第2話 ガルトリー公国



「いやぁ晴れてよかったなー!絶好の冒険日和だ!」


 朝の日差しを浴びながらシエルはご機嫌な足どりで悠々と街を歩く。

どうやら追手は撒いたようだ。

 雪が止んだとあって、人通りも多くなってきた。市場では威勢よく客を呼び込む声があちこちから聞こえ、大通りに面した様々な飲食店からお腹を刺激するいい匂いが漂ってくる。


「おやシエル王子。今日も散歩かい?」


「あ、おはようおばちゃん!」


「やあ王子。今日もいつもの所か?」


「うん!朝から運動したから腹へっちゃってさー!」


 街の大通りを変装もせず歩くシエルに道行く人々から次々と声がかかる。しかもどの人もシエルに対してとてもフレンドリーだ。常識ではあまり見ない光景だが、その理由は国柄の良さもあるが、シエル本人の人柄の良さが大きいのだろう。


 そのシエルが住む国、ガルトリー公国は世界に6つある【ロード】と呼ばれる領地のひとつ、セイントロード領内にある国のひとつだ。

 国の規模としては比較的小さくいわゆる小国ではあるものの、すぐ近くに山や海もあり土地の豊かさと治安の良さなどから、世界住みたい国ランキングに常に上位に入っている。


「よおシエル!新作のパンが出来たんだ!お土産に持っていきな!」


「ありがとう!帰りに寄るよ!」


 恰幅の良いパン屋のおじさんに手をふりながら、シエルは通りを挟んで反対側の一際良い匂いのする店に入っていく。

 その店の中は朝から人で賑わっていた。普段着の者やこれから仕事場へ向かうと思われる服装をしている者など様々な人が食事や酒も楽しんでいる。


「あら、いらっしゃいシエル君。」


 カランカランと扉に付いた鈴が鳴る。すると可愛らしいフリルのエプロンを着けた20才前後の若い女性がシエルを出迎えてくれた。両手には皿に盛られた出来立ての料理を持っている。何とも美味しそうな匂いだ。


「おはようロワナさん。二人はもう来てる?」


 料理を見ながらグウゥゥゥ!とスゴイ勢いで腹を鳴らすシエル。


「ふふっ、相変わらずね。お友達も少し前に来たところよ。」


 ガルトリーが建国して以来から続く老舗酒場【竜の梯子酒はしござけ】の看板娘ロワナは、笑いながら店の奥に顔を向ける。


「おーい!シエルー!」


 店の奥側、カウンターの横にあるテーブルから腹ペコ王子を呼ぶ声が聞こえる。そこには木樽のジョッキで酒を飲んでいる少年とその隣で元気に手をふる少女がいた。


「注文はいつものモーニングでいいかしら?」


「うん!ありがとう!ドリンク先にもらうね!」


 そしてシエルは店の奥にあるカウンターへ向かう。その途中でもやはり色々な人たちから声がかかる。この当たり前のような会話などから、シエルがいかにここの常連なのかが良く分かる。

 シエルはカウンターの中へ入ると、勝手にグラスを拝借し大きな樽からオレンジジュースを注ぐ。店員かと思う程の手際の良さだ。溢れそうになるジュースを口で受け止めながらシエルは二人がいる席に座る。


「おはよう!待たせちゃったねー。」


「おはようシエル。私たちも来たところだから大丈夫だよ。」


「よう。思ったより早かったじゃねぇか。」


 三人はテーブルの中央でカコンッとそれぞれのグラスやジョッキを重なり合わす。


「まあね。ていうかリッツ、今日は大事な日なのに朝から酒を飲むなよ。」


「いいじゃんか。景気づけだよ。」


 リッツと呼ばれる明るい茶髪のツンツン頭な少年は大人顔負けの勢いで酒を一気に流し込む。


「っあー!美味いねー!」


「なんかオッサン臭いけど美味しそうに飲むよね、リッツは。」


「んだよリケア。お前は飲まねぇのか?美味いぞ?」


 こちらも勝手に酒のおかわりを注いできたリッツは、リケアと呼ばれる金髪ショートヘアーの少女の前にジョッキを置く。


「ちょっと?私がお酒苦手なの知ってるでしょー?」


 エルフ族のリケアは、長く尖った耳を横にピンと張り露骨に嫌そうな顔でリッツを睨むと、「お前絶対損してるぜ?」と言いながらリッツはジョッキを自分の席に戻す。


「分かってないなー。酒は一仕事終わってから飲むのが一番美味いんだぞ?」


 酒が飲めないハズのシエルが二人に向かってどや顔を決める。


「……お前それ、セルイレフさんの台詞そのままじゃねーか。」


「この前リッツのお酒を間違えて飲んで立ったまま気絶したのは誰だっけ?」


 二人から切れ味鋭いツッコミを食らうシエルだったが、本人は全く気にしておらず、ドリンクのおかわりを注ぎにいく。この微妙に噛み合ってそうで噛み合ってない会話が彼らの日常だ。


「はいお待たせ!モーニング大盛り三人前ね!」


 そこへロワナが大きな皿に盛られた【竜の梯子酒】人気メニューを軽やかに持ってきた。絶妙な加減で焼かれたステーキかと思う程の分厚い肉と、ガルトリー自慢の地元で採れた新鮮な野菜、熱々のスープにこれまた新鮮な果物。パンとライスは自由に選べる。これで600ガルト(飲み物代は別)だというのだから破格の安さだ。


「うっひょー!待ってました!」


「はぁー。この香り、たまんねぇぜ。」


「ロワナさんありがとう。いただきまーす。」


 三人は元気よく食事をとりはじめる。

 年季のはいった焦げ茶色のレンガ造りな建物の中、朝の憩いの一時は若者たちの笑い声とともに過ぎていく。



 ─────────────────────



 朝食を食べ終えたシエルたち三人は【竜の梯子酒】から南の同じく大通り沿いにある本題の建物に向かっていた。


「だいぶ人が多くなってきたな。そろそろ聖王都の奴らが来る頃か?」


 大通りの真ん中の道を空けるように人々が集まってきている。その人混みの中、後ろを歩くリッツが爪楊枝をくわえながら言う。


「そうだねー。まったくいい時に来てくれたもんだ。」


 前を歩くシエルは鼻をほじりながら呑気に答える。


「ちょっとやめなよシエル。王子が聞いて呆れるね。」


 シエルの隣を歩くリケアがシエルの腕を掴む。勢い余ってシエルの指が鼻の奥へと突き刺さった。


「ふがごっ!!」


「……あ、ごめん。……でさ、今日は会合って言ってたけど一体誰が来るの?」


「えーっと……。確か王女だったっけ?ル……ル……なんとかって。」


 鼻血が出たシエルは鞄からティッシュを取り出し、それを丸めて鼻に詮をしながら曖昧な返答をする。と、リッツとリケアの足が止まった。


「げっ!……まさか、ルヴェリア王女か!?」


「うわ……。こりゃセティール様たちも大変ね。」


「あぁそうそう。ルヴェリアだ。小さい時に何かのパーティーで会っただけだからあんまり覚えてないけど……ってなんか二人とも嫌そうな顔してるな?」


 不思議そうに質問するシエルに対して二人は同じタイミングでため息を吐く。


「名前すらうろ覚えなお前は知らねぇだろうがな、クイーンガルトのルヴェリア王女っつったら誰もが認めるワガママ娘で有名なんだぞ?」


「ま、家臣も振り回されて困ってるって点ではシエルに似てるかもねー。」


 ガルトリー公国から徒歩で半日程の距離にこの領地を統べるクイーンガルト聖王国(通称聖王都)があり、古くからの盟約により聖王都とガルトリー公国は姉妹国という関係にある。


「……だがよ、聖王都の奴ら正直気に入らねぇんだよなー。いっつも上から目線でよ。他の国も全部田舎モン扱いだ。」


「あー。言われてみればそう……だ……。」


 再び歩きだしたシエルだったが、ふと誰かの視線を感じた。

 街の人々はルヴェリア王女御一行の到着を待ちわびるように大通りに注目しているが、その人混みの中に一人の少女が明らかにシエルを見ていた。


「…………」


 少し距離はあるが、その少女と目が合ったシエルは思わず立ち止まる。見た感じシエルと同じくらいの年齢だろうか。白銀色の綺麗な髪は背中あたりまで長く、無表情だがその青色の澄んだ瞳は吸い込まれそうな程美しく、シエルは言葉を出せないくらいに釘付けになっていた。


「……あのなのんびり王子。お前んトコのこの国も大概コケにされてんだぜ?俺たちゃあ他国者よそ者だからつべこべは言わねぇがもう少しだなぁ……」


 シエルより一つ年上のリッツがつべこべ言っているが、彼の耳には届いていない。


「……シエル?どうかした?」


 リケアはシエルが途中で立ち止まっていることに気づいて足を止める。続いてリッツも振り返った。


「あ?何見てんだシエル?」


 二人に呼ばれて一瞬視線を外したシエル。再び視線を戻すと少女の姿は消えていた。


「……あれ?」


 シエルは夢か幻でも見ていたかのような感覚で目を擦る。


「なんだなんだ?カワイイ女でもいたのかぁ?」


「もう。ギルドはすぐそこなんだから早く行くよエロ王子。」


 リッツはニヤケ顔で、リケアは呆れ顔でそれぞれにまだ呆けた顔のシエルの手を引く。

 そして三人は街の出入口に近い大きな建物に着く。ガルトリー公国の冒険者ギルド【天使の夜明け】と書かれた門をくぐり、中へと入っていく。


「誰がエロ王子だ!」


 建物に入る際にシエルの叫び声がむなしく響いた……。

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