第2話





 ほかほかご飯の上にしなしなっと踊る鰹節。しょうゆの風味と香ばしさが鼻腔へとこれみよがしに挑発アピールしてくるせいか、口腔にはとめどなく唾が溢れ、溢れ、溢れ出る。溢れてしまった涎をキリッとした表情のまま優雅に拭って、そのまま合掌するように手を合わせる。


 吾輩は今、ほかほかご飯という広大なる大地に、海の宝、鰹節をのせるという奇跡の出合いを目の前で体験している。


 お腹がグーグー鳴っているが、この出会いに慌てて手を出すのはまだ早い。空腹アイにいきなり固形物ラブユーというのは、ただでさえ脆い吾輩の胃袋ハートがビックリしてしまうし、熱々のご飯が吾輩の喉へと地獄のダメージを与えることは火を見るよりも明らかだ。であるから、まずは落ち着いて水を飲む。


 ゴクリ。


「おいおい、お腹空いてねーのか? せっかく飯を用意してやったってのによ」

 隣りにいる悪人面をした悪人が、悪人のような乱暴な言葉を投げかけてくるが、周りには誰もいないからきっと独り言であろう。あんまり独り言が多いとボケが進行していると人伝に聞いた事があるが、全くもって息苦しい世の中になったものだ。まかり間違って友達と思われるのは勘弁願いたいので、念のため華麗にスルーして奇人を衆目に晒す。きめ細やかな吾輩の配慮は、まるで母なる海のようである。


 吾輩はそんな真理どうでもいいことから意識を手放すと、意を決してスプーンに手をやる。


 スプーンに手をやる。


 あれ?


「スプーンがニャい」


 今、ナウ、この瞬間が一番美味しいタイミングであったはずなのに、スプーンがないとはどういうことか。吾輩も舐められたものである。腰掛けた椅子に深く背を倒すと、腕を組み、しなやかな足を一度高く上げてからこれでもかというくらいの気品を前面に押し出しつつ足を組む。


「あー、ニャんだろうこの感じ。絶対的な施しを与えるモニョの優越感ってやつニャのかもしれニャいけど、吾輩は個人ならぬ個猫であるから、精神的にも自立してるわけニャんよね。それニャのにこの仕打ちは、もしかしてもしかしてもしかしてイジメなのかニャ? もしそうニャら物理的に対抗するニャよ? 弁護士を呼んで大事にしてやろうかニャ? たぶん結構な額を払うことになるんニャよ? 吾輩の為に無償で二月働いてみるかニャ? 裁判費用もそっち持ちにニャるから、長引かせてやろうかニャ? 吾輩はいいよ? 君は?」


「あーーーー、うるせえし、めんどくせぇ! こんな事になるなら拾わなきゃよかったぜ」


「にゃーん?」


「え?」


「にゃー?」


「あれ、今まで喋ってたよな? あれ?」


 いい塩梅に熱が抜けた所で、吾輩は猫まんまの入った容器に頭を突っ込むようにして、ムシャムシャと食べる。


 ムシャムシャムシャムシャと猫まんまを食べる。


 ムシャムシャムシャムシャと猫まんまを食べる。


 ムシャムシャムシャムシャと猫まんまを食べる。


 ムシャムシャムシャムシャと猫まんまを食べる。


「げっぷ」


 お腹がいっぱいになると、争いを忘れて世界の平和を願ってしまう。


 ダンジョンで出会ったこの悪人は、悪人だというのにご飯を食べさせてくれる。もしかしたらこの悪人は善人なのかもしれない。ということはどういうことか、わかるよね?


「しかたないニャ、お礼にこれをあげるニャ」

 ゴソゴソと毛の中から取り出したそれを、悪人面の善人に吾輩は施した。


「お、お前、こいつぁ……」

 悪人面の善人は吾輩が差し出したその小袋を開けると、中に入っている色とりどりの宝石に目が眩んでいる。


「とっときニャ、吾輩を助けてくれたせめてものお礼だニャ」

 格好良く手を上げると、吾輩は颯爽と飯屋を出る。


 吹き抜ける風は春の息吹を感じさせ、桜の花びらが舞っていた。









猫とダンジョン、第二話 宝石に需要がない世界

※塩分はほどほどに。

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猫とダンジョン。 大秋 @hatiko-817

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