幕間1-2

 

 いっしゅん、私たちの間にちんもくが流れた。

「……え?」

「で、殿下?」

 おそろしいせいが来るものと身構えていた私は、目を瞬いてカリブロンのことを見つめた。状況の吞み込めないアレクもうわった声を発したが、なおもカリブロンは肩を震わせつつ、怒り心頭な様子で言葉を続けた。

「こちらが黙っていればぬけぬけと……! 貴様、アレクシスが夜な夜なたんれんをしていることなど知らないだろう! 王宮に立つにじない騎士でいたいんだと言って……僕が幼い頃からずっとだぞ!?」

「えぇっ!?(鍛錬してるのは知ってるけど)そ、そんなエピソード知らない!」

「そうだろう!」私の悲鳴に、カリブロンはほこったように言った。

「【千里眼】がある分、自分の方がアレクシスのことを知っていると思ったようだが……僕とアレクシスはおさなみだぞ! 子どものころはともに王宮で過ごした旧友に対して、よくもそうまで失礼な口をけたものだな!?」

 そこまで言って、カリブロンは鼻息あらく私のことを睨みつけた。一方、私とアレクはあっにとられたまま、思わずたがいに目を見合わせてしまう。

「……えーと……」私はせきばらいをしてカリブロンに向き直る。「その……今ご自身でも仰ったように、アレクシス様はいつだって頑張っていらして──」

「アレクシスが頑張っていることなど知っているッッッ!!!!」

 ドン、と私の言葉をさえぎって圧を強めるカリブロン。ええー……なんだこの人……いやなんとなくどんな人かは分かってきたし、ひょっとして仲良くなれるタイプの人かもしれないけど。ただそれでももう一回言わせてほしい。なんだこの人。

「アレクシスが常に自他をおもんぱかり、最善の道を歩もうとしていることなど知っているわ! だが、稀代の才能を持った勇士として生まれたからこそ、過程だけでなく最高の結果を出すことこそがアレクシスに与えられた使命だ! 今の『きんろう』で満足されるようなことがあれば、この国の未来も察しがつくというものだろう!! 違うか!?!?」

「……えーっと……」

 私とアレクはもう一度顔を見合わせた。ただ、今度はこんわくした表情ではなく、互いに小さなしっしょうらしながらだったけど。

 私はなおもみを浮かべて、再びカリブロンに──いや、カリブロン殿下に向き直った。

「アレクシス様のこと、お好きなんですね。殿下」

「なぁっ……!?」

 私の言葉を聞いて、カリブロン殿下はハトがまめでっぽうを食ったように顔をゆがめた。殿下はさらに、私の横でアレクシスが照れくさそうな表情を浮かべたのを見て、かぁーっと顔を赤くする。

「なっ、ち、ちちち違う! 僕がアレクシスをしたっているなどと…! たらを言うな!」

「いえ、出鱈目も何も、今お聞きした事実を並べるとそうなってしまうというか」

「き、貴様……!」

 カリブロン殿下がみをしながら私にうなる。ただ、その顔はやはり真っ赤なままだし、さっきまでの鼻持ちならない感じはどこにもない。

 するとそこで、満を持して、アレクがほほみながらカリブロン殿下に告げた。

「殿下。私のことを、それほどまでに認めてくださってありがとうございます。まだまだ至らぬところばかりですが、仰っていただいた通り、ここで歩みを止めるつもりはありません。これからもかげになり日向ひなたになり、国のためまいしんしていく所存であります」

「ぐ……!」

 らんらんと光る、揺らめくほのおのようなアレクのまなしを受けて、返す言葉を失うカリブロン殿下。さらにアレクは、うやうやしく殿下に礼をして台詞を続けた。

「それと、先ほど仰った後継者の件ですが……私は、殿下を除いて次代の王はいないと考えています。殿下こそ、遠くはなれた地で国をおもい、日夜鍛錬と勉学に励んでいるそうではないですか。お父上のシルベウス公から、いつも殿下の頑張りをお聞きしていますよ」

「それは僕もキミに並ぼうと……ああいや……クソッ! おやめ、僕にはそんなこと少しも言わないくせに……!」

「カリブロン殿下」とそこでさらに、アレクはひざまずいて殿下の手を取ると、そのこうに額をくっつけたのだ!

「殿下が王になったあかつきには、私はぜんしんぜんれい貴方様あなたさまを支えると約束しましょう。聖騎士として、王家に連なる者として──ですからどうか、これからも私を信じてくださいませ、殿下」

「──ッッ!!!!!!」

 しゅんかん、カリブロン殿下はその手をバッと引いて、ぜん真っ赤な顔のまま、アレクのことをまじまじと見た。

 ひゃーすっごい……! 横にいた私も手で顔を隠しながら(でも指の隙間から覗いてたけどね!)、ほおを熱くさせながら二人のことを見ていた。流石アレク、相手が誰であろうともダイレクトに敬意とかあれやこれやを叩きつけてくる!! そこにしびれるあこがれるゥ!!!! 殿下私と代われ!!!!!!

「……ぶ、分家の人間にしてはしゅしょうな態度だが……」数秒の間を置いて、カリブロンは咳払いをし、ローブをひるがえしてアレクに背を向けた。

「そんなふうにびてもぼ、僕は揺るがないからな! 仮に僕が王になれたとして、キミを登用するかどうかはあくまでその時の実力だいだ! 覚えておけ!!」

「ええもちろん。殿下に──王に見合う騎士でいられるよう、これからも奮って参ります」

「……フン!!」

 そう鼻息を立てて、カリブロン殿下はズンズンと庭園を歩き去っていった──あらしのような一幕だったよまったく……頭上からは十三時のかねの音が聞こえ、後に残されたのは、枝葉まみれでくす私と、殿下の背中を見つめるアレクだけだった。


「……ふぅぅーっ……」

 殿下が王宮に消えた後、アレクは背中を丸めながら深く息をいた。

「あ、アレク様」

「ああ、ミレーナ様……すみません、なんだかどっと気がけてしまいまして……」

 って声をかけた私に、アレクは小さく笑って背筋をばした。

「はは……まさかこんなふうになるとは。貴女あなたが現れると、どうも予想のつかないことばかり起こるようです」

「え、あ、そ、そうかもしれないですね……てへへ……」

 アレクに言われて、私は笑うしかなくなって頰をく。ヤバい、そういえばまたこんな推しの近くにいるじゃないか……! 先日の図書館に引き続き、勢い任せでとんだラッキー展開だ。枝葉まみれでひどかっこうだけど、その分のおりは十分もらったと言えるだろう。

 ただ、そんな私を見たアレクはさらに、微笑みながら服とかみについた枝葉をはらってくれたのだ! ってマジで!? いやそりゃうれしいけどいきなりだと心の準備できてないよ!!

「あ、アレク様……!」

「じっとしていてくださいね、ミレーナ様」

 アレクの大きな、滑らかな指が私の身体に優しくれる。私は顔を真っ赤にしてされるがままになっていたけれど、その間も、ぽつぽつとアレクは語りを続けていた。

「……殿下とは、確かに昔は兄弟のように仲良く過ごしていました。しかしいつからか殿下の──いえ、そうほうの接し方が変わってしまったのです。最近では、顔を合わせるたびに望まぬやり取りをするばかりでした」

「……アレク様……」

 ちょちょ、ボディタッチしながら大事な話しないでアレク。今こっちにそんな重要情報処理するゆうないから。

「けれど」なおもアレクは私に言葉をかける。

「ミレーナ様のおかげで、殿下の本心が見えました。殿下と私の心は、離れてしまったわけではなかった……王家と分家というしがらみはあれど、私たちの間には今なおきずながあることが分かりました。本当にありがとうございます、ミレーナ様」

「い、いえそんな……」

 私はしどろもどろになって返答を絞り出した。いやあの、本当に何のりょもなく、ただ勢いで出てきちゃっただけなんです……そんな感謝されるほどのことは……。

 ただ、アレクとしてはそんなこと関係ないらしく、心から嬉しそうな顔をして私のことを見てくれていた。それに私がウッとまぶしがっていると、さらにアレクは跪いて、おもむろに私の手を取ったのである!

「うぇっ!? アレク様!?」

「……先ほどは、私を認めてくださって、そしてそれを言葉にしてくださって、ありがとうございました」

 アレクのいきが手の甲に当たる。私は顔面が炎のように熱くなるのを感じながら、フリーズしてアレクの甘い声をいている。

「やはり私は、貴女が『オーアインの聖女』でいてくださることが誇らしい……どうか、殿下が王になった時、貴女も私のそばにいてください。この国には──そしてきっと私にも、貴女のような人が必要なのですから──」

 アレクの唇が手に触れた瞬間、私は手を、というか身体をビュンと引っ込めて、アレクから高速で退いた。



「あっ」

「あッ! あのッ!! す、すいませぇッ!!!!」

 目を丸くしたアレクに、私はでダコのようになりながらなみだでまくし立てた。いやもう無理ですほんと。私は基本見守ってるだけでいいのに、幸せが臨界点とっしすぎてもうわけ分かんなくなってるんで!!!! これ以上推しにどうこうされたら命に関わるんで!!!!!!

「あの、わ、わたッ私ッッ!!!! 用事を思い出したのでこれでッッッ!!!!!!」

「み、ミレーナ様」

「しッッッッ!!!!!!!! 失礼しまあぁすッッッ!!!!!!!!」

 ──かくして、私はカリブロン殿下に続き、だっの勢いでアレクに背を向けて走り去ったのだった。後ろからはアレクの呼びかけが聞こえたが、もはや振り返る余裕もない。

 はあああもう、これだから『オーアインの聖女』なんてもんは……! 不意にこんなとんでもないイベントに出くわすあたり、やっぱり国のじゅうちんなんてホイホイなるもんじゃないのかもしれない。

 ……まあでも、推しから期待してもらえて、そしてまた推しとお近づきになれるのなら、この立場も悪くないのかもしれない──なんて、かなりゲスなことを思いつつ、私は王宮に向けて全速ダッシュをキメたのだった……。



 ちなみに、私が走り去った後、アレクは「失礼だったか」と頭を搔いていたそうだ。そしてその顔には悪戯いたずらっぽい笑みが浮かんでいて、私を探してくれていたソラがそれをもくげきしノックアウトされてしまったとか。

 ……推しのレアフェイスのがしちゃったよもう!!!! 私のバカ!!!!!! ヘタレ!!!!!!!!


 ▲ジョブレベルが上がりました。

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