2021/06/07:書きやすい小説を書く。―――――――――――――#創作論

 初めて小説を書く人間は書きたい小説を書こうと考える。更には唐突に思い付いた浅い設定を前提に、行き当たりばったりなストーリーを紡いていく。


 大抵の人にとってはこれで充分だ。執筆がしたいという欲求は満たされてストレスなく小説が書ける。しかし少しでも「こだわりたい」と考えた時点で、このような享楽は捨てなければならない。


「そうはいっても、書ければそれでいいじゃないか。」


 こだわりは筆を鈍らせる。この現象の良し悪しを私は問わないが、こだわればこだわるほどに筆はだんだんと遅くなり、ストーリーは停滞する。長編小説ではこれが致命傷となる。


「設定を構成するのに時間が掛かっているだけなら、そんなに問題だとは思わない。」


 深くまで設定することは悪い事ではないものの、余りにも時間をかけると執筆の熱が冷めてしまう。良質な設定を短時間で作れると良質な小説が書けるだろう。では、設定の構成に時間がかかる原因は一体何か。私が昨日書いた「船乗りのラジオ」の設定を公開することで、原因を考察しよう。


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――世界観の設定――

・海面が1.2kmも上昇して、陸地が極端に小さくなった世界。

・南極の氷では海面上昇を説明できないので水を生成できる機械が必要。

・水を生成する技術の悪用によって海面上昇が起きた。

・最も大きい大陸は中国の内陸部。唯一残った大陸なので「大陸」と呼ばれる。

・化石燃料の供給が困難。

・海面上昇前から光エネルギーの活用が進んでいたのでそれが有効活用されている。

・食材を用いて他の栄養素を生成する機械がある。


――人物の設定――

徹里とおり。修理屋を営む24歳の女性。

 食材は修理のお礼として町の住人から貰えるので、彼女はいつも本を読んでいる。

 町にある電化製品はすべて把握している。

・カイド・ターマライト。ラジオを趣味にしている14歳の女の子。

 船で漂流していた。船には食材を生成する機械があるので、魚が釣れさえすれば栄養失調になることはない。ビタミンCも作れるので壊血病にもならない。

 毎日の行動をボイスレコーダーで記録している。

 麦わら帽子を被っているが、割と珍しい品物。麦わらを生成する理由が乏しい。

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 こういったことを念頭に置きながら、私は「船乗りのラジオ」を書いていた。この設定はコンセプトである


「ポストアポカリプス(Post-Apocalyptic, PA)におけるラジオ放送」


 から組み立てていったものだが、設定自体は書き始めるまで全くなかった。つまりPAの世界観は私にとって書きやすいコンセプトであったと言える。


 では、どうして私はPAが向いているのだろう。自分を見つめ直してみると、どうやら「これが存在するならこれが必要」「これが無いと理由が付かない」などと理由を考えることが得意なようだ。

 「海面上昇して陸地がほとんどなくなった世界」という創作物は幾らでも存在する。よって設定にオリジナリティはないけれど、「自分ならその設定にどう理屈をつけるのか」にオリジナリティが現れる。現代技術を基本とする場合が殆どであり、「こういう技術が発展すればできる」と考えることで理屈を構成できるのだから、現代の技術を調べることで設定の根拠が作れ、現実的な設定を組むことができる。


 では、私にハイファンタジー(High-Fantasy, HF)は向いているだろうか。結論としてはあまり向いていない。なぜなら考えることが多すぎるからだ。

 「魔法がある」と一言述べる為に一体どれだけの設定を考える必要があるだろうか。エネルギー源、発動機構、人類史への影響、科学技術への影響、などなど。余りにも設定すべき項目が多い。さらにはHFにおける設定は「作者の好きなように」組むことができる。つまり正解がほとんどない。

 よくHFの作品において、日本ではありえない行動、思想、文化が非難される。その意見に対して「ファンタジーだから」という反論を見掛けるだろう。実際その通りであり、作中の文化は自由である。

 ゆえに完璧主義とハイファンタジーは相容れない。世界観を事前に構成しておかなければ、短絡的に加えたたった一つの設定によって矛盾が生じる可能性がある。それを完璧主義者は許容できない。


 以上から、設定の構成に時間が掛かるのは、端的に言えば「向いていない」からだ。ドラえもんの作者、藤子・F・不二雄氏が完璧主義者であったなら、あれほどの秘密道具を考え付いただろうか。私からすればスモールライトは絶対に許容できない。スモールライトをストーリーに組み込んだ時点で自分の作品が好きではなくなるだろう。


 そういうわけで、向いていないジャンルの小説を書くならば相応の覚悟と時間を要する。もしくは少量の設定で書けるように短編小説にするかであるので、書きたい小説を書く前に、自分の適性を測っておくべきだろう。

 書きたいという欲求に反して全然筆が進まず、頑張って書いた文章は評価されず、そして筆をおく。そうなるよりも、書きやすい小説を書いて文章を学んだほうが良い。


 適性を測る方法は簡単だ。設定を構成してみればいい。カクヨムにあるジャンルで言えば


「異世界ファンタジー」

「現代ファンタジー」

「SF」

「恋愛」

「ラブコメ」

「現代ドラマ」

「ホラー」

「ミステリー」

「エッセイ・ノンフィクション」

「歴史・時代・伝奇」

「創作論・評論」

「詩・童話・その他」


 これだけあるのだから、どれかに適性があるだろう。それは書きたい小説ではないかも知れない。それでも執筆するという経験を持つことが、書きたい小説を書く第一歩となる。


――――


 こんなことを書きながら、私は書きやすい小説を書いているのだろうかと悩む。29日の間、毎日途切れず書き続けたのだから書きやすいのだともいえるが、ストーリーを考慮せず書いているのだから書けない筈がないともいえる。


「この創作論を確認するには実践してみないととは思っても、……不安だ。」


 未だ短編小説しか書いたことの無い人間が、長編小説に挑むとどうなるのか。10万字程度をつつがなくつづれるのか。


「書きたい小説の設定はある。でもハイファンタジーだから私には向いてない。」


 それでも書きたいと思う。折角の設定を捨てたくないだとかそんなことではなく、ただ書きたいのだ。その設定の世界、人間、文化を、小説として形にしたい。そんな欲求は止めるべきではない。だからこそ、私は決断しなければならない。

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