失われた世界

カエル

第1話 二つの世界

「此処は私の居るべき場所ではない」

 

 男は頭を抱える。


「戻らなければ……早く……早く」


――――ある世界A―――


 ある日の朝。武装探偵社の社員、中島敦と泉鏡花は上司である太宰治に呼び出された。


「やぁ、敦君。鏡花ちゃん」

 太宰は敦と鏡花に笑顔で手を振る。

「おはようございます太宰さん。何食べてるんですか?」

 太宰の手には口の空いた菓子の袋が握られている。

 袋の中に入っている菓子を、太宰は美味しそうに食べていた。


「これは国木田君の机にあったお菓子だよ。依頼人からだってさ」

「えっ、ダメじゃないですか!勝手に食べたら」

「知らないのかい?敦君」

「何をです?」

「国木田君の物は私の物。私の物は私の物」

「何ですかそれ!もう、後で国木田さんに怒られても知りませんからね!」


 太宰は超が付くほど真面目な国木田をよくからかっており、その度に叱られている。

 国木田をからかう太宰と、太宰を叱る国木田。それはもはや武装探偵社の日常風景だ。


「敦君も一つどうだい?」

「いりません!」

「これは橘堂と大手お菓子会社が合作した『豆腐のお菓子』だよ?とっても美味しいのに」

「……橘堂の豆腐」

「鏡花ちゃん。一つどうだい?」

「食べる」

「ちょっ、鏡花ちゃん!?」

 敦が制止しようとするよりも早く、鏡花は太宰から手渡された菓子を食べた。

「美味しい」

 敦は大きなため息を付く。

―――――後で国木田さんに謝ろう。


「それで、太宰さん。今日はどうしたんですか?」

「君達二人にやってもらいたい仕事がある」

 部屋の空気が変わる。太宰は真剣な表情で敦に資料を渡した。

 そこには、ある人物について書かれている。


 名前『コナン・ドイル』。

 性別:男性。

 年齢:二十七歳。

 異能力者:能力名『失われた世界The Lost World』、詳細不明。


「この人物を捕まえて軍警に引き渡す。それが今回君達二人にしてもらいたい仕事だ」

 敦の隣で資料を覗いていた鏡花が云う。

「この男……知ってる」

「鏡花ちゃん、本当?」

「マフィアに居た時、名前を聞いた事がある。確か『ナポレオン』という犯罪組織に所属していたはず」


 犯罪組織『ナポレオン』。

 殺人、誘拐など様々な犯罪行為を繰り返していた凶悪な組織。

 しかし、数年前に組織の長が変わって以降、方針を一新。近年では目立った犯罪行為は行っていない。 

  

「彼は今、『ナポレオン』には居ないよ」

 太宰は首を横に振る。 

「彼は『ナポレオン』を裏切って逃亡中だ。大勢の人間を殺してね」

 敦が尋ねる。

「なんで、そんな……」

「詳しい理由は分からない。だが逃亡する時、彼はこう云っていたそうだよ」


『自分は人を殺すしか、生きる道がない』


「―――ッ」

 鏡花は目を大きく開き、俯いた。

 心配した敦が声を掛ける。 

「鏡花ちゃん……」

「大丈夫」

 鏡花は顔を上げた。

「私は武装探偵社の社員。だから、大丈夫」

「鏡花ちゃん」

―――良かった。

 鏡花が大丈夫だと分かり、敦はほっと息を付く。

「それに―――」

 鏡花は真っすぐ敦を見つめた。


「貴方も一緒だから」

 

「う、うん」

 敦の顔が紅くなる。照れ臭そうに敦は頬を掻いた。

 二人の様子を、太宰は温かな目で見ている。


「最近大人しくしているとはいえ、大勢の仲間を殺し組織を裏切った彼を『ナポレオン』は許さないだろう。必ず報復しようとする。だけど、軍警は『ナポレオン』の情報を多く持っている彼を死なせたくはない」

 現在、軍警はコナン・ドイルの居所を全力で捜査しているが見付かっていない。

 そこで、武装探偵社に彼の捜索の手伝いをして欲しいという依頼が来たのだ。

「彼が『ナポレオン』に殺される前に捕らえ軍警に引き渡す。それが今回君達の仕事だ。あいにく私を含め、緊急の要件が立て込んでいてね。他の皆は手伝えない。今動けるのは君達二人だけだ」

 太宰は笑顔で二人に云う。


「頼んだよ。敦君。鏡花ちゃん」

「分かりました」

「了解」


 敦と鏡花。二人は、早速行動を開始した。


――――ある世界B―――


その日、ポートマフィアの構成員、中島敦と泉鏡花はボスである太宰治に呼び出された。


 敦は『ポートマフィアの白い死神』、鏡花は『三十五人殺し』と呼ばれ、恐れられている。


「やぁ、敦君。鏡花ちゃん」

 太宰は敦と鏡花に笑顔で手を振る。

「この前の任務はご苦労だったね。君達二人の活躍でポートマフィアの勢力がまた拡大したよ」

「ありがとうございます」

 敦と鏡花は太宰に頭を下げる。

 太宰の手には口の空いた菓子の袋が握られていた。

 袋の中に入っている菓子を、太宰は美味しそうに食べている。


「これは橘堂と大手お菓子会社が合作した『豆腐のお菓子』でね。中也の机の上に置いてあったものを持ってきたんだ。二人も食べるかい?」

「いえ、僕は結構です」

「私もいい」

「……そうかい」

 菓子を全部食べた太宰は、空になった袋を塵箱に捨てた。 

「太宰さん。それで、今日は?」

「これを見てくれ」

 太宰は敦に資料を渡す。

 そこには、ある人物について書かれていた。


 名前『コナン・ドイル』。

 性別:男性。

 年齢:二十七歳。

 異能力者:能力名『『失われた世界The Lost World』』、詳細不明。


「敦君。鏡花ちゃん。二人でこの人物を捕まえてきて欲しい」

 敦の隣で資料を覗いていた鏡花が云う。

「この男……知ってる」

「鏡花ちゃん、本当?」

「名前を聞いた事がある。確か『ナポレオン』という犯罪組織に所属していたはず」


 犯罪組織『ナポレオン』。

 殺人、誘拐など様々な犯罪行為を繰り返している凶悪な組織。

 数年前に組織の長が変わって以降、その凶悪さはますます過激になっている。


「彼は今、『ナポレオン』には居ないよ」

 太宰は首を横に振る。 

「彼は『ナポレオン』を裏切って逃亡中だ」

 敦が尋ねる。

「なんで、そんな……」

「詳しい理由は分からない。だが逃亡する時、彼はこう云っていたそうだよ」


『もう誰も、殺したくない』


「―――ッ」

 鏡花は目を大きく開き、俯いた。

「大丈夫だよ。鏡花ちゃん」

 敦は鏡花の手を優しく握る。

「僕が傍に居る。だから、大丈夫だよ」

「……ありがとう」

 鏡花は敦の手を、そっと握り返した。深淵の闇の中で、唯一垂らされた命綱をしっかりと握りしめるように。

 二人の様子を、太宰は静かに見ていた。


「組織を裏切った彼を『ナポレオン』は許さない。必ず報復しようとする。だがポートマフィアとしては『ナポレオン』の情報を多く持っている彼を死なせたくはない」

 情報は命。別組織の情報を知るという事は何よりも重要な事だ。

「彼が『ナポレオン』に殺される前に捕まえて此処まで連れてきて欲しい。それが今回君達の任務だ。本当なら他の者にも手伝わせたい所だけど、あいにく私を含め、緊急の要件が立て込んでいてね。今動けるのは君達二人しかいない」

 太宰は笑顔で二人に云う。


「頼んだよ。敦君。鏡花ちゃん」

「分かりました」

「了解」


『ポートマフィアの白い死神』と『三十五人殺し』。二人は、素早く行動を開始した。

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