第4話 両国会談

 

「は——はっ! ご報告にも書かせていただきましたが……私がミリー嬢を愛してしまいました! どうかエーヴァス公国より、我が国の国母として我が妻に迎えさせていただくことをお許しいただきたい!」

「……」


 談話室が沈黙する。

 正直俺も、ここまでアグラストがはっきり言うとは思わなかった。

 真っ直ぐに両親を見据えて、はっきり自分の気持ちを告げるなんて。


「…………。……私は入学当初より我が婚約者ミリーがアグラストと惹かれあっているのには気づいておりました。私とミリーは幼い頃からの婚約で、まるで兄妹のような関係でした。なので、ミリーがアグラストに惹かれ、彼との未来へ進むことになんら抵抗はございません。あとはミリーと、そしてフォリア嬢のご両親がお許しくださるのならば……花嫁を——妻を交換してもよいのではと思っているのです。いかがでしょうか?」


 父もこんなにど直球に打ち返されると思っていなかったのだろう。

 目を丸くしているので、フォローを添えておくぜ。

 ちなみに一番最後の「いかがでしょうか?」は国内外の政治的な要素を踏まえた上での、国王・大公両名の立場から見てどうか、というおうかがいの意味だ。

 もし父上たちに俺の預かり知らぬ事情があったなら、破談も十分にあり得る。


「こほん」


 と、咳払いを一つしたのは父だ。

 これは——合図。


「いいんじゃねえか? うちの国は強ぇ女が来るのは歓迎だぜ」


 はい、うちの父が体面取り繕うのをやめましたね。

 胃が痛いです。


「ミリー嬢は線が細くて解体作業に立ち会うといつもぶっ倒れてたしなぁ! がはははは!」

「まったくもう……そんなところに淑女を連れて行くものではありませんわ。ミリー様には内政のお手伝いをしていただく予定でしたのよ。まあ、今はリットとハルスがいるからそれも安定していますし……うちの方では特に問題はありませんわね」


 と、父のがははは、を軽く受け流して告げるのは母。

 ちなみにハルスとは俺の弟である。

 体があまり強くはない分、勉学に秀でていて内政関係ではとても助けてもらっているのだ。

 父がまあ、コレなので。


「我が方でも問題はないな。ただ、そちらの令嬢の両親とグランデ辺境伯がなんと言うか……」

「やはりそれですわね」


 と、おっしゃるのはアグラストの両親。

 まあ、ですよねって感じだ。

 胃が痛い。

 しかし……王族たちがこの様子では相手方にお断りする自由はないに等しかろう。

 俺の父はこんなだし、母はシーヴェスター王家の手前弱腰なところを見せるつもりはないだろうし。

 ここは俺が、フォリア嬢とそのご両親に断りやすい空気を出してやる必要がある。

 あ、また胃が痛い。


「それで、あなたはどうなのです?」

「え?」


 席に座るや否や、母が扇で口元を隠したまま俺にしか聞こえない小声でそう聞いてきた。

 意外だ。

 俺の意見など聞かれないものだと思っていた。


「どうもこうも……俺は皆がよりよい未来を得られるのならば誰とでも結婚しますよ」

「それでこそ次期大公です。……でも、そうではないのよ。あなた自身はどうしたいのか聞いているのです」

「…………」


 そんなことを聞かれましてもね。


「俺はトラブルが起こらず平穏にベッドで寝たいです」

「そういうことを聞いてるのではありません」


 意味はわかるけど俺の今の望みはそれ以外ありません、母上。


「グランデ辺境伯夫妻、その息女フォリア様、ご到着でございます」


 部屋の外で衛兵が高らかに告げる。

 どうやら渦中の人物その一人が到着したようだ。

 さらに——「ダイヤ侯爵夫妻、その息女ミリー様、ご到着でございます」と声が続いた。

 おお、揃ってしまったか。

 まあ、嫌なことは早く終わらせて横になりたい。

 前屈みになりそうなくらい胃がキリキリしてしんどいので。


「ご機嫌麗しゅうございます、リーデン陛下、スローアル大公閣下」

「この度は娘の結婚式に参列、誠にありがとうございます。光栄の至でございます」


 と、どう考えても怒っていい立場の侯爵と辺境伯が頭を下げてそのように言うのでマジで口の中が血の味になってきた。

 各家族が入室して、用意されていた席に着く。

 フォリア嬢を横目で見ると、まるで怖気た様子がない。

 むしろ元気そう。

 反対にミリーは俯いて暗い表情をしている。

 淑女たれと教育を受けておきながら、他国の王子に鞍替えしたのがはしたない、ふしだらとでも叱られたのだろうか?

 いやいや、相手は大国シーヴェスター王国の王太子だぞ?

 むしろ褒めてやってくれよと思うよ、俺は。


「さて、それでは具体的な話し合いでもするとしよう。今回の件だが——先にシーヴェスター王家とエーヴァス大公家の意思を伝えておく」

「は、陛下」


 口を開いたのはアグラストの父君、リーデン陛下。

 先程の話し合いで、「こっちはなんも問題ない」というのをとても厳格に伝えなければならない。

 それが王族の仕事なので。


「花嫁交換の話——リット卿のミリー嬢への熱い思いに我ら一同胸を打たれた。ミリー嬢が我が息子、アグラストと結婚し、シーヴェスター王太子妃となることを快く受け入れよう、ということになった」


 そんな脚色の仕方あるぅ?

 思わず天井を仰いだよ、俺。

 口から血流れてない?

 大丈夫?

 そんな言い方されたらフォリア嬢んちにめちゃくちゃ角立つじゃない?

 なんでそんな言い方したの?

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