第13話 バズって、走って①
朝起きてスマホでネットニュースを確認すると、沖縄はもう梅雨入りしたらしかった。ゴールデンウィーク明けてすぐだというのに、ずいぶんと早いんだな。つい先日まで桜が咲いていたような気がするのは、草津でまだ咲いていたヤマザクラを見たからだろうか。他にもネットニュースにはどこどこの美少女がどうとか、有名俳優の不倫がどうとか、嘘か真か分からないようなニュースが転がっていたが、早々にスマホの画面を閉じて、朝ご飯を食べるためにダイニングに向かった。
朝食を食べて、諸々の準備をすれば、いつも家を出る時間になる。マイペースに靴を履いて、家のドアを開ける。日の下に出ると、紺の制服に日差しが浸み込むように温かさが広がった。もう春も終わって夏がやってくる。頬に当たる風も初夏の香りを孕んでいた。今日は気温が上がって、夏並みの気温になると天気予報に書いてあったことを思い出した。
人気のない通学路を歩いて、きくの湯を通り過ぎる。十数分歩いて学校に着いた。
ざわついて、どこか浮足立つ廊下を抜けて教室に向かう。入学当初の静けさはどこへやら、私が教室に入ると騒がしい笑い声が私の耳を貫いた。私はそんな楽しそうな声をできるだけ気にしないように、教室の真ん中を突っ切って自分の席に向かう。私の席の方を見ると、もう桜ちゃんは席についていて、私と目が合った。
「ゆい! 見てこれ!」
私が席にたどりつく前に、桜ちゃんが駆け寄って来た。
「どうしたの?」
私の鼻の先にスマホを突き付けて、鼻息を荒げる桜ちゃんの目は血走っていた。
「ブログが! ブログが!」
「ちょっと、見えないって」
私の眼前でスマホの画面は煌々と輝いているが、近すぎて眩しいだけだった。私は桜ちゃんの手首を掴んで無理矢理に引きはがす。桜ちゃんは私に手首を掴まれたことで我に返ったのか、ハッとした表情でスマホを離した。
「これ……」
桜ちゃんのスマホを見る。
「ブログのアクセス数なんだけどね……」
そう言って桜ちゃんが指差したスマホの画面の中には、数字がいくつか並んでいた。
「いち、じゅう、ひゃく……、五万?」
ブログのアクセス数と書かれたところには数字が五桁鎮座していた。
「どうしたの? これ」
ブログを投稿してから、つまり私たち四人が初めて銭湯に集まったあの日から、たった一週間しか経っていない。ブログのことなんて分からないが、一週間で五万人もの人が見るものなんだろうか。
「これも見て」
そう言って桜ちゃんが私に見せてきたのは、私も見たことのあるSNSの画面だった。
「?」
桜ちゃんからスマホを受け取ってその画面をよく見ると、『美少女発見www』という文字とともに、暁ちゃんの画像が投稿されていた。その画像は桜ちゃんのブログに載せられた、湯けむり部の活動の様子を切り取ったものだった。暁ちゃんの奥に写った私や香澄ちゃんの顔は黒く塗りつぶされていて、一応はプライバシーに配慮したかのような痕跡はあるが、それでも暁ちゃんの顔はしっかり出ているし、ネット社会の恐ろしさを感じて背筋が凍った。
この投稿が拡散されて湯けむり部のブログにアクセスが集中したらしかった。
「このこと暁ちゃんは知ってるの?」
「いや、私も今朝気付いたから」
「どうすんのさ」
「どうしよう……。ごめんね、ゆい」
「私は別にいいけど……」
桜ちゃんは顔を真っ青にしていた。そりゃそうだろう。そのつもりがなかったとは言え、個人情報を流出させてしまったのだから。ブログにはきくの湯の住所こそ載っていなくても、名前が載っているのだから特定も簡単だろうし。
「暁ちゃんには休み時間に言いに行こう」
「うん……」
顔面蒼白の桜ちゃんは、いつも以上に小っちゃくなって僅かに頷いた。
◇
昼休み、私と桜ちゃんは香澄ちゃんにまず状況を説明して、暁ちゃんのクラスに向かった。
「なんか大変なことになっちゃったね」
香澄ちゃんが言う。
「うん……」
こんなに元気がない桜ちゃんは初めて見た。
私たちが暁ちゃんがいる三組の前に着いたとき、ちょうど暁ちゃんが教室から出るところだった。
「あ、ちょうどよかった今お昼誘いに行こ――」
「リオンちゃああん! ごめええええん!!」
笑顔で話し始めた暁ちゃんに、桜ちゃんは涙声で突進。タックルをかました。
「えっと……、どうしたんですか」
暁ちゃんは柔らかく桜ちゃんを受け止め、曖昧な笑みで私たちに問いかける。
「いやぁ、湯けむり部のブログがちょっとね……」
香澄ちゃんが苦笑交じりで言えば、
「あ、それ見ました。なんかすごいですよね」
暁ちゃんは笑顔で言った。
「「え?」」
「怒ってないの?」
暁ちゃんに抱き留められた桜ちゃんは、目じりに涙を浮かべて暁ちゃんを見上げた。
「全然。むしろゆいさんと香澄さんは大丈夫なんですか?」
暁ちゃんは怒るどころか、私たちを気遣ってくれた。
「ブログに上がる時点で了承してるしね。私たちは大丈夫だけど」
「なら桜ちゃんがそんなに気に病むことはないですよ。ほら、私モデルもやってましたし」
「うわぁあああ! ごめんね皆ぁあああ」
桜ちゃんは一層強く暁ちゃんに抱き着いて泣く。
以外にもあっさりと事が解決してしまった。私たちは弁当を持って、いつもの屋上に行くことにした。
「いやぁ、まさかこんなことになるとはねぇ」
香澄ちゃんがご飯を咀嚼しながらしみじみと呟いた。
「うぅ、ごめんってぇ……」
桜ちゃんはまだ涙声で平謝りしていた。
「あはは、もういいって」
和やかに四人で昼食を食べていると、突然に校内放送が流れ始めた。
『一年四組、小松。一年四組、小松。職員室まで来るように。繰り返す――』
その内容は香澄ちゃんを呼び出すもので、穏やかなものには聞こえなかった。ブログの一件といい、この放送といい今日は湯けむり部の厄日かもしれない。
「ずずっ、香澄ちゃん、何したの?」
「……さぁ?」
涙目の桜ちゃんが鼻水を啜り上げて香澄ちゃんに問う。しかし、香澄ちゃんに心当たりは一切ないみたいだった。
「とりあえず行ってくるね」
そう言い残して香澄ちゃんは屋上から消えた。
「どうしたんでしょうね」
暁ちゃんが不思議そうな顔をして言った。残された私たちの間にはしっくりこない空気が流れていた。
「もしかしたら陸上部のこととかかな。陸上部の顧問の声だったし」
そう桜ちゃんは推測したが、私たちでは答えは出せなかった。
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