第47話 戦のあと

 その後のことは、僕もあまり覚えてはいない。落下して僕たちがレッドドラゴンから離れたことで、公爵軍の広範囲魔法攻撃が見事にヒット。レッドドラゴンも、そこまでダメージを受けてはいなかったようなのだけど、ちょうどよい目くらましになったのか、僕たちが見えなくなったことで撤退を選択したらしい。それなりに重傷だったとは思うし、何はともあれ、僕たちは助かった。


 ちなみに僕らが落下した場所には、偶然にタマがいたようで、普通にトラップが発動。


 気がついたら僕とシャーロット様はタマの横で泥の落とし穴にハマっていたらしい。タマが助けてくれたのか、たまたまだったのかはわからない。結果として命を助けられたのは事実だ。次からはアイスアーマーを装備していても抱っこできるタマホームをルンルンに作らせようと思う。


「それで、左腕はやっぱり動かないのですか?」


「力を入れれば少しは動かせるみたい。今のところリハビリ次第としか。でも戦闘では使い物にならなそうね。残念だけど、これが私とウンディーネの契約だから」


 そう、笑いながら話をするシャーロット様の左腕には何かの紋様のようなものが描かれている。少しは動かせるようで、日常生活に支障をきたすレベルでもないから、そんなに気にしないでほしいとのこと。それでも、ベッドの上で横になっているシャーロット様は、時折り、とても苦しそうに左腕を押さえている時がある。何とかしてあげたいところではあるけど、僕には痛みを代わってあげることもできない。


 ウンディーネとの契約で精霊と同化するには代償を必要とすることを伝えられていたらしい。その代わりに得られる力は、見ての通り圧巻のパフォーマンスを見せてくれた。あれがなければ、僕はドラゴンの巣で美味しく頂かれていたであろうと思うと、シャーロット様には本当に感謝しかない。だから、僕は僕のできる範囲でシャーロット様のお役に立ちたいと思う。


「ルーク君、そろそろ城へ向かうよ」


「そ、そうですね。かしこまりました」


「ルーク、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。とてもお優しいお方ですから」


 僕とレイモンド様は、これからお城へ行くことになっている。会うのはもちろん王様な訳でとても緊張している。何を聞かれるのかはわからないけど、レッドドラゴンを追い払った経緯とか、勝手に囮部隊に参加したこととかだろう。


 怒られないことを祈るばかりだ。商人の息子の一人や二人が消されることなど容易なことだろう。



※※※




 レイモンド様とお城に入るとすぐに謁見の間へと通された。王様とか会ったことないんだけど、シャルの言うように優しい方だとうれしい……。


「ジェラール王が入られます!」


 姿勢の正しい衛兵さんが、少し大きめの声で王様が入られることを知らせてくれた。王様を近くで見るのはじめてだから、めちゃくちゃ緊張する。


「レイモンド、そこにいるのが上級召喚獣を呼び出したというルーク・エルフェンか」


「はっ、左様でこざいます。ルーク君、ジェラール王にご挨拶を」


「はっ、は、はじめまして、エルフェン商会の次男坊、ルーク・エルフェンと申します」


「うむ、話は聞いておる。そう、かしこまらんでもよい、頭を上げなさい」


 恰幅のよい人の良さそうな男性が玉座に腰かけている。見た感じの歳は、レイモンド様と変わらないぐらいかもしれない。


「レイモンド、ルークとシャーロットがいなければ、囮部隊はその名の通り、全滅していただろうとのことだが、二人の召喚獣はそこまで有能であったか?」


「もちろん可能性は秘めておりますが、まだまだその扱いに慣れておりません。シャーロットに関していえば、代償によるハンディを受けている状況ですので、戦力として数えるべきか何とも難いところです」


「しかし、代償を伴えばレッドドラゴンの討伐もあり得る。ということでよかったか?」


「い、いえっ、そ、それは……」


「その代わりに、次は右腕、いや両足も代償によるハンディを受ける可能性があるか……。お前やシャーロットがレッドドラゴンに固執しているのは、ソフィアの件なのだろう?」


「……さ、左様でこざいます。ソフィアを助ける為にはレッドドラゴンの牙が必要なのです」



「ふむ。ソフィアよ、聞いていたか? お主のために家族揃って無茶をしよる。ソフィアを連れて参れ」


「ジェラール王! ソ、ソフィアを呼んでいたのですか!?」


 車椅子に乗せられて運び込まれて来たのは、シャーロット様とよく似ている、しかしながら少し短めの髪をした、酷く痩せ細った幼げな少女だった。


「ソフィ……」


「少しでもよい治療をして、石化の引き伸ばしが出来ればと思い、階級の高い治癒術師に試させている。私としてもレイクルイーズ公爵家に簡単に退場されては敵わんのだ。勝手ながら、やれることはやらせてもらう。ルークも誰のために命を懸けるのか、顔ぐらい見ておくべきであろう。ソフィアも然り、誰が何のために自分を助けようとしているのか、知っておく必要がある。その代わり、必ずレッドドラゴンは倒すぞ」


「お姉さまが、私のせいで代償を受けていたなんて……。レッドドラゴンと戦うのはやめてください。わ、私は、そんなことを求めてはおりません」


 掠れるような小さな声で、しかしながら、はっきりと主張をしてくる。


「ソフィア、残念ながら既にお主だけの問題ではなくなってきているのだ。レッドドラゴンを倒さなければ、死ぬのは我らも一緒なのだよ。街全体が滅亡することになる」


「そ、そんな……」



「ソフィ、身体の具合は大丈夫なのか?」


「父上。今日は治療がよく効いているようなのです。ここ最近では一番調子がよいかと。それから、あなたがルーク様ですね。姉と公爵軍を助けて頂いたと聞きました。ありがとうございます」


「いいえ、私が助けたとかではなくて、どちらかというとシャーロット様に助けてもらった感じというか。なので、気になされないでください」


 言葉こそしっかりしてはいるが、やはり身体はどこかツラそうに見える。


「父上、お姉さまと話をさせてください。私がいないところで、勝手に話を進められてしまうことは悲しゅうございます」


 下半身は完全に石化しているようで、まともに食事も摂れていないのだろう。同じ年頃の女性と比べてもガリガリに痩せてしまっている。それでも、意思の強い眼を向けてくる。その年齢からは想像できない強い子なのだと思う。




「レッドドラゴンについてだが、過去の文献からも物見からおおよそ一ヶ月後が、予想される襲来日と考えてよいであろう。そこで、再びレッドドラゴンが街に来る前に少数精鋭で叩きに行こうと考えている。シャーロットとルークの二人には参加してもらいたいと思っておるのだがどうかの?」


 僕は少しでもシャーロット様の助けになれるのであれば、この討伐に協力しようと思っている。死ぬかもしれないのは十分理解している。それでも、目の前にいるソフィア様を助けたいと思うし、シャーロット様にも極力代償を少なくしてもらいたいと願ってしまう。


「かしこまりました」


 僕は断らないけれども、レイモンドパパからしたらそうはいかない。


「い、いや、しかしですね!」


「もちろん、シャーロットの奥の手については、なるべく使わない方向で考えておる。しかしながら相手があのレッドドラゴンとなると、そう悠長なことを言っていられる場合ではないだろう」


「ソフィアに続いてシャーロットにも、もしものことがあったら私は……。そ、そうだ、ルーク君、サバチャイさんに分身で増やしてもらえばよいのではないか?」


「そ、その、レイモンド様。残念ですが、こちらの世界の人は分身で増やせませんでした」


「た、試したのか!?」


「ええ、念のため。分身で増えるのは召喚した人や物だけのようです」


 召喚した人や物。それにはポリスマンやタマも含まれる。しかしながら、僕やフィオレロさんで試した限りは何も起こらなかったのだ。


「そ、そうか……」


「何やら面白そうなスキルもあるようじゃな。他のメンバーだが部隊長にゴドルフィンをつける。上級召喚師のみの少数精鋭でドラゴンの巣へ向かってもらいたい。出発は二十日後、それまでルーク君達のことはゴドルフィンが鍛え上げる。互いの連携を高めるとともに、しっかりレベルアップしてもらう」


「ゴドルフィン様が、ご一緒に……。かしこまりました」


「シャーロットに関してだが、今は体力の回復を優先させる。可能な限り治癒術師もこちらから用意させる。今は出発までに少しでも回復してくれることを祈ろう」


「か、かしこまりました」



 こうして、召喚の儀から僅か数日で、どえらいことに巻き込まれてしまうことになってしまった。全てはサバチャイさんとレッドドラゴンのせいのなだけど、代償を受けてまで僕を助けてくれたシャーロット様のためにも、僕は僕にできることをやってみせる。ゴドルフィン様のフォローがメインになるだろうけど、しっかり頑張りたいと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る