~ウルトラ上手に焼けました~


『な、なんだってー!』


 宇野とゴリ松が驚愕し同時に声を発する。



 そしてより一層つよく向けられる柳田への視線。柳田は顔から火でも吹くのではないかというくらいに紅潮している。


 如何にもな乙女の恥じらい、だからこそ彼女はあまり言葉を発せなかったのだ!

 しかしゴリ松は訊く!乙女の恥じらいなど、関係のないゴリ松!


「それじゃあ、なんでこんなに焼いたんだ?この本命のパンだけを、その想い人に渡せばいい話じゃないのか?」


 理解出来ないゴリ松!柳田は顔をさらに赤らめ涙目になる。


 代わりにエミリカが言う!柳田の気も知らず!


「本当に鈍いわねえ、さっきも言ったけど、フライパンにバターをいい具合に引くのと、練習を兼ねたってのもあるだろうけど、本当の理由はそこじゃない。

 ほら、バレンタインを思い出してみなさいよ。女子の中で義理チョコをやたらめった振りまくる人っていたでしょ?あれは周囲に本命を悟られないようにする為の工夫なの。男の人に分かりやすく例えれば、大人の本を参考書に挟んで買うみたいなものね!」

「いや、それは違うだろ!」


 ツッコむ宇野!

 しかしうなずくゴリ松!


「ああ、なるほど!」


 納得しちゃうゴリ松!そして話を続けるエミリカ!


「で、サッカー部といえば一番のイケメンでエースの川崎君あたりかしら?」

 エミリカに問われて柳田が今にも沸騰しそうな顔を両手で覆う。余程恥ずかしいのだろう、もう止めてあげてほしい。


「あ、やっぱりそうなのね、正解なのね!ビンゴ?ビンゴ?」


 追い打ちをかけるエミリカ!


「おい、そうなのか柳田ァ!どうなんだ柳田ァッ!」


 息の根を止めんばかりのゴリ松!

 波状攻撃!

 激しい二人の波状攻撃!

 二人のコンビネーション攻撃、いや口撃に、ついにしゃがみ込み、涙をこぼす柳田ァッ!


「なにやってんだよ・・・やれやれ」


 宇野は柳田が可哀想で見ていられず、話を反らす為の助け舟を出す。


「それは理由を話しづらいわな。だから頑なにパンを焼くのを止めなかったと。しかしどうやってサッカー部って当たりを付けたんだ?もしかしてパンの人数分から推測したのか?けど、同じ人数の部活なら他にもいるし、一人当たりの食う量なんてその時々で違うだろ」


「それはさっき質問した『負けが続いているという部』というのがサッカー部だからよ!」

「いや・・・ますますわからん」


 エミリカは、ふふっ、と小さく笑うと、薄く淡い桃色の唇から楽しげな声色で話す。


「フレンチトーストっていうのはフランス語でペイン・プレンデュ。失われたパンって意味があるの。つまり古くなって硬くなったパンね。それを生命の象徴の卵、成長の象徴の牛乳で生き返らせることから、復活の験担ぎとして食べるの。日本のとんかつと一緒ね。だからこのところ負け続きのサッカー部かなって思ったのよ。ついでに、トーストって祝福って意味もあるわ。それなら、フレンチトーストを送るのも不自然じゃないしね」


 言い終わりエミリカはフライパンの火を止め、両面、小麦色に焼き終わったハート形のフレンチトーストをお皿に移す。


「ほら、できた。乙女の作る想いのこもったお菓子。これに勝る料理が他にあるかしら?」


 バター、卵ミルク、パン、これらに火が通り、醸し出されたハーモニーが家庭科室を包む。そのいい匂いに思わず宇野のお腹がまたも鳴ってしまう。

 エミリカはフライパンを流しで軽く洗うと、改めてゴリ松に向き合う。


「さて、ゴリ松先生、これは乙女の激しい茨の道なの。当然、彼女のした事は許されないわ。家庭科室と調理器具の使用申請も出されていないもの」


 言って、エミリカは柳田のソワソワした表情を一瞥し、言葉を続ける。


「でも、怒るのは後にしてあげてもいいんじゃない?お菓子は出来たてが美味しいもの、今の六限目が終わればクラブ活動よ。今もって行かなくて何時行くの?」


 エミリカの熱弁、そして漂う気迫、それにゴリ松は飲まれ初め、

「う、うむ・・・そう、か・・・?」


 揺らぐゴリ松。エミリカはここぞと大仰に振る舞い、追い打ちをかける!


「敗退したサッカー部のために元気づけようとした柳田さんの心意気!そして、負けて落ち込み、傷心した川崎くんに、胃袋掴んで付け入ろうとする乙女の策略!ゴリ松、あなたは教師として、彼女の熱意が分かってあげられないの!?」


「おい、途中の言い方、他にないのかよ・・・」

 宇野が言葉をはさむが、おかまいなしにエミリカはゴリ松に詰め寄る。


「どうなの!」

 その言語量と熱量が彼女の力量となり、ゴリ松は圧迫され、


「そ、そうだな・・・」

 思わず肯定!


「決まりねっ!」


 エミリカは両手で、パンッ!と柏手を打ち、柳田へと向く。

 柳田を見ると、なんかもう、土下座でもするかのようにうずくまっていた。


 キーンコーンカーンコーン。


 ここでチャイムが鳴り、ゴリ松が慌て始める。


「しまった、もうこんな時間か!今から職員会議の準備をせねば・・・柳田、今度呼び出して注意はするが、今は・・・まあ、がんばってくれ、じゃあな!」


「・・・アイ」


 どこか泣きそうな声で返事をする柳田。その背中をエミリカはバンバンと叩き、


「良かったじゃないの!柳田さん。これで心置きなく川崎君にアタックしに行けるわね!」

「・・・アリガトウゴザイマシタ・・・破天荒生徒四天王ノえみりかサン」


 柳田の感謝の言葉に、宇野はどこか呪詛を感じた。

 しかしエミリカはそれに気付かず、


「いいのよ、いいのよ~、乙女の道は険しいからね。力になれたなら嬉しいわ。モチロン、この事は誰にも言わないから、ガンバって!」



 この言いようである。


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