第51話 神前試合の結末と私

 結論から言うと、クライスの圧勝だった。


 当然のことながら、オルティス先輩が手を抜いたわけじゃない。

 むしろ、オルティス先輩の動きは今までで一番良かった。リディア先輩もそう言っていたんだから間違いない。

 まあそれに、前回二秒で終わったことを考えれば、長く保った方でもある。


 なんせクライスがあまりにも大人げなかった。まるで魔王みたいだった。いや魔王なんだけど。


 私が調整した魔道書、ぶっつけ本番だったんだけど、それはそれは相性が良かったみたいで。

 ほとんど詠唱もなく派手な魔法をかましまくるクライスにオルティス先輩は野生の勘で対抗していたけど、最後はほとんどアリーナ全面が氷で覆われてたので、あの中で動き回れるだけですごかった。


 それでも何度か剣の間合いまで詰めてはいたけど、クライスだって騎士なのだ。剣を持っていなくても、攻撃をかわす身のこなしは的確だった。


 そんなこんなで。


「言っとくけどな! お前に迷いがあったら勝つ見込みはあったんだぞ!」


 すべてが終わってみんなが集まったシルヴェスティア邸の応接間で、オルティス先輩が吼えているのを、私は壁に向かってしゃがみ込みながら聞いていた。


「アリアーナちゃん、大丈夫よ。ちゃんと絵になってたから……」

「そういう問題じゃないんですよパメラ先輩いいいぃぃ」


 しばらく現実逃避してたけど、やっぱり無理だ!

 背中を撫でて慰めてくれるパメラ先輩には悪いけど、これは当分立ち直れそうにないというかもう二度とこの国に帰ってきたくない。


 どうして私がこうなっているかというと、試合のあとが問題だったのだ。


 結果的にクライスが圧勝したとは言っても、私たちの未来がかかっている戦いなんだから、終わるまで私は気が気じゃなかった。どれくらいサクラが仕込まれていたのかもわからないけど、応援席の熱狂もすごくて、その場の空気にあてられてしまったところもたぶんある。


 つまり、終わった瞬間に感極まってしまったんだよね。

 私もクライスも、そのときはちょっと正気じゃなかったんだと思う。


 試合の終わりのことだ。

 オルティス先輩のこれで勝負を決めてやるという気合いの入った一撃を、クライスは紙一重で避けて、そのまま呪文なしで召喚した氷の刃を先輩の喉元に放つ。

 それまで野生動物じみた動きで避け続けていた先輩も、必殺の一撃を避けられた直後では対応しきれなかった。

 それで勝負は決した。


 勝負あり、と叫んだのは、炎夏の国の王だったみたいだ。一番中立な立場である炎夏の王がいつの間に審判になっていたのか、私にはわからないんだけど。


 とにかくその宣言で試合は終わって、クライスが先輩への礼もそこそこにこちらへ駆け寄ってくるのを、私はただただ見つめていた。クライス以外の誰も目に入ってなかった。

 真下まで来たクライスがこちらに手を伸ばして、私はもう何も考えられずにボックス席から飛び降りる。


 そう、飛び降りてしまったのだ。公衆の面前で、その腕の中に。


 正直に言ってしまうと、すごくすごく安心した。

 ここにいてもいいんだって、クライスも同じことを望んでくれているんだって、はっきりわかったから。感じられたから。


 それはいいんだけど、その様子って、当然のことながらもうその場にいる全員から思いっきり注目されてたんだよね。


「この通り、神のご意志は示された。神殿はこの『事実』を隠蔽しようとした責を問われるべきであろう」


 高らかに宣言したのは、イライアスさんだ。ついさっきまで笑い転げていた人とは思えない堂々とした追及っぷりだった。


「証人はここにいる全員だ。皆様方もその目で確とご覧になっただろう。聖女を通して与えられる神の祝福が、誰の上に降りそそいだのか」


 その辺りで我に返ってなんて口から出任せを!? って思ったんだけど、あとから聞いたら私、しっかり試合が始まる前にクライスに祝福を降りそそがせまくっていたらしい。

 全然気付かなかった……それどころじゃなかった……。


「神もお認めになった。聖女と勇者は結ばれる運命にない。聖女と恋仲となることは罪ではない。そこに罪はない。よって私は、我が弟、クライスウェルト・アル・シルヴェスティアの無罪を主張する!」


 イライアスさんの口上に、客席からも同意の声が上がる。

 試合に興奮しきったままの人々が上げる「無罪だ!」「無罪だ!」というシュプレヒコールは、ここで有罪だなんて言ったら暴動になりかねないくらいの熱量があった。


「錦秋の国エルグラントも無罪に賛同する」

「神前試合を見守った者として、炎夏の国ゲンズヴィアも無罪に賛同しよう」


 続いて立ち上がった二つの国に、人々は声援を送る。


 神聖裁判に正式な手続きはないけど、神殿の大事なことは陽春の国フェスタリア、炎夏の国ゲンズヴィア、錦秋の国エルグラント、玄冬の国レースフォア、神座の国アイネリアンの五つの国で多数決するのが慣例だ。今回もその流れで三つの国の賛成を得れば、覆すことはできないだろう。


「玄冬の国レースフォアはこの試合の無効を主張する!」


 四つの国の内で最も神殿への忠誠があつい玄冬の国は……まあ予想通りだよね。客席からはブーイングが上がってるけど。


「神座の国アイネリアンも同じく」

「無効の根拠は何だ?」


 神殿長が続いたところで、常日頃から玄冬の国と対立しがちな炎夏の国の王が真っ先に問いかけた。


「この試合は正規の手続きを踏んでいない!」


 レースフォアの王が主張するけど、実のところ神前試合にも神聖裁判にも、明文化された正規の手続きなんてものはないのだ。

 むしろ神殿は、今までその自由さを利用して好き勝手やってきた。もちろん、それを利用しかえさないイライアスさんではない。


「二十八年前の神聖裁判にて、二国の賛同を得た神前試合は神の意志として認めると判決が出ております。今回も同様の手続きを踏んでおりますよ」


「そうだ! 知ってるぞ! おれはその試合を見たんだ!」

「私も見たわ! 確かに二国の賛同で認められていた!」


 イライアスさんの反論に客席からも同意の声が上がって、レースフォアの王が悔しそうに着席する。


「……試合は有効と認めよう。しかし、聖女が神聖な身であることは事実。どこの馬の骨ともしれない護衛候補が聖女と恋仲になることは認められない。レースフォアは有罪を主張する」

「神座の国アイネリアンも同様に、クライスウェルト・アル・シルヴェスティアは有罪であると考える」


 結論が二対二に分かれたことで、最後の一票を持つ陽春の国フェスタリアに結論が委ねられることになった。


 フェスタリアは国としての勢力は四国で一番弱く、穏やかな気風で中立的だ。悪く言えば日和見的だけど、いつでもどこにつくのが自国にとって一番良いか見極める目は確かだとエミリオくんが評していた。


 ブーイングと無罪コールが響き渡る中で、物腰柔らかなフェスタリアの王がゆったりと立ち上がる。


「陽春の国フェスタリアはこの試合を認め、無罪に賛同いたします。我らは確かに、奇跡をこの目で見たのですから」


 客席から大歓声が上がる。

 祝福の声を二人で受け止めながら、私は羞恥のあまり死んでしまいそうだった。


 いや、せっかくクライスと一緒にいられることになったのに、死んでなんかいられないけど。


 そうしてすべてが決着して、クライスは無罪になって、私たちはみんなで――一人も欠けることなく、魔法学園に帰れることになったのだ。


 公開処刑された私の乙女心を考慮しなければ、最上の結末だった。

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