第7話 お約束と言うの名のお風呂イベント

「すごい……ちゃんと黒乃家の味だ……」

「それは言いすぎよ。うちのシェフに失礼じゃないの」

「いや、でも、無茶苦茶美味いし、なによりも普段は料理をしない姫奈が作ってくれるっていうだけでプラス100点くらいになるよ」

「採点甘すぎじゃないの……大体完璧な私が料理くらいできないはずがないでしょう」


 俺が褒めると姫奈はツンツンとした言い方だが、まんざらでもない風に笑った。実際の所、専属のシェフがつくった黒乃家の食卓に並ぶ料理に比べれば確かに味は劣るだろう。だけど、味付けはちゃんと再現できているし、ハンバーグもナイフで切ると肉汁がジュワーっとでてきて、とても美味しい。今後もきちんと経験を積めば本当にシェフにもなれるかもしれないレベルだ。そして何よりも、好きな子が作ってくれたというのはでかい。

 それにしてもわざわざ食材まで買っていたとは……最初っから誰かの家に泊まるつもりだったのか、俺が断ったらどうするつもりだったんだよ。



「ごちそうさま。こんな風に料理を誰かに作ってもらうっていいな……いや、姫奈の家の料理もおいしかったけどさ……」

「ふーん、気に入ったみたいね。あんたがよかったら、また作ってあげるわよ」

「ありがとう。ああ、片づけは俺がやるからいいよ。流石に作ってもらってばかりじゃ悪いよ」



 食事が終わったので皿をもって席を立とうとした姫奈を俺は止める。そんな俺に彼女は少し申し訳なさそうな顔をした。本当にお嬢様なのに気が利くよな。



「何を言っているのよ、そんなこと言ったら私なんて泊めてもらってるんですもの。これくらいはさせてもらうわ」

「いいからさ、逆に俺の方が気を遣っちゃうんだよ。お風呂を沸かしといたからはいっておいでよ」

「そこまで言うなら……」



 俺の言葉に彼女はしぶしぶといった感じでうなづいた。そして、そのままお風呂へと向かっていたが何かを思い出したかのようにこちらを振り向いて言った。



「その……覗いたら許さないからね!!」

「当たり前じゃないか、そんなことしたら、王牙おじさんに殺されるわ!!」

「そう、じゃあ、私の残り湯を飲んだりとかもしないわよね……?」

「するわけないでしょ。マニアックすぎるよ。俺のイメージはなんなの!! さっさとお風呂入りなよ」 



 おそるおそる聞いてくる姫奈に俺はつっこみを入れる。一体この子はそういう知識をどこから得るんだろうか……というか、屋敷で働いていた時に俺は変な事をしなかったと思うんだが……?

 俺は苦笑しながら洗い物をかたづける。それにしても大変なことになったものだ。彼女はなんで家を出たのだろうか? 特に悩み事は無かったと思うのだが……そりゃあ、想い人が俺の家に泊まりに来たのだ。テンションは上がらないといえば嘘になるが……風呂場の方を見ながら考えとると声が響いた。



「一夜ー!! ごめんなさい、バスタオルを貸してもらえるかしら」



 俺の思考は扉をあけて叫んでいるのだろうシャワーの音に紛れて聞こえるその一言で中断される。屋敷にいた時の習慣か、タオルは使用人が持ってくるから忘れていたのだろう。仕方ないなぁと準備しているあいだに気づく。

 当たり前ながら彼女はもうお風呂に入ってシャワーを浴びているわけで……あの扉の向こうには裸の彼女がいるのだ。小学校低学年までは一緒に入っていたこともあるが高校になった今の彼女はもう別人のようなものだろう。それは制服の上からでも彼女のスタイルの良さはわかるし、別のクラスの俺にも噂がながれるほどの美少女だ。それが今裸で……しかもこの家にふたりっきりなのだ。



「うおおおおおおおおおおお」



 俺は壁に頭をぶつけて正気を保つ。くっそ、なんで俺は今貞操帯をつけていないんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。おちつけ俺の愛馬ぁぁぁぁぁ!! あれは母さんの裸、母さんの裸、母さんの裸ぁぁぁぁぁ!!

 俺は呪文のように心の中で唱えながらバスタオルを持っていく。鼻歌と共にシャワーの音が聞こえてきた。俺は早鐘の様になり響く鼓動を感じながら風呂場に着いた。見るな……見てはいけない……



「開けるよ、ここに置いておくな」

「ええ、一夜……その、ありがとう」



 声をかけてから、洗面台の扉を開く。さっさと置いて、戻ろう。このままでは正気を保つ自信がない。そう思ってタオルを置くときに彼女の着替えが目に入ってしまう。



「んんんんんーーーー!!」



 いつか見た彼女のセクシーな寝間着の上に黒いレースの布が見える。これはもしや……俺が来るのに無防備においてんじゃねーよぉぉぉぉぉぉぉ。落ち着いてくれ我が愛馬ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!



「一夜……?」

「いや、大丈夫だ。というか気にしないでよ。タオルをもってくるくらい日常じゃん」 

「違うわ……あなたが私を匿ってくれた事よ。あなたには何のメリットもないのに……」

「何を言ってるんだか、俺と姫奈の仲じゃん」



 なんかいつもと違って、どこか気弱な感じがするけどそれどころじゃねえええええええええええええええええええ。奥にいるのは母さん、奥にいるのは母さん……



「そう……本当にあんたってやつは……その……一夜もなんか私に我儘を言ってもいいのよ。よっぽど変な事じゃなければ……」

「いや、大丈夫だよ、母さん」

「え? 母さん? ごめんなさい、ちょっとママになれっていうのはマニアックスすぎて……」



 やらかしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。つい母さんの事を考えてたからお母さんって呼んでしまっ。すっげえ誤解をされた気がする。



「違うんだぁぁぁぁぁ、今のは言葉の綾で……」

「ちょっと考えさせて……」



 姫奈はそう言うと、なにやら「お母さん……私が一夜のお母さんになる……」と呟いていた。なんかすげえ誤解をさせてしまった気がする。ていうかお母さんになるってなんだよ……

 このやりとりでエッチな気持ちがふっとんだ俺はそのままリビングにもどって、彼女のお風呂上り用に好物である冷たい牛乳を準備しておく。

 しばらくすると扉が開いて彼女がやってきた。お風呂上がりだからか、濡れた神とワンピースタイプのルームウェアがどこか無防備で艶めかしい。っていうかさ、なんかいつもより谷間が強調されてない? 俺がドキドキしていると彼女は何やら緊張した顔でこういった。



「私があなたのお母さんよ!! その……甘えていいのよ?」

「いや、マジで何言ってんの?」




 その一言で俺の愛馬は一瞬にして冷静になるのであった。


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