第52話 迎えのペンギンと復讐と私

「おい、今日の主役ども。迎えが来たぞ!」


 私たちを応接間に置いてイライアスさんや各国の国王と今後の打ち合わせをしていた先生が、やけに楽しそうに戻ってきて私の傷を抉っていく。


「もう学園に戻るんですか?」

「当たり前だ。お前たち、新学期に入ってから自分らの勉学がどれだけ遅れているかわかってないのか?」


 エミリオくんの質問に、先生はふんぞり返って鼻を鳴らす。


 勉学が遅れた理由の一つには、担当教官であるディータ先生がしばらく行方不明になっていたこともあると思うんだけど、そんな後ろ暗さは微塵も感じさせない超巨大な態度だ。


「さあ、さっさと荷物をまとめて適当に馬車に放り込め。今日の夕方には着くぞ。そんでもって明日からは通常通り授業だ」

「ええ!? 結構遠いですよね!?」


 行きは馬車で五日くらいだったのに、この人数を乗せて夕方まで……?

 無茶じゃないか、という私の視線に、先生はそれを上回る迫力で呆れ返った視線を返してくる。


「お前、我々の学園が空飛ぶ鯨の上に乗っかっていることを忘れているだろう。泳いできたんだよ、向こうが。馬車より遅いし気まぐれだから行きには使えなかったが」

「いやでも学園が迎えに来るなんて……」

「安心しろ。学園長の弱みは握っているからな。特別料金を取られたりはしない」


 ……先生、不穏です。


 困惑しながらも、シルヴェスティア邸に一晩泊めてもらうにしても大人数だし迷惑だよね、ということで、私たちはそれぞれ荷物をまとめ始める。


 とはいえ、数日宿泊させてもらっていた私と先生以外はほとんど軽い手荷物くらいしかなかったので、片付けはあっという間に終わった。


 荷物をまとめて外の車止めに置かれている先生の馬車に行くと、その天井にちょこんとペンギン――いや、ルンツァ族が腰掛けていた。


「皆さんお疲れさんでヤンス!」


 ルンツァ族は片方のフリッパーを上げて陽気に挨拶してくる。この甲高い声と小柄でシンプルな姿は、引っ越しを手伝ってくれたウィリーくんだ。


「アッシが皆さんを学園までお届けするでヤンス! 時間はかかるけど安全運転! あ、あとアリアーナさんにはヘレナさんからお手紙を預かってきたでヤンスよ~」


 ウィリーくんのかわいらしい姿に癒されつつ、馬車に乗り込みながら手紙を受け取って、中で開いてみる。


「……えっと、帰ってきたらダブルデートしようね……?」


 心配と労りの言葉のあとにそんな見慣れない単語を見つけて、私は首をかしげる。


「あらあら~、いいじゃない~。青春を謳歌するってやつよぉ。せっかくクライスウェルトくんと恋人同士になったんだし、行ってらっしゃいな~」


 横に乗り込んできたパメラ先輩がニコニコと言う。


「こ、こいびと……」


 そうなのか? そうなるのか? なんかまだ確認してないし実感もないんだけど……。


 手紙を見下ろしたまま固まっていると、続いてクライスも乗り込んでくる。

 うわ、やだ、なんか緊張する! クライスが相手なのに!


 向こうはまったく意識してなさそうなのに、私は一人で慌てふためいてしまった。


 調子が狂ったままの挙動不審な私に気付いているのかいないのか、クライスはいつも通りに優雅な仕草で私の向かいに腰掛ける。


「ニーメア、ここまで護衛を務めていただき、ありがとうございます」


 クライスがなぜか椅子の下に向かって声をかけると、ハチワレ子猫が気まずそうに這い出してきた。


「ふ、フン! 任されたのだから当然ですわ!」

「ずっと守っててくれたの?」


 手紙を鞄にしまって這い出してきた子猫を抱き上げると、ニーメアは嫌そうに顔をしかめた。


「ええ、そう、ちゃんと邪魔しないように気を使って守ってましたのよ! いらんちょっかいかけてくる魔物を説得したり、説得(物理)したり、説得してお帰りいただいたり、おとなしく(永遠の)眠りについていただいたりしてましたわ!」


 なんかちょいちょい不穏な本音が透けて見えた気がするけど、本当にちゃんと守っていてくれたのだろう。魔道書の改造に集中出来たのはニーメアのおかげ、ってことになるのかな。


「そっか。ありがとね、ニーメア」

「わたくしは主の命令に従っただけです。貴方に礼を言われる筋合いなどありませんわ!」


 お礼代わりに喉の下をくすぐってあげると、ニーメアは気持ちよさそうにゴロゴロ言いつつも、なめんなよとでも言いたげに猫パンチを繰り出してきた。複雑な猫心が垣間見える。でも爪は出してないから、嫌ではないんだろう、たぶん。


 じゃれ合っている間に先生とリディア先輩、オルティス先輩、エミリオくんが次々に乗り込んできて、行きと違って馬車は満席になる。


 エミリオくんが席に着いたところで、ディータ先生がふと顔を上げた。


「それで、気は済んだのか? エミリオ・ヴィッセルーダ。それとも続けるのか?」


 んん? いったい何の話だろう?


「気が済んだわけじゃないですが、別の道を探ってもいいなとは思いました」

「あらぁ、そうなのぉ?」


 妙に真剣なエミリオくんに、パメラ先輩が気の抜けた笑顔を向ける。


「わたしはかまわなかったのにぃ。どうせ未来はあんなのとの結婚なんだし、それで復讐になるんだったら……」


 でもなんか言ってることが重いな!? 復讐って何!?


 思わずぎょっとして二人の顔を見比べる。今回ばかりはオルティス先輩だけじゃなく、リディア先輩も目を見開いて私と同じように二人の顔を見比べているので、さすがに説明が欲しい!


 真意の見えない笑顔のパメラ先輩に対して、エミリオくんはちょっとムッとしたみたいだった。


「諦めることないんじゃないですか? 協力しますよ。そっちの方が復讐になりそうですしね」

「ええと、何の話か聞いてもいい……?」


 さすがに気になりすぎて口を出すと、エミリオくんとパメラ先輩は互いに目を見合わせてうなずいた。

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