24 魔力暴走

 門の中に入ると待ち構えていた子どもたちがわあっと周りを囲む。

 シスターたちも勢いを止められずおろおろとしていた。


「オズ先生あそぼうよー!」

「追いかけっこしよ追いかけっこ!」

「オズせんせーが走れるわけないだろ」

「まほー出してまほー」


 オズワルドは表情を変えずにアクロの背を押した。


「このお姉ちゃんが遊んでほしいらしいぞ」

「え!?」

「行ってこい。がんばれ」

「え、ええー!?」


 子どもたちに手を引っ張られ、引きずられるようにしてアクロは離れていった。

 見送るオズワルドへクラリスは肩をはたいた。少しだけダメージを食らう。


「こらっ! 明らかにルミリンナさんの同意を得ていなかったでしょう!」

「世間というのは先に同意を求めてくれないんですよクラリス」

「いやな世間をここで再現しないでください」


 杖を肩に乗せ、子どもたちの行った方向をぼんやりと眺める。きゃあきゃあと楽し気な声がここまで聞こえてきた。

 ふいに、思い出す。

 一度だけ――アレキの身体がまだかろうじて自由だった頃に、いっしょに孤児院に訪れたことがあったのだ。もともと温厚な性格に加え、妹弟と近所の子どもの子守をしていたアレキはあっという間に懐かれ馴染んでいた。

 魔王退治からの帰還後、祭り上げられ飾り立てられ「アレキ」ではなく「勇者」を求められていた青年にとって久方ぶりに羽根を伸ばすことのできた時間だったのかもしれない。

 「また来よう」と子どもたちから貰った花冠をうれしそうに眺めながらアレキはオズワルドと約束した。果たされることは、なかったが。

 寂寥を振り払い、クラリスに向き直る。


「それに、対面で会うのは半年ぶりですから積もる話もあるかと思いまして」

「……そうですね」


 ふたりの足音だけがしばらく続いた。

 クラリスは、なにかを話したいようにもなにも話したくないようにも見えたのでオズワルドは黙ってついていく。

 中庭に入る。


「この辺りです」

「ではさっそく始めましょう」


 とん、と杖を地面に打ち付ける。


「【防御魔術・結界展開・『紬』】」


 足元をすくうような感覚とともにぶわりと魔法陣が広がっていく。先に張られていた結界と不整合が起きないように調整をしていく。

 範囲が広すぎるので視覚はほとんど頼れない。積み上げてきた経験と勘と魔力を肌で感じながら結界を定着させる。


「終わりました。次は直接確認しないと」

「ありがとうございます、オズワルド。いつも早くて正確で、素晴らしいです」

「早いせいでちゃんと仕事しているのか疑われるときもありますがね……」


 手を抜いているのではないかと疑われることもよくある。

 最初の頃は反論していたが、現在はそう指摘されたら威圧して終わらせることにしている。こういうときに【紺碧の魔術師】という肩書は役に立つ。


「ふふふ。わたくしは逆に、オズワルドと旅をしていましたからあなたの早さに慣れてしまうと、他の人の術式展開が遅く見えてしまうのですよね」

「まあ……反応が遅いと死にますからね、あの旅では……」


 最初の頃、ロッダムの反応速度がなければオズワルドは何度も致命傷を食らっていただろう。

 旅の中で文字通り死にそうになりながら魔術の発動を短時間で済ませられるようにした。


「分かりますよ。わたくしも筋や神経を繋げるのがとても早くなりましたもの」

「……アレキともどもたくさん助けてもらいました」

「でも、楽しかった」


 懐かしむような口調でクラリスは続ける。


「ねえオズ」


 珍しく愛称で呼んでくる。

 陽が陰った。

 彼女の立っている場所が、暗くなる。


「あの頃に戻りたいと思うことありません?」

「……」


 思っていないと言われたら、嘘になる。

 だが口に出すことはしない。


「アレキが生きていて、ロッダムも明るかった頃に」

「クラリス……」


 聖女はほほ笑んだ。


「覚えていますか? アレキ、魔王が復活したら自分も蘇るとか言ってましたよね」

「……ええ」


 死を明確に意識したアレキが、周りを悲しませないように吐き出した冗談。

 ちくりとした胸の痛みに気付かないふりをする。


「——再び魔王が現われたら、彼は還って来てくれるのでしょうか」


 オズワルドは瞠目し、わずかに怒りを込めた声音で問う。


「何が言いたい――クラリシア」



 アクロは広場に座り、子どもたちに囲まれていた。

 ぐいぐいと女の子たちが抱き付いたり膝に乗りながら質問をしていく。


「お姉さんは魔法使えるの?」

「どんなのつかえるのー?」

「なんか出せる?」

「星は?」

「ほ、星? えーと……」


 右から左から話しかけられてアクロはどうしていいか迷う。

 頼りのイヴァとノヴァは遠目にこちら側を見ているだけだし、トルリシャは窓越しに目が合ったが笑顔で手を振って引っ込んでしまった。自力で子どもたちの相手をするしかない。


「ちょっとやってみましょうか――」


 杖を取り出そうとしたとき、建物から鐘の音が響き渡った。

 子どもたちは立ち上がる。


「おうたのじかんだ!」

「歌……?」


 めいめいが近くにいる者と手をつなぎ、小さな丸を作っていく。


「おねえちゃんも!」

「あ、はい」


 猫耳の少女に呼ばれ手をつなぐ。シスターも同じように子どもたちに交わっているのが見えた。


「エディ ラキホノス、エアマチビチニ」


 歌というには、リズムもメロディもない。抑揚のない呪文のようだ。

 聞いたことのない言葉にアクロはたじろぐ。


「ワレラゥ、エアナチウクソ ワレアゥ」


 子どもたちは先ほどまでの明るい表情が抜け落ち、虚空を見つめながら歌い続ける。


「ウサメガサソ ウイリィオニ オィオイマコィ マクーー」

「っ!?」


 ざらざらと不快な感覚が身体中を這いずる感覚。

 『魔力封じ』のループタイが軋む音をあげながらひび割れを増やしていく。

 ――魔力が暴走しかけている。


 アクロは自身の内側に集中する。

 分からない。分からない。どうしてこんなに魔力がさざめき外に出ようとしているのか。

 自分の影から黒い蝶が飛ぼうとしている。とっさに影を動かし呑み込んだ。

 ぼたりと鼻血が地面にしたたり落ちた。魔力を渾身の力で押さえつけている反動が身体に出たのだ。

 歌が止む。

 衝動はいくぶん落ち着いたが、完全には無くなっていない。


「おねえちゃん?」

「大丈夫ですよ。鼻血出やすくて」


 言葉とは裏腹に余裕なく子どもたちから手を離しうずくまる。

 まずい。視界の端に見えている髪の毛の先が黒く染まっていた。おそらくもう目はきんいろに変わっているだろう。


「おねつ?」

「怪我したの?」

「いいえ、具合が悪いわけではありません」


 ぺたぺたと子どもたちが触れてくる。

 魔獣の匂い。

 やわらかい肉の匂い。


 ——腹が、空いた。


 そう自覚すると同時に『魔力封じ』が砕ける。


「……≪わ■■たしから■離れて≫」


 自分でも耳障りな声を絞り出す。魔王であったころの自分が顔を覗かせている。

 するとまわりにいた子どもたちはびくりと動きを止め、後ろに下がっていった。どうしてそんなことをしたのか自分でも分かっていないように。


「あー……先生、呼んできてくれませんか?」


 草を血が濡らしていくのを眺めながら、努めて明るくアクロはお願いした。

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