第12話 迫り来る勇者様とそんなことより金を稼ぎたい私

 共用スペースに戻ってクライスをみんなで見送ったあと、私はオルティス先輩からの視線に気付いて首を傾げた。


「どうかしました?」

「いや……思ってたんだが、お前、聖女じゃないのか?」


 リディア先輩とパメラ先輩がそれぞれ驚いた顔をする。リディア先輩は本気で驚いた顔を、パメラ先輩は本気で驚いているんだろうけどどう見ても「あらまあ」くらいのテンションの顔を。

 そしてエミリオくんは、「あーあ言っちゃった」みたいな顔をしている。これは元から察してたな。


「聖女じゃなくて、元、聖女ですね」


 元、というところを強調する。


「いいんですか? 隠さなくて」


 察してたっぽいエミリオくんが呆れたように聞いてくる。


「んー、自分でわざわざ言って回るつもりはないけど……隠してもなあ、という感じではありますかねー」

「……まあ、以前聖女に仕えていたはずのクライスウェルト先輩があの調子じゃそうかもしれませんね」


 そもそも人質事件のときにクライスの護りの術を発動させた時点で、自分で明らかにしたも同然だったのだ。


 だってそうでもしなきゃ、クライスは絶対遠慮して近寄ってこないから。

 私の足枷になりたくないとか自由を阻害したくないとか、ぜったいぜったいそういうことを言うに決まってる。


「騒いでほしいわけじゃないから、みんなも気にしないでいてくれるとありがたいです。今はただの庶民ですしね」

「聖女の力は、取り戻せないのか?」


 至極真面目な表情でそう言ってきたオルティス先輩を、私は思わず見返した。


「いや、無理ですけど」

「しかし! 歴代の聖女は魔王や強大な魔物を封印するためにその力を使ったのだろう! お前は何も封印していないんだろ? だったら取り戻せるはずだ」

「そう言われましても……」


 なんだか必死な形相になってきたオルティス先輩に、私は思わず半歩あとずさる。


「力を失った場所はどこだ!? そこへ行けば取り戻せるんじゃないのか!?」


 椅子を蹴倒す勢いで立ち上がったオルティス先輩が、あとずさった分迫ってくるのがこわいこわいこわい。私は冷や汗を流しながらさらに三歩くらい下がった。


「いやいやいやいや、もうとっくに行ってるしあそこめちゃくちゃ危険な場所ですからね!? 歴戦の護衛団と聖女で行って全滅しかけるくらい!」

「そりゃそうですよ。聖女が力を失ったなんてとんでもないことなんだから、取れる手段はとっくに取り尽くされてるはずです」


 エミリオくんが冷静に援護射撃してくれる。めちゃくちゃありがたい。


「しかし!」


 なおも詰め寄ってきて食い下がろうとするオルティス先輩。なんでこんなに必死なんだろう?


「これ、プロポーズって雰囲気じゃないわよねぇ」

「まあ、魔王に一人で立ち向かうのが不安っていうのはわかりますけど」


 リディア先輩の言葉に、オルティス先輩がピシッと凍りつくのが見えた。


「そ、そんなわけあるか! もういい!」


 なにがもういいのか、オルティス先輩は迫ってきた勢いのまま百八十度方向転換して、そのまま早足で逃げていく。去り際に耳まで赤くなっているのがちらっと見えてしまう。


「……災難でしたね」

「あっ、まだオルティスくんの研究テーマ、何も決まってないのに!」

「うふふふ、仕方ないから帰ってくるのを待ちながらお茶にしましょうか~」


 どっと疲れた心持ちで、私はパメラ先輩の提案にうなずいたのだった。



 結局そのままオルティス先輩が行方不明になってしまったので、私たちは解散して部屋を片付けたり必要なものの買い出しに行ったり、それぞれ自由行動することになった。


 しかし、クライスの魔道書にテンションが上がって思わず研究テーマを決めてしまったけど、現状魔道書を改造するにはあまりにも設備が足りない。


 鞄に入るくらいの小道具類は自分で持ってきたけれど、クリュスタルス魔法学園になら設備があるだろうと思って家具みたいなでかくて重い道具はもちろん持ってきていないのだ。


 少なくとも本をプレスする機械は必要だし、できれば水平に押せるやつと立てて押せるやつ、両方ほしい。箔押し機もほしいし箔押し用の金型……は鍛冶師部があるはずだからそっちに依頼して……それにもお金かかるな。


 うーん、やっぱりどう考えてもまず必要なのは先立つもの、つまり金だ。


「どうやって稼ごうかな……」


 道具がなきゃ魔道書修理して稼ぐわけにもいかないし、身一つでできることって言うと、やっぱり地道に魔物狩りして素材を剥いで売る、ってことになるよね……。

 この近くに軽く魔物狩りできるところとかあるんだろうか。


 考えながらカツカツと石の廊下を歩いていた私は、ふと嫌な気配を感じて顔を上げた。

 これは……魔物の臭い! 出所はどこだ!?

 きょろきょろ周囲を見回すけれど、歩いているのは普通の学園生たちだけだ。


 でも確実に気配はある。その気配を辿っていくと、何かの建物の裏手にたどり着いた。

 なんかおいしそうな匂いがするから、これは食堂、かな?

 実は今自分がどこにいるのかよくわかっていないんだけど、歩いてる方角には食堂と購買があったはずだからたぶんそう!


 レンガの建物の裏手には地下に続く階段があった。気配はそこから漂ってくる。


「あ、あの」


 覗き込もうとしたところで後ろから声がかかって、私は思わずぎくりとしてから振り向いた。


「あ、すみません。そこ、危ないので……」


 振り向くとなんだかとってもおとなしそうな小柄でかわいい女の子が立っていた。頭のきれいな丸さがよくわかるストロベリーブロンドのショートボブに、まんまるな青い瞳。その左腕にはクライスがつけていたのとよく似た腕章がつけられていて、「食糧」という文字が見えた。


「食糧、委員会……?」

「はい。食糧委員会は購買と学生食堂の管理・運営を担当している委員会です! 新入生の方ですよね? も、もしよろしければ……!」


 訊ねたとたんに美少女が急に目を輝かせてずずいと迫ってきた。勧誘だ……!


「あっ、ごめんなさい。ちょっと今年は委員会に入る余裕がなさそうで」

「そ、そうでしたか……」


 断った途端にしゅんとなる美少女。もう委員会活動しているということは先輩、だと思うんだけど、あんまりそういう貫禄とか偉ぶったところは感じられない。


「危ないっていうのは、魔物が出るからですか?」

「は、はい。そうなんです。魔道士科に討伐依頼を出したんですけど……大ネズミくらいじゃ役不足だって断られてしまって……」


 また世知辛い話を聞いてしまった。

 しかし大ネズミ討伐……これは、チャンスかもしれない。

 私は心の中で決意の拳を握りしめた。

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