第42話 サバチャイ死す

 凄まじい暴風で馬車は粉々に吹き飛んでしまっている。最早隠れるような場所もなく、僕とポリスマンは肉に食らい付く瞬間を少し離れた場所から地面に伏せるようにして狙い定めていた。


 しかしながら、予想できない展開とはあるもので、レッドドラゴンは肉と僕を交互に見ながら、何故か僕の方に向かってきてしまった。


「う、うえぇっ!?」

「ルークさん!?」


「っ!? 全員、攻撃用意ぃぃ! い、いや、待てぇぇっ!」


 レイモンド様が、急きょ攻撃を中止させた。そう、全員攻撃をしてしまうとレッドドラゴンはもちろん、僕やポリスマンもその攻撃にさらされてしまうのだ。もちろん、僕はそれどころじゃないんだけど、こういう時って何だか知らないけど、動きがスローモーションのように見えるんだよね……。


 ゆっくりと口をあけて近づいてくるレッドドラゴン。あっ、これが走馬灯っいうやつなのかな。……いや、違うな。走馬灯は今までの思い出とかが流れてくるんだっけ? そんなことはどうでもいいぐらいに、僕は死を間近に感じていた。


「ちっ、しょうがねぇー!」


 どうやらポリスマンが頭部への攻撃をあきらめて、レッドドラゴンの気を引こうと胴体への発砲に切り替えたのだ。的は大きいのでもちろん命中する。


 ギヤアオオオォォォ!!


 僕のすぐ目の前から、生臭い大音量の叫び声が響き身をすくめさせる。どうやら、ポリスマンの攻撃はレッドドラゴンの後ろ足の付け根あたりに命中したようで、鱗が何枚か弾け飛んでいる。辛うじてダメージは通っている様子だ。


 ジロリとポリスマンを一瞥するも、気になるのはピカピカの鎧。チクショー、今すぐ脱ぎたいけど、見事なまでのジャストフィット。脱ぎ慣れてないし、頑張っても三十分はかかってしまいそうな気がする。


 ここで広範囲にならない単体攻撃魔法が、レッドドラゴンに向かって一斉に放たれる。レイモンド様がポリスマンの攻撃を見て判断を下したと思われる。


 やはり、レッドドラゴンに対しては水、氷属性の魔法攻撃が中心になる。ウォーターランス、アイスアローなど一般的な攻撃魔法を集中させている。


 一通り魔法攻撃が終わると、砂煙と水蒸気の混じったようなムワっとした中から翼で体を守るようにして、まるで無傷のレッドドラゴンがおそらく怒りの表情でこちらを静かに見おろしていた。


 まるで効いていない。ただ怒らせただけ。それを見ているだけで、誰もが命を諦めようとしていた。全員が思い出した。ここにいる人間は、所詮は囮に過ぎないのだ。


 僕に何ができるのか。拳銃は多少なりとも攻撃が通ってはいたけど、致命傷を与えるまでの攻撃力ではなかった。狙うとしたら、目や口の中など攻撃がより通りそうに思えるところを狙うしかない。でも、僕にそんな細かいコントールはきっと無理。余程近くから撃たない限りは……。


 周りを見ると、一番近くの場所にはポリスマン。サバチャイさんは何と僕を助けにこちらに走ってきている。やはり、召喚主のピンチには助けに来てくれるのだろうか。嬉しくて涙が出そうだよ! 分身した方は、いまだ隠れたまま待機しているので、追撃のチャンスを窺っているのだろう。サバチャイさんが何とも頼もしい。


 僕がとるべき行動は……やはり、今一番安全と思われる場所であるポリスマンとタマがいるところだろう。困った時はタマのトラップにかけるしかない。意を決した僕は、レッドドラゴンから少しでも離れるように走り始めた。


「ル、ルークさん、早くっ!」


 ヤバい、ヤバい、ヤバい。僕の後ろからは何かが動いているような、追い掛けてきている音がシュルシュルと聞こえてきている。間違いなくレッドドラゴンが僕の鎧を手に入れようと首を伸ばしているのか、はたまた尻尾で持って叩きつけようとしているのかもしれない。ポリスマンの焦るような声でそのヤバさが伝わってくる。


 しかしながら、ここでサバチャイさんがドラゴンの動きをストップさせた。


「おい、そこのドラゴン、ちょっと待つね! サバチャイ、永遠の十七歳になりたいよ。願いを叶えてくれたら、お前の大好きなロックリザードのお肉をいっぱい作ってあげるね! さぁ、さぁ、サバチャイの願っぷぽぺいんー!!!!!」


 一瞬にして、サバチャイさん一号の尊い命が消し飛んだ。



 僕を助けようとしていたのか、ただ単に願いを叶えてもらいたかったのかはわからない。が、間違いなく後者の方であろう。短い付き合いながらサバチャイさんの考えは手に取るようにわかる。少しでも彼を信じようとしてしまった自分が情けない。とはいえ、結果的に助かっているので、一応心の中で合掌だけでもしておこう。アーメン。


「サ、サバチャイさん、死んだのか!?」

「あれで生きているというのは、ちょっと考えられないですね……」


 レッドドラゴンの尻尾の攻撃を全身で受けていて、サバチャイさんだったものは、もはや赤い血と散らばった肉片ぐらいしかわからない。おそらく即死だろう。痛みを感じずに死ねたのならトラウマにならないと少しでもプラスに思いたい。


 サバチャイさんのお陰で、僕は馬車の残骸に隠れるように、ポリスマンとタマと共にレッドドラゴンの様子を窺っている。どうやら、レッドドラゴンも僕を見失っているようで、周りにいる公爵軍の方々を威嚇しまくっている。多分、僕のピカピカをどこに隠した! 早くあのピカピカを差し出せと言わんばかりにあらぶっておられるのは言葉のわからない僕にも十分理解できた。


 えっと、これからどうしようかね、本当に。

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