第46話 代償と奇跡

 これは何だ? レッドドラゴンは、ようやく自身が動けなくなっていることに気がついた。自分を押さえているのは人間の手だ。自分の体全てを包み込むような透明で大きい手が飛行を妨げているのだ。猛烈に体温が下がっていくのを感じる。このままでは動けなくなってしまう……。はじめて感じる死の恐怖に頭が混乱している。ドラゴンである自分が人間に殺されるというのか!? 信じられない。この数年の間に人間の力はここまで強くなっているのか。


 うん? この魔力の雰囲気、これは精霊の力か。何故、精霊が人間の味方をしている。許せん、人間も精霊も絶対に許さぬ。


 透明な大きな手は、大事に大事に咥えていたピカピカをあっさり奪い取っていく。悔しいが既に体を動かすことすら難しくなっている。この寒さが続く限りは、生き残ることは難しい。どうすれば助かるのか。少なくとも体を温めなければなるまい。熱い炎を、身を焦がすほどの熱い熱い灼熱のブレスを出力最大でお見舞いしてやろう。


 ファイアブレス!!!


 そのブレスは透明な手をあっさりと突き抜けていく。所詮、精霊といっても人間界で使える力など、たかが知れている。このまま全てを消滅させてやる。人の形がブレスによって崩れていく。ふんっ、驚かせやがって、少し焦らされたがここまでのようだな。


 しばらくして大型で透明の人間の胸の辺りに、あのピカピカを見つけた。銀色の髪をした少女が、私のピカピカを抱きしめるようにして地上へと落ちていっている。少女は辛うじて意識があるようで、苦しそうにしながらもこちらを睨んでいる。まったく忌々しい限りだ。あのピカピカは惜しいが、この少女はここで間違いなく殺しておかなければならない。ドラゴンとしての本能がそう指示させる。精霊を召喚しているのはこの銀髪の少女だろう。この少女はいずれ間違いなく脅威となって、再び目の前に現れるはずだ。体の自由も取り戻しつつある。再度、止めのブレスをお見舞いしてやろう。


 ファイアブレス!!!



※※※



「ルーク、ルーク、しっかりして!」


 体が冷え切っている。私のせいだ。救出したまではよかったのだけど、精霊の力に長く触れていた影響で心臓の動きが弱くなっている。早く回復させないと危険だ。私がウンディーネの力を制御しきれていないせいで、ルークを危険な目に合わせてしまっている。


「ぐぅはぁぁっ、はぐぅぅぅああぁぁぁ!」


 左腕から強烈な痛みが走り、動かすことができない。これは私が受ける代償。ウンディーネと一体化した代償なのだ。私の左腕はしばらく動かせないのでしょう。ひょっとしたら一生動かないかもしれない。これが、私とウンディーネが交わした契約と代償。たった数十秒でこれだ。まったく、先が思いやられるわね。


 ルークを救出した際にレッドドラゴンの牙も狙おうとした。でも時間が足りなかった。左腕ではこれが限界ということなのでしょう。ウンディーネとの同化はすでに崩れ始めていた。千載一遇のチャンスを逃してしまった。しかも、このままでは地面に叩き落されて死んでしまう。何か手を打たなければ……!?


 その時、嫌な視線を感じた。どうやらレッドドラゴンが精霊の影響下から力を取り戻しつつあるようだ。こちらを見てニヤリと表情を歪めたのがわかってしまった。


 どうやら私をターゲットにしているようで、レッドドラゴンがファイアブレスの準備をしているのがわかった。どうやら墜落するよりも先に焼き焦がされて終了らしい。


 準備の整ったらしいレッドドラゴンが口を大きく開け、二度目のブレスを私に向かって撃ってきた。


「くっ、ここまでなの……」


 ソフィごめんなさい。あなたの呪いを解いてあげたかったのに、失敗してしまったわ。完全に私のミスね。左腕だけで何とかなると思っていた私の甘さが招いた結果でしょう。ルークたちが、あんなにも頑張ってくれていたのに台無しにしてしまった。


 大きくうねるようにしながら灼熱のブレスが近づいてくる。



※※※



 ……温かい。さっきまでの冷たさが嘘のように温かい。感じたことのない浮遊感と、どこかで嗅いだことのある花のような甘い香り。ここは天国なのだろうか……。


 冷たかった体が少しずつ動かせるようになっている。そして何故か自分が柔らかい感触に包まれていることに気づく。この感触は……誰かいるの?


 薄っすらと目を開けると、右腕で僕を抱きしめるようにしているシャーロット様の顔がすぐ横にあって、やはりここは天国なんだと思った矢先、後ろから轟音とともにヤバい熱波が近づいているのを感じてしまった。


 しかも絶賛落下中!?



「なっ! あ、あれは、ファイアブレスぅ!!?」


「ル、ルーク、目が覚めたのですね……ごめんなさい、わ、私……」


「いや、よくわからないけどシャルが助けてくれたんでしょ? な、なら今度は僕が助ける番だよ!」


 と、カッコよく言ってみたものの、既にダメもとで連射した拳銃も効果がないようで、間もなく炎の海に包まれるのかとあきらめた瞬間。



 またしても、奇跡が起こった。



 それは、まるで僕とシャルを守るかのようにファイアブレスから灼熱の炎と熱波を防いでいる。ピカピカあらため『アイスアーマー』がその効果を発揮していたのだった。


 ナイスだルンルン!

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