7 図書館へ呼ばれて
錬金術学会の出している論文誌に目を通し、時折気になる箇所をメモしていると次第に首が痛みを訴えて来た。
ちょうどキリも良かったのでそこら辺にあった紙片をしおり代わりにページに挟みこみ伸びをする。
窓の外を見ればすっかり夕暮れだ。
ぼうっと外の景色を眺めていると、本棚の上で眠っていた学内妖精が突然起き出し「きゅい」と鳴いた。
「……どうした?」
学内妖精は答えない。
妖精と人間は音声言語での意思疎通ができないのだ。通じるのは身振り手振りだけ。音を受け取る器官がヒトのそれとは大きく異なっている。
虚空に向かって学内妖精は「きゅい、きゅい」とさらに鳴く。これは周囲の仲間とのやりとりを音声とテレパシー両方でおこなっているのだという。
この声の高さからして――『警戒』だ。オズワルドは学内妖精を凝視した。
大学構内ではこのような声はめったに出さない。以前は――生徒の魔法が暴発して毒カエルが巨大化し暴れ回っていた時だったか。ともあれあまりよろしくないことが起きたのは確実だ。
教授として様子を見に行くべきだろうと立ち上がる。すると学内妖精がぐいぐいと袖を引っ張ってきた。早く部屋を出ろと言うように。
「……言われなくても行くが」
怪訝そうにしながらドアを開けると、学内妖精は先に飛び出してオズワルドを手招いた。
危険が近いのか、それとも学内妖精に関わりがあるものが危機的状況なのか――。
見失わないように早足でついていく。
向かった先は、大学と併設している国立図書館だ。
「なんだ? 俺に関係があるのか?」
ざっと考えてみても心当たりがない。
そもそも国立図書館の館長はオズワルドを毛嫌いしており、オズワルドのほうも毎回嫌味を言われるのは面倒くさいので大学内の図書室経由で本を借りていた。
図書館入口で学内妖精は止まった。ここから先は図書館を縄張りにしている妖精(俗称館内妖精)がいるのでうかつには入れないのだ。
早く早くと身振りで急かされ、仕方なく足を踏み入れる。
普段は静かな図書館内が、ざわめいている。
5階建てのうち4階までが吹き抜けの構造であり、そのいずれの階からも利用者が下を覗き込んでいた。中にはオズワルドに気づいて手を振る者もいる。適当に会釈して奥へ進んだ。
司書の制服を着た者が数人固まって何やら話している。
「失礼」
近づいて話しかけると、司書たちは飛び上がる勢いで驚いた。
「パニッシュラ様!?」
「【紺碧】様!」
「魔術師様!」
「……。まあ全部私ですが」
アレキは『勇者』、クラリスは『聖女』で統一されているのになぜかオズワルドと戦士のロッダムは呼び名が人によって様々なのだった。
「一体どうなされたのです?」
「それが……館長様が――し、死んでしまったと」
「……館長が?」
勇者パーティーを非常に嫌っていた男の顔を思い浮かべる。
館長であるルバラ・オリエリックは伯爵の地位を持っている貴族で、農民や孤児あがりのオズワルドたちが国から讃えられていることに納得がいかない人間のひとりだ。
以前うっかり顔を合わせたときも元気に悪口を投げてきていたので、あの男が死んだなどとはすぐに飲み込めなかった。
「どうしてですか?」
「殺されていたそうです」
「発見されたときには血だったとか」
「今は憲兵がやってきて現場を見ているようです」
興奮気味に聞かされる。
そこからは内輪の会話になったためにオズワルドはそっと離脱する。
学内妖精がなぜあそこまで焦っていたのかますます分からない。基本的に、魔獣や幻想種は他種族の死には無関心だ。
館内妖精の縄張りにいる、オズワルドとの関係が悪い人間などどうでもよさそうだが……。
自分は出る幕でもないと判断し、踵を返したときだった。
「さっき憲兵に連れて行かれてた銀髪の子ってさ、」
そんな言葉が聞こえ、立ち止まる。
ローブを羽織った利用者――魔法大学の学生たちがひそひそと話している。
「飛び級で入ったっていう天才じゃなかった?」
「マジ? 館長殺しちゃったとか?」
「怖〜」
オズワルドは腕に巻いた皮ひもと、灰色のビーズに触れた。
「世話の焼ける……」
つぶやくと、彼は図書館の奥へと向かった。
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