第3話 結婚式

 

 会場の手前の扉には、すでに二人の花嫁が佇んでいた。

 片方は淡いピンク色のレースが織り込まれ、花束——ブーケというらしい——にはエーヴァス公国の国花であるエーヴァスの花がふんだんに使われている。

 もう片方の花嫁はモスグリーンのレースが織り込まれた、マーメイドラインのドレス。

 こちらのブーケはシーヴェスター王国の国花、ヴェスタの花がベースになっている。

 背丈はほぼ同じだが、元々ミリーの方がフォリア嬢より背が低かった。

 ヴェールの下の髪を上に盛り、高いヒールを履いて誤魔化していると見える。

 なるほど、外見だけだとどちらがどちらかわからないな。

 式の最中は誓いの言葉のみ。

 声を聞き慣れていない者では絶対に見分けがつかないだろう。


「本当にやるんだな? アグラスト」

「ああ」

「では、ミリーとフォリア嬢も……」

「は、はい。殿下には、その……本当に……」

「俺のことはいい。ミリーはまず自分の幸せを考えろ。……それと、フォリア嬢も……その……」

「うむ、私への気遣いは不要だ。元々アグラスト殿下には興味もなかったからな!」

「ぐっ」

「えぇ……」


 やはり、ピンク色のレースが織り込まれたドレスの方がフォリア嬢。

 我が国の国花であるエーヴァスの花のブーケを持ち上げて、わははは、と明るく笑って言い放つ。

 ……胃が痛い。

 普段からこうなのか?

 この子よく今まで不敬罪に問われなかったな……。

 いや、それとも、非公式の場だからこそぶっちゃけてるんだろうか?

 だとしたら逆にキレ者である可能性も……?

 こんな婚約の破棄の仕方したらそう言われても仕方ないし、とアグラストを見るとものすごく複雑そうな顔をしている。

 まずい、胃が痛い。


「私は強い男のところへ嫁ぎたい。リット殿は剣を嗜まれるか? どのくらいの腕だろうか? これが終わったら勝負してほしい!」


 なんで?


「け、剣は嗜んでいますよ。エーヴァス公国は邪樹の森と隣接しているので、定期的な魔物討伐と邪樹の伐採が行われるのです。勝負は機会があれば。それよりも、フォリア嬢……あなたには今からミリーのふりをしていただかねばならないのですが……その、だ、大丈夫でしょうかね?」

「おお、そうであったな! 安心したまえ、静かに口を開かずできるだけ動かず、淑女のふりをすればよいのだろう? 最低限できるようになってるぞ!」

「お、おお……それは頼もしいです……?」


 あれ、これ褒めるところか?

 いや、褒めておこう。

 褒めて伸ばそうフォリア嬢。

 盛大な不安と胃痛を抱えながら、俺とアグラストは先に入場する。

 その後、花嫁の父親により花嫁入場が行われ、本格的な結婚式が始まるのだ。

 花嫁の父親……ダイヤ侯爵とグランデ辺境伯にはすでに入れ替わりの旨が伝えられている。

 これで我らの両親も花嫁交換の共犯者となったのだ。

 本気で胃に穴が空いたのではないかと思うほど緊張したし、若干記憶があやしいくらい意識が朦朧としていた気がしたが……式は滞りなく終了。

 さぁ、ある意味、我々の“本番”はここからだろう。


「無事にやり過ごしたな」

「どこが無事? お前これから断罪タイムだからな?」

「ふん、問題ないさ。どんな困難もきっとお前が一緒なら乗り越えられる!」

「セリフはかっこいいんだけどなぁ!」


 タキシードから礼服に着替え、両家の両親が揃う談話室にアグラストとともに向かう。

 表向きは無事の結婚式後の晩餐会。

 無論、これも両国の親睦を深めるのが表向きの意味合い。

 だが実際は、昨日の夜に送った花嫁交換の件の説明と釈明と正式な婚約者交換の手続きの詰めである。

 俺たちの政略結婚とは、両家両国だけの事情では成り立っていない。

 本来国内の事情を鑑みて、俺とミリーは婚約した。

 それはアグラストも同じ。

 ミリーの両親はおそらく、魔物に怯える必要がないシーヴェスター王国の、それも王太子であるアグラストにミリーを嫁がせるのには賛成だろう。

 元々王妃教育は十分に受けているミリーだ、大国の王妃に据えても問題なく働くはず。

 対してフォリア嬢はどうだろう?

 辺境伯の娘というので、シーヴェスター王国の戦力強化の意味も込めた采配だと思うのだが、小国であり、常に魔物の討伐と邪樹の定期的な伐採を行わなければ安全性を保てない我が国に娘を嫁がせたいと思うだろうか?

 本人はかなり好戦的な性格にも思えたが、両親もまた同じとは限らないしあちらの旨みなどあるように思えない。

 最悪、俺とフォリア嬢の結婚はなかったことになり、彼女は俺の婚約者に婚約者を寝取られただの言動が粗野で不敬なため見限られただの、かなり酷い目に遭いそうで……。


「……」

「殿下、胃薬は六時間置きです。あと一時間耐えてください」

「うん……」


 扉の前で後ろに控えていたジードにこっそり告げられる。

 扉を開けると、ゆったりくつろぐ俺の両親とアグラストの両親が談笑しながら酒を飲み交わしていた。

 花嫁二人とその両親は身支度がまだ終わらないのだろう。

 その場には両国の王族しかいない。


「おお、二人とも今日はご苦労であったな」

「リット、早くこちらに来なさい」

「は、はい、父上」

「失礼いたします」


 できる限り、アグラストとミリーは自然な流れで惹かれあい、気持ちを通じ合わせたと報告したものの……アグラストの方でも手を回していたら齟齬が出ている可能性もある。

 そのすり合わせの時間と思うと胃が痛い。

 めちゃくちゃキリキリヤバい。

 もう帰りたいな……と目が遠くなる。


「で、説明をお前たちからも聞こうではないか」


 単刀直入にソッコーでぶっ込んできたのはうちの父である。

 典型的な顔は笑ってるけど目は笑っていないアレだ。

 もうやだ、部屋に帰って休みたい。

 口から血吐きそう。胃が痛い。

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