~料理上手は愛情上手~



 フレンチトーストをタッパーに詰める作業を柳田とエミリカ、そして何故か宇野も手伝う。


 それが終わり、タッパーを持ってヒョロヒョロと運動場へと向かう柳田。その背中を宇野とエミリカは見送った。


「・・・ずいぶんとフラフラして大丈夫か?あの子、すごく恥ずかしがり屋だが、上手く渡せるだろうか?」

「今この場で散々恥ずかしい思いをしたんだから、あとはもう、ままよ」

「散々させられたんだろうが、あんたに」

「あら、女の子って打たれ強いのよ、ご存知でない?」


 エミリカは唇に指を当て、いたずらっぽく笑う。


「なんだそれ・・・」


 宇野は肩をすくませる。


「さて、いい事をしたわね・・・やっぱり想い人に想いを伝えるなら、心のこもった出来立ての料理と一緒によね・・・少し、勇気をもらったかも」


 思いふけるかのようにエミリカは言って、その場を去ろうとする。その彼女の背に宇野は声をかける。


「すまんが、いくつか聞きたいことがある」

「なに?」


 エミリカは肩越しにこちらを振り向く。


「なぜ柳田が料理部の部員でないと言い切った?いや、少し気になっただけだが、あんた・・・」

「エミリカよ」


 呼称を訂正され、宇野は咳払いして気恥ずかしく名を言う。


「え、エミリカは、どうも柳田と面識があるように思えなかった。それに、え、エミリカは柳田が困っているタイミングで家庭科室の前を通りかかった。偶然か?」


 宇野はエミリカの心を読み取ろうと目をしっかり合わせる。

 エミリカは口角を上げてニコリと微笑むと、


「さすがね、良い推察力よ」


 宇野に賛辞を送り、言葉を続ける。


「それはウチが料理部の、それも部長だからよ!」


 エミリカは宇野へと向き直し、胸を張る。


「それと、実は五時間目にウチら授業で家庭科室を使っていたのだけれど、後輩に一つ窓のカギを開けるようお願いされていたの。理由はかいつまむ程度でしか聞いてないけど、、可愛い後輩のために仕方なくね。あと家庭科準備室の冷蔵庫に見知らぬ食材が入っていたわね。

 そのあとの六限目に、家庭科室の前で大きな声はするし、いい匂いはするし、それでお腹は鳴るし、恥ずかしいし、でも芳醇な香りがするじゃない?気になって授業を抜け出してきたのよ」


「・・・そうか」


 よほどお腹が空いていたのだろう、と宇野は思った。それにエミリカがトーストを何個かつまみ食いをしていたので納得した。


「どう?ご理解できた?破天荒生徒四天王の一人、宇野一弘君」


 エミリカは絹のように艶のある亜麻色の髪を払い、踵を返して宇野に背を向け、


「『何でも屋』と名高いあなたにこうして会うことができて嬉しいわ。また、会いましょう」


 そう言い、彼女はその場から去っていった。

 宇野は難しい顔をし、彼もまた廊下にあふれ出てくる生徒の一人に混ざっていった。



 それから、宇野は教室に帰り、クラスの皆から大ヒンシュクを買った。


「お前の五分は何分だ!」

「もうとっくに終業じゃねえか!」

「部活に遅刻だボケェ!」


 皆の怒りはもっともだが、宇野は柳田の為に本当のことは言えず、


「・・・あの、ここんとこ、便秘で・・・」


 と、恥をしのいでウソの証言をした。

 なんとか捻り出したウソであるが、この時より、彼に『フンバルンバ宇野』という不名誉なあだ名が新たに加わった。


 当然、その後に購買に訪れるもパンは完売であった。


 やはり、今日の運勢は最悪だったと、宇野は唇を噛んで思った。



 そして一か月後・・・宇野はもう一度、エミリカと出会うことになる。


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