オートマタの補佐官は故郷に帰る

金色の麦畑

オートマタの補佐官は故郷に帰る

 この国には他の国とは違うところがある。

 それは、城内全ての部署に一体ずつ配置されている補佐官がいること。


 彼らはオートマタと呼ばれる古代の機械人形。

 彼らを動かす為に必要なものは魔力。

 ただ、魔力にも波紋があるらしく古代から続くと言われている一族の魔力のみがオートマタの補佐官を動かすことが出来る。


 ところが数年前、その唯一の一族に悲劇が起こった。

 もともと魔力を受け継いだ者が少なくなっていた一族だったのだが、その当主と嫡男が乗っていた馬車が崖崩れに遭い亡くなったとの知らせが城に届いたのだ。

 この悲劇によって登城している一族の者は当時侍女見習いとして滞在させられていた当主の娘一人となった。


 オートマタの補佐官の稼働に必要な魔力のことを知っているのは国王と宰相のみ。

 二人は知らせを聞いて取り乱しそうになったが少し前に当主から娘の話を聞いたことを思い出して胸を撫で下ろした。

 娘は当主から魔力操作を引き継いでいたため大事になることなく城の業務が滞ることはなかった。

 そして周囲には詳しい説明がされることなく国王の独断によって娘は王太子の婚約者にされた。




 書面のみで婚約者とされて二年ほど経過したある日、娘は王太子から呼びつけられた。


「あぁ来たか。早速だが用件を言おう。

 やはりお前のように表情の変化に乏しく可愛げのない女は私の婚約者としてはふさわしくない。その常に張り詰めたような雰囲気には私も城の者達もイライラさせられてきた。私にはこれが一生続くことが耐えられない。だから決めたのだ。

 今日、この時をもってお前の私の婚約者としての役割も終えることとする。父上には私から伝えるのでお前はこの城から去るといい」


「…殿下、それは私の存在はもう必要ないという王家からのお言葉ということでございますか?」


「もちろんだ。この国の王家の一人として言っている。お前のような存在はもう私にもこの城にも不要だ」


 娘は王太子のこの言葉を聞いて一旦とめた息を吐いた。


 そのすぐ後、城の全ての部署で補佐官が役割を放棄して動きを止めた。


 長きに渡り保有して来た補佐官としての知識や経験をそれぞれのオートマタに維持させるためにも魔力が必要であるため、年を重ねるごとに魔力負担が増え続けていた。

 その為、少し前までは当主と嫡男の二人がかりで交替しつつ負担していた。

 しかし、その二人がいなくなってからは娘が一人で全てのオートマタが魔力切れを起こさぬよう常に気を張ってきた。

 突然王太子の婚約者に選ばれてしまったことには驚かされたが、さらに真面目に力を抜くことなく真剣に役目を遂行してきたのだ。

 しかしその重要な役割をし続けている自分の事を不要だと王太子から王家の意思として言われたのだ。

 それならもう自分は疲れるだけの役目から離れてしまおう。



 そして当たり前のことではあるが城の業務は滞ることになる。




 実は崖崩れにあった当主と嫡男は生きており、彼らの領地でのんびり過ごしていた。

 魔力負担だけでなく役人としても多くの仕事をさせられていた二人は崖崩れで多少の怪我を負ったものの、これ幸いと領地へ引きこもった。

 娘もそれを知っていたが、尊敬する父兄二人が担っていた一族の役目を自分が引き継いでやろうと決意したのは当然の成り行きだった。

 しかし精神的に厳しい日々を過ごしていた娘は王太子の不要という言葉を聞いた瞬間、自分に繋がるこれまでの長きに渡る一族の努力を足蹴にされたような気持ちになってしまった。

 沸き上がる怒りを感じても堪えようとしたが堪えきれずに諦めた。

 自分のことが不要であるならば自分が携わっていた役目も不要なのだろう。

 王太子のもとを後にした娘は自分に割り当てられていた豪華な部屋で手荷物程度をまとめるとさっさと城を出た。

 そして幾度か馬車を乗り継ぎ領地へ帰ったのだった。


 領地は古代から一族が管理している。

 世間からは隔離された場所に存在している限られた者達のみがつつましやかに暮らす場所。

 実はその領主一族である娘親子は城へ出稼ぎに出ていただけなのであった。

 その出稼ぎもこの国の守護をしている気高き存在からの依頼であり、いつ辞めてもらっても構わないという緩い契約だったのだが、人の良い領主一族の者達の好意と責任感によって気が遠くなる程の年月を延々と受け継がれていたのだった。


 動きを止めていたオートマタの補佐官だった機械人形達は娘が城を去るとともにすべての部署から消えた。

 造り手であり動力源となる唯一の魔力を備えた主人達が住み、すべてのオートマタが休めるよう整えられている場所へ転移させられたことを知るのは、やはり彼の地の領主一族のみだった。




 突然補佐官が動かなくなった状況に焦った役人達からの知らせを聞いた国王と宰相は王太子の婚約者を呼び出させた。

 しかし、呼びに行かせた役人は命令を遂行出来ずに青褪めた表情で戻って来た。

 その役人が汗を垂らしながらした報告の内容は国王と宰相を固まらせることになった。

 彼らにとって王太子が取った行動と発言はありえないことであり、その結果王太子の婚約者が城を出て行ってしまったことはあってはならないことだった。


 これまでは娘の一族の誰か一人は城に常駐していた為に彼らとの連絡が必要な時はその一族の者を通していた。

 実は国王であっても彼女達がどこに住んでいるのかを知らされていない。

 それはこちらから連絡を取る方法がなく、オートマタの補佐官を今後復職させることが無理であり、補佐官達が行っていた業務をこれからは残された役人達が試行錯誤しながら執行して行かなくてはならなくなったと言うことでもあった。




 オートマタ達に貯め続けられていた情報や作業手順を伝えられることなく完全停止に近かった城内業務に落ち着きが見え始めたのはそれから数年後のこと。

 他国から役人を引き抜いてはあちらの業務処理方法を習い、貴族令息達の小遣い稼ぎとして複数ある資料室の整理と資料一覧を作成させたりもした。

 少しずつ以前の業務の流れに近いものが構築されて形になって来たのだった。


「ワシらはこれまで便利なものに頼り過ぎておったのだな」

「さようでございますな。不自由する中だったからこそ、人は向上心を持つことによって知恵を使い工夫し、行動力を持って改善にと素晴らしい力を発揮するものだとも知れました」

「うむ、この国の役人達はワシの誇りだ。もちろん役人達だけではない。国からの指示が定まらなくなったが為に不安にさせ、不便を感じさせてしまったにも関わらず、未だにワシを国王と崇めて離れることなく支え続けてくれた国民達も誇らしい」

「はい。また、隣国の城で修行中の王太子殿下もあちらの国王様から認められるほどになられたとか」

「そうか…」

 目を閉じた国王は顔を合わせるたびに疲れていることを誤魔化そうと微笑んでくれていた娘の姿を思い出して言った。

「あの娘も今頃は元気にしているのであろうな」

 多くの役人が負うべき負担をあの娘が一人で担っていたようなものだったと今更ながらに申し訳なく思う。

 出来得ることなら再び会って謝罪と慰労、そして感謝の意を伝えたい。

 あなたが去ったことで本来あるべき人の国の姿に近づくことが出来ているのだと。

 人は人の力だけでもやって行けることに気付かされたのだと。


 開け放たれていた窓から鐘楼の鐘の高い音が聞こえて来る。

 そちらへと意識を引かれて国王は立ち上がると歩み寄った。

 彼が座っていた執務机の上には未処理の書類が残っており宰相がため息をつく。

 以前は大半を占めていた各部署からの相談案件はその数を減らし、今ではほとんどが数年前のような報告書の類となっている。

 その事象一つにも奮闘し続けてきた多くの者達の努力が知れる。


 ふと、オートマタの補佐官達は何処へ行ってしまったのだろうかと、いつ考えても解けることのない疑問を思い浮かべながらこの国の王は眼下に広がる王都を眺めていた。





 その頃のオートマタの補佐官達は…


 城内勤務をしていた長〜い期間に貯まりに貯まっていた知識は、継続動作が一定期間停止されたことによって初期化され、今は領主邸にて数体ずつが交替勤務のように稼働している。

 オートマタの執事

 オートマタの侍女

 オートマタの料理人

 オートマタの庭師


 娘の優しさに甘えて領地に引きこもっていた当主は稼働を始めたオートマタ達を見て嬉しそうに言ったとか。

「ようやくご先祖様方の当初の目的の為に稼働させることが出来たぞ!」


(相変わらずなんとも気の長い…いや、長過ぎる、どこまでも風変わりな一族よな)

 この国の守護をしている気高き存在は、自分が何気なく口にした契約に従った一族の子孫達の様子を覗き見て、それはそれは面白そうに呟いたのだった。

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