Q_,ニワトリが先か?タマゴが先か?

僕は大抵、昼食を部室で食べる。

何故かは分からないが此処が落ち着くのだ。教室に近いのも理由の一つだし、教室でも中庭でも食堂でも、喧騒で立ち込める空気がどうにも苦手だった。


対して部室は静かで、いつも通り先輩がいるだけだ。この人は常に部室に居るような気がするが、気にしない事にする。


「君、いつも卵焼きが入っているね?」


今日も今日とて先輩は話し掛けてくる。毎日のことなので弁当の中身すら把握されてしまっている事に謎の羞恥を覚えた。

対する先輩の弁当箱は見えない。授業中の早弁を隠すかのように例のノートを衝立にして隠しているからである。


「母が好きなんで」


自分のついでにと僕の弁当を用意する母。片親でよく僕を育ててくれた彼女は優しく、甘党だ。口の中がそれを物語っている。


「家族とは良いものだな」


大切にするんだぞ、なんて教師のような口振りで言う先輩は、どこか他人の様には思えなかった。何故だかは分からないがまあ、取り立てて追求する事でもない。

気にせずに視線を弁当箱へやり、僕は箸を進める。それを機に先輩が押し黙った。遅ればせながら、何か不味いことに触れたような気がして顔を上げる。


然しそこには弁当箱はなく、代わりに衝立としての役目を終えたそれに向かう先輩のつむじが見えた。いつの間に食べ終えたのかは謎に包まれる。


「さて、今回は有名な話をしよう」


とん、と流れる動作で先輩が机に音を立てる。そこに置かれた頁には問掛けがひとつ。僕は問を形にするため音に出す。


「卵が先か、鶏が先か…って」


有名にも程があるだろう。誰でも一度は堂々巡りでこの現象に陥ったのではないか。そして答えを出せる人間は少ない…と思う。正解が分からないのだから。だからこそ、この問は今も生きている。


「気になるだろう?」

「いや、気にはなりますけど」


触れてはいけない気がした。この問は多くの意味を持つ。様々な物事に比喩として使われ、解がない事でその真価を発揮している。曖昧にする事も時には大事なのだ。世の中を渡っていくためには。


感じたままを話すと、先輩はほとほと呆れた表情で手に持つそれを僕に押し付ける。机、縦×2つ分の距離が詰まる。


「君はまるで分かっていないね。私達が生きている場所を」

「分かってますよ、馬鹿にしてるんですか」


生きている場所。地球。日本。どこにでもあるような、都会と田舎の間を取った様な、平凡な町。


「また下らないものを思い浮かべたな?」


君のリアリスト癖はいつになったら抜けるんだ。そんな言葉が聞こえるがリアリストは癖じゃない。というか単純に常識を言っているだけであってリアリストなわけでもない。


「ここは、世界だよ」


とん。


再び、響いた音と共に世界が落ちる。

今度は、僕の近くで。


「私達の世界なら、問には解を出してやるべきだ」


先輩の声がどこの喧騒よりも大きく、それでいて儚く聞こえる。だからつい、答えてしまうのだ。


「僕は、鶏が先だと思いますけど」

「私とは逆だな」


人が悩んで形にした解を一蹴するように重ねられる。

なんなんだ。というか、先輩の答えは出てるんじゃないか。それなら僕の意見なんて必要ないだろうに。


「世界は私達のものだよ」


君がいないとお話にならない、と先輩は笑う。それは儚さとも喧騒とも違う、朗らかな陽だまりを彷彿とさせた。


「聞かせてくれ、何故鶏が先だと思う?」

「だって、鶏が産まないと卵は出てこないでしょう」

「じゃあその鶏はどこから産まれたんだ?」


だから、そこがこの問の真価なのだ。どちらが先か分からない堂々巡りの原点がある。自分の尻尾を追いかけ回す猫のような延々に終わらない。否、終わらせてはいけないもの。


先輩は、終わらせる事が出来るのか。


「君は物事を難しく考え過ぎだ」


猫だって疲れたら休むだろう。そう言って先輩は世界と向き合う。


「延々と永遠は似ているね。なのに、片方は劣悪に感じるがもう片方は美化される」


おかしな話だ、と笑いながら手に持つピンク色で文字を落としていく。


「どちらも同じなんだよ。結局、終わらせないといけない。決着をつけなければ見えてこない」


“世界”が。


僕と先輩の声がシンクロする。不思議な感覚で、妙にくすぐったい。


「難しい問には簡単な解で返してやろう」


くるり。反転したノートには先輩が出した簡単な解が一つ。

思わず笑みが溢れる。確かに呆気なく、簡単に終わらせてくれる。いつもより丸く幼く見えるのはきっと勘違いなんかじゃ無いはずだ。

こうして世界はまたひとつ、明らかになった。


A,カラを割れるヒナの方が強いから、タマゴが先!

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僕と先輩と、ときどき世界。 能登五佳 @itk_555

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