青空に溶けゆく旋律2

「―――えっ?もしかして...。夏樹なつきさん?」


 昔、小学4年生頃だろうか。近所で―確か親戚の所有する空き家を借りて―1人暮らしをしていた大学生だ。


「良かった。覚えててくれたんだ」


 彼女の浮かべたホッとした笑みは昔と変わらず優しかった。


「もちろん覚えてるよ。でもどうしてここに?」

「さっき君の家に行った時におばさんから聞いて、それで会うついでに迎えに来たってわけ」


 そう言うと夏樹さんは後ろに停まっていたバイクへ紹介するように手を向ける。


「もう終わりでしょ?」


 僕は一度頷いて見せた。


「じゃあ一緒に帰ろっか」

「なら着替えて来るんでちょっと待っててください」

「分かった」


 少し駆け足で部室へ向かった僕は急いで着替えを済ませて荷物を持ち夏樹さんの元に戻った。


「お待たせしました」

「ほいっ」


 その声と共に夏希さんは持っていたヘルメットを放る。僕はパスを受けるように両手でそれを受け取った。


「じゃあ行こうか。乗って」


 その時はもう既にバイクに跨っていた夏希さんはそう言いながらヘルメットを被る。そして僕も後ろに乗るとヘルメットを被った。


「いい?」

「はい」


 僕は返事をすると彼女の腰に――ではなくタンデムバーを両手でしっかりと掴んだ。そのタイミングでバイクが走り出す。ゆっくりと学校から道路に出るとここからが本気だと言わんばかりにバイクは意気込むような大きい唸り声を上げた。

 そして更に速度を上げ始める。

 周りの景色が一瞬で過ぎ去っていく中、僕は暴風のような秋風が手や足に当たるのを感じていた。殴るように強い風は冬を運び込むように少しひんやりと冷たい。

 そんなどこか哀愁漂う秋風を感じながら夏希さんの背中を眺めていた。


「ちょっと家に寄ってもいい?」


 それは僕がちょっとだけぼーっとしていた時のこと。信号待ちでバイクは停まり、少し後ろを振り向いた夏樹さんが僕へ聞こえるように大き目の声でそう尋ねてきた。


「えっ、あっ。いいですよ」


 突然のことで若干動揺し言葉が詰まり気味になってしまったが何とか返事を返す。


「おっけー」


 そして夏樹さんからそんなこと全く気にも留めていないと言った声が返ってくると同時に信号は青へと変わり再びバイクは走り出した。

 家とは言っていたがそれは現在夏樹さんが住んでいる家のことを指しているのか、それとも昔住んでいた(あの親戚の家)を指しているのか一体どっちなんだろう。そんなことを後ろで考えていた僕を乗せたバイクはしばらく走り続けると答え合わせをするように1軒の家前で止まった。こことは反対側にある高校に通い始めてからは全くと言っていいほどに通らなくなった道に建てられた家。

 それはそこまで大きくはないが小庭付の立派な(少なくとも僕にとっては)1軒家。

 先にバイクを降りた夏樹さんに続き僕も降りるとヘルメットを脱ぎその家を見上げた。


「懐かしいでしょ」


 その声に再び彼女を見ると腕にヘルメットを掛けハンドルを握りながら僕の方を見ていた。そこに浮かんでいたのは懐旧の情が溢れた微笑み。


「とっても」


 僕は返事を返すともう一度家を見上げた。

 そして思い出す。忘れもしないあの日の事を。

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