさん、また明後日ですぅ。シェルトさん、帰り道しっかりお願いしますね」
「またねリコリス」
「はい。しっかり番犬しますよ。鷹の目が光っているようですから」
一瞬二人の間に火花が散ったように見えたが、微笑んでいるし気のせいだろうとにゃんこ亭をあとにした。
「アメリー、本屋に寄ってもいいですか?」
「珍しいわね。良いわよ」
新しいレシピ本でも買うのかなと思いながら、シェルトの後ろをついていく。着いた店は本屋というよりは新聞や雑誌など娯楽系の情報誌ばかり置いてある小さなお店だった。
シェルトは壁に並べてある雑誌を上から下へ流し、一冊だけ手に取った。
『素敵な大人レディ特集』
それは綺麗な女性モデルのちょっぴりセクシーな写真が載っている大衆雑誌だった。赤い髪の日焼けしたナイスバディの水着姿のお姉さんがバイーンと表紙を飾っているので、どちらかと言えば男性向けなのだろう。
「へぇ~シェルトも読むんだね」
「はい。興味が無いわけではないので」
そう答えるシェルトは私をチラッと確認して、雑誌に目線を落とす。
しかし落とした目線は少し揺れて、また私をチラッと見た。
特に私は“こんなの読むなんて嫌よ!”と否定的に思うようなタイプではないので、先程は何気なく素直に思ったことを口にしたが……私はなんという勘違いをしていたのか!
シェルトはアッチかソッチなのかも知れないのだ。
しかも女の私より料理ができて家庭的で、物腰も柔らかい。つまり……シェルトは本当は女性になることに憧れているタイプ?
だから雑誌も一般的な男性の目線ではなく、こうなりたいという勉強のために買おうとしているのでは? これは無言の相談なのかもしれない。
「シェルト!」
「なんですか、アメリー」
「買って一緒に研究しよう?」
「……はい?」
「あぁ、ごめんね。うん、難しい問題だよね。だけどね、私はいつでも相談に乗るから」
私は察したとばかりにシェルトのためを思い、胸を張って受け止める覚悟を示した。
だけどシェルトは非常に困った微笑みを私に向け、手にしていた雑誌を棚に戻してしまった。
「優しさだけありがとうございます」
「え? 雑誌は?」
「んー、好みではなかったので」
「ふーん」
何か私は間違ったのだろうか。急に疲れた様子の彼を隣から見上げるとため息混じりに言われる。
「俺はきちんと男ですよ?」
「うん、知ってるよ」
「……ですよね」
何を当たり前の事を言うのかと不思議で首を傾けてしまう。だというのに視線をふいっと外され、何だかものすごーく遠くを見る目になってしまった。
「さぁ帰りましょうか」
ポンとシェルトの大きな手が頭の上に乗せられると、さらっと私の髪を撫でながら見透かしたような憂いの目線を送られ、少しドキリとしてしまった。一瞬だけ呆気にとられている間に彼は先に歩き出す。
最近の彼は難しい。自信あり気に仕事をこなしているかと思えば、時々不安そうに自分は大丈夫かと聞いてくる。女性に憧れていると思ったら、こうやって時々男らしいところを見せてくる。
一緒に住んで何ヵ月も経つというのに、私は思ったよりもシェルトを知らないことに気が付く。
シェルトは私の食の好みや仕草など把握してくれているというのに。何だか自分が 薄情な人間に思えてきてしまった。
ほんのり罪悪感に浸りながら背中をぼーっと見送ってしまっていると、彼は振り向きこちらに戻ってくる。
「疲れているのに本屋に付き合わせてしまったみたいですね。ここにずっと立ってては駄目ですよ」
そう言って私の手をとり、引いていく。シェルトの手は私の手をすっぽりと包めるほど大きく、包丁やフライパンを握るその手の平は皮が厚くなっていて少し固い。それは確かに男の人の手だと実感する。
不思議な感覚の正体を探していると思考から抜けるタイミングを失い、私たちは珍しく静かに手を繋いで家路に就いた。
だからこちらを観察するように向けられていた視線には、このときはまだ気付かなかった。
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