第13話 制御極振りの魔道書と大ネズミ退治に燃える私

「というわけで、大ネズミ退治を引き受けてきました!」

「この時期の大ネズミはおいしいですね!」

「は? なんでそんな雑魚を……?」


 共用スペースにみんな集まったところで今日の報告をした私に、リディア先輩とオルティス先輩が対照的な反応を示してくれる。


「結構貴重なんですよ、大ネズミの毛皮! しかも初級クラスの魔道書を作る素材として最適だから、この時期は特に値上がりするんです」


 力説する私を、オルティス先輩は胡乱なもののように半眼で見やる。


「子どもの頃に討伐したことがあるが、一銭にもならなかったぞ」

「そりゃ焦げたり穴が開いてたりしたらまともな値段で売れるわけないですよ」


 エミリオくんが肩をすくめる。


「そう、切り傷も刺し傷も焦げあとも凍って毛先が折れたあともない大ネズミの毛皮は結構貴重! 今回はそんな貴重な素材を集めつつ食糧委員会からの報酬もゲットしたいと思っています!」

「良い考えだと思うわ! 私は賛成!」

「わたしも賛成するわぁ」

「僕も賛成です」

「もちろん、私も賛成いたします」


 それでオルティス殿下は? と視線を向けるクライスに、オルティス先輩はうっと呻いて視線を逸らした。


「ま、まあ……手伝ってやってもいい」

「お手伝いレベルってことは報酬は不要だということですよね」


 エミリオくんがシビアだ。


「まあまあ、まずはどうやって素材をゲットするか方法を考えましょう」

「依頼はできるだけ一網打尽に、ってことだったのよねぇ」

「なんとか一箇所に集めて眠りの魔法をかけるのが手っ取り早いと思うんだけど」


 女子三人でうーんと考え込む。


「動物を操る魔術が確かありましたね」

「でもあれってぇ、確かすごく難しいんじゃなかったかしら~。一匹だけ操るんならそうでもないけど、複数になると一気に難易度が跳ね上がるって聞いたことがあるわぁ」

「今回は特に、数もわからない範囲内の大ネズミだけを、ってことになるし……」

「それに私たち、付与魔術はともかく~、精神系の魔術は完全に専門外よねぇ」


 クライスの提案に、パメラ先輩とリディア先輩がますます難しい顔になる。


「私もできなくはないのですが、制御が少し難しいですね。学園全体の大ネズミを一箇所に集めるだけならば簡単なのですが」

「そ、それはやりすぎだろ……?」


 一人だけ次元の違う悩み方をしているクライスに、オルティス先輩が引きつった顔を向けた。


「でもクライス、動物を操る魔術は使えるってことだよね?」


 さっきの発言からするとそういうことになるよね? と、私は首を傾げる。


「ええ。ただ、やはり学園全体に影響を及ぼすとなると使用許可は出ないでしょう。精神系の魔術は特に制限が厳しいですから」

「そりゃそうでしょ。森の生態系にだって影響出そうだし」


 エルフの森にいたんだから、私もその辺はやめてほしいと思う方だ。

 あと使えそうなのは……まあ一応聞いておくか。


「オルティス先輩は動物操作の魔法は使えます?」

「魔王と戦う上では不要だろ」


 つまり使えないってことだ。次に視線を向けたエミリオくんも聞く前から首を横に振っているし、とすると使えるのはクライスだけ。


「だったら私が入学する前に作ったやつで、先生に性能がピーキーすぎるって怒られた魔道書があるんだけど、クライスにそれでがんばってもらうのはどうですかね?」

「どういった魔道書なのですか?」


 クライスが若干警戒した顔でこちらを見てくる。危険なものを作ったんじゃないでしょうねと視線が言っている気がする。失礼な。


「制御に極振りしたせいで、魔術の威力が20%くらいまで下がるようになっちゃったやつなの。使い手の魔力効率が悪すぎるって怒られたんだけど、ちょっと調整すれば使えると思う」

「そこまで威力下げるとさすがに怒られそうだね……」

「思い切りが良くていいと思うわぁ」

「待ってて、今持ってきます」


 感心(?)してくれている先輩たちに手を振って、私は自室に駆け込んだ。

 持ち込んだ数冊の魔道書から緑色の皮の地味な一冊を取り出してまた共用スペースに戻る。


「これです」


 魔道書を受け取ったクライスが、感触を確かめるように魔道書を開いたりひっくり返したりし始める。


「通常防具に使われることが多いグレムリンの皮を表紙に使っています。グレムリンの皮は魔術耐性を上げることで有名ですけど、上手く魔術妨害の脈に合わせて魔術式を設置すれば、魔術制御力を大幅に高めることが……あ」


 しまった。またやってしまった。リディア先輩とエミリオくんは「またか」みたいな顔をしているし、オルティス先輩はあからさまに引いている。パメラ先輩は……微笑ましいわぁ、と思っていそうな顔をしているな。

 クライスだけが真剣に魔道書を検分しながら話を聞いてくれていた。


「確かに、これならば使えるかもしれません。少し外で試して参ります」


 うなずいたクライスについて、全員ぞろぞろと外に出て行く。

 うちは他の寮と離れたちょっと奥まったところにあるから、玄関の目の前の空き地を使って魔術の実験をしても近所迷惑にならない。


「せっかくですから、実戦形式でやりましょうか。オルティス殿下、お相手願います」

「20%の威力しか出せない状態で僕に勝つつもりか?」

「感触を確かめるだけですから。どうぞお手柔らかに」


 全身から不機嫌さをまき散らすオルティス先輩といつも通りにこやかなクライスの間で、目には見えない火花が散りまくった気配がした。


 にこやかに微笑したまま、クライスは厳かに口を開く。


「クライスウェルト・アル・シルヴェスティアの名において、魔術使用許可の空間を展開いたします。目的は魔導具の効果検証。……承認を確認」

「……オルティス・ヴィル・エルグラントの名において魔術使用許可の空間に接続する。目的は魔導具の効果検証補助。……承認を確認」


 うわ、学園内で戦闘魔術を使う時の儀式だ!

 噂には聞いていたけど、初めて見ると謎の迫力がある。

 人質事件のとき、クライスも承認を得て魔法を使ってたはずだけど、許可を得る瞬間は見てなかったもんなあ。


 感心している間に、二人は試合の時みたいに向かい合って身構えていた。

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