幕間1 よく知らないで推しの悪口言うのは身内でも許さん

幕間1-1

 

 アハト・オーアインという国が生まれたのは、今からおよそ五百年ほど前だという。

 元々ろうたみだったという現王家の祖先は、長い旅の末に山あいの広野にこしえた。それからかいたくきんりん集落のへいごうを経て、約二百年ほど前に、オーアインは現在とほぼ同じ広大な領土を手に入れたそうだ。

 その中で、王家は祖先の血脈をぎ続けるため、ほうもない苦労をしてきたらしい。昔の王様は側室を何人もかかえてせっせと子作りにはげみ、たくさん生まれた子どもたち(と周りの大人)の間では、血で血を洗うあとり戦争がぼっぱつし続けていたとか……おそるべしきゅうてい文化。ドラマとかで見る分にはいいけど、もし自分がちゅうにいると思ったらゾッとしちゃうね。

 ただ、そんなよくある王家の風潮は、百八十年ほど前に終わりを告げた。

 えきびょうまんえんにより、当時の有力なぎ候補が相次いでくなってしまったのだ。これには当時の王様も頭を抱えた。王様は持病が悪化しつつあったし、残っている子どもは本来けいしょう順位がとっても低い──つまり幼い子どもだけだったから。

 しかし、それでも王様は跡継ぎを選ばなきゃいけなかった。せっかく領土も広がって国が安定してきたのに、ここでお家断絶となればオーアインは空中分解待ったなしだ。とはいえ、残された王子はたったの二人で、それも兄王子の母よりも弟王子の母の方が高貴な生まれというじょうきょうだった。継承順的には兄王子を次期王とするべきだけど、弟派の大人たちはその風習に激しく反発し、『より高貴な生まれの方を王子に!』とさわぎ続けていたのである。

 これじゃどっちにしろ王国はガタガタじゃないか……と、当時の王様がどれだけ胃を痛めていたかは想像にかたくない。しかしその時、歴史が、というか兄王子の母が動いたのだ。

(王よ。私のむすは、私の不義で産まれたことにしてくださいませ。このまま身内で争っているばかりでは、この国のためになりません……それよりもどうか、下の王子に目をかけてあげてくださいませ。私は息子とともにに下ります……どうか国をお守りください、あなた……)

 この兄王子の母の申し出に、当時の王は舌を巻いた。それまで王は、おうたちの欲深い面ばっかりをきるほど見てきたらしいからね。国のために身を引き、落ちぶれることを選んだ兄母のかくは青天のへきれきだったことだろう。

 結局、兄王子とその母は言葉通りに王宮を去った。そして、継承順ががった弟王子は、ものすごい英才教育によってやさしくもそうめいな青年に成長したのである。やがて王子が成人になったその日、たいかんを経て彼は新王となり、その日の夜に旧王は息を引き取ったという。

 大往生をげた旧王は、死のぎわに二つのゆいごんを残した。

 一つは、かつて起きたような疫病騒ぎの再来に備え、名うての聖女を『オーアインの聖女』として取り立ててほしい、ということだった。当時、王宮の医師や薬師は疫病に対してほとんど有効な手を打てず、疫病が収束したのは彼らよりも、街の聖堂でがんっていた修道士や聖女の力が大きかったらしいからね。そのため、旧王はかねてから国にもお抱えの神官がいるべきだと元老院(国政の最高機関)にうったえており、この遺言によって、その体制が実現したと言われている。ちなみになんで聖女だけかというと、男性の神官に力をあたえすぎるのは政治的にヤバいと元老院がもうはんたいしたらしいから。うーむ、そういうところは流石さすがほうけん社会……。

 そして旧王のもう一つの遺言は、自らが追放した(ことになっていた)王妃と、その王子のめい回復についてだった。旧王はさいに、今までかくされてきた真実を新王に打ち明けたという。そして新王は何を言うでもなく、静かに笑って父の手を取った。旧王は息子の手にかれて、おだやかに息を引き取ったそうだ。

 その後、兄母は王宮に呼び出され、国難に際しての多大なこうけんを認められて、正式に王家の分家としての立場を与えられた。そして新王は遺言通り『オーアインの聖女』を王宮にむかれた。お抱えのスーパー聖女を得た王家は疫病で跡継ぎを亡くすリスクが激減し、以前ほどたくさん子どもを作らなくてよくなったそうだ。それで新王は側室制度をなくし、たいの愛妻家としても歴史に残っている。

 ──全てが丸く収まって、いやよかったばんばんざいの大河ドラマだねうんうん……という感じだが、一方でこの状況に白目をいたのは元老院や王様の周りの大人たちである。なんせ、せっかく男性神官の誕生をしたと思ったら、全く別件ですっごいけんを持つ分家ができちゃったわけだからね!

 幸いにも分家の一族はおんこうな性格で、国を割っての大政争とはならなかったけれど……何かのひょうでパワーバランスがくずれれば、どんなことになってしまうかは確かに予想がつかない。それで王宮の中には今も、アレクをはじめとする分家の人間のことをけいかいしている人たちが一定数いるという。新王は遺言に従っただけなのに、いやはや政治というのは何が最善なのか分かんないもんだ……。

 ただまあ、もし分家ができてなかったら今のアレクはいなかったかもしれないし、私としては分家の祖先にきんいっぷうとかあげたいところだけどね。ああいや、こうやってパワーバランスが崩れていくのがよくないのかもしれないけども……それでもやっぱ分家最高!! というかアレクが最高なの!!!!


◇◆◇


 その日私は、王宮の庭園を一人で歩いていた。

 よく晴れた昼下がりだった。お昼ご飯をついつい食べ過ぎてしまい、苦しいおなかを少しならそうと思って、私はのほほんと散歩をしていた。ちなみに、この時ソラは私が苦しそうなのを見て、午後図書館に返す予定だった本を私の代わりに部屋まで取りに行ってくれていた。しくお世話をしてくれるのは本当にありがたいんだけど、彼女にたよりきりになっているせいで、私の自活力はあやしくなってきてるんだなこれが……。

 さて、オーアインの庭園には、ていねいに整えられただんいけがきがある。特に生垣の方は立派な高さで、私のたけよりも大きい緑のかべに、ポツポツとバラなんかがいていてれいなのだ。そんなわけで私は、今日も生垣を見ながら歩き回っていたのだけれども──。

「……ん?」

 ──こんにちは、カリブロン殿でん──。

「……んん!?」

 緑の生垣の向こうから、男性の声が聞こえてきた。私が生垣のすきに目をらすと、花のツルの間から、そうごんなローブを着た二人の男性の姿が見えたのである。そのうち一人は、なめらかなきんぱつのよく知っているお顔の人だった。

(アアアアアレク!! 今日はこんなところにいたのかい!!!!!!)

 息をみ、というか息を止めつつ生垣の向こうを見つめる私。いやこうやってしをのぞき見るのも背徳感があっていいねー……などとキモいことを思ったりするわけですが。ただそこで、私はアレクの表情がかたいことと、対面には見慣れない男性が立っていることに気付いたのである。

 ややボリュームのある金色のマッシュルームヘアの男性だ。顔はシュッとしていて理知的な感じ。アレクととしは近そうで、背は高めだが身体からだつきはきゃしゃ寄りだ。

 見ていると、アレクは男性に向かって一礼する。

「カリブロン殿下。本日は遠路はるばる、王宮までご足労いただき……」

「いや、やめてくれたまえアレクシス」カリブロンと呼ばれた男性が鼻で笑った。「キミが頭を下げる必要はない。王族ではなく、ただ王宮にいるだけの分家の人間が、ね」

「……そうですね」

(あ゛ァ゛っ!?!?)

 男性のいやっぽい口調を聞いて、アレクが苦笑いを返す。一方で、推しへの悪意ある発言を聞き取った私はいきなりブチ切れそうになったけど(というか手元のツルをちょっとちぎっちゃったけど)、ふっとうする直前になって不意に、アレクの呼んだ男性の名前が頭の中で光った。


 アーガスト・カリブロン。

 カリブロン殿下といえば、現オーアイン国王アーガスト・ゴルドルの弟である、アーガスト・シルベウス公の息子だ。

 現在のオーアインを治めるゴルドル国王は、持ち前の優しさと経済政策のびんわんさで、国民から強力な支持を得ている。一方、王弟であるシルベウス公は団の養成に非常にけているとされ、その指揮能力も相まって、国境沿いの領地でりんごくの動向に目を光らせているそうだ。

 ひゃくせんれんもうしょうにして、国家防衛の要。そんなシルベウス公は年に一回か二回ほど、オーアインの王宮に出向いて王様と会食をしていると聞いていた。つまりこのカリブロン殿下は、今回の父親の出張にくっついて来たというところだろう。

 ……まあ、それがっちゃい子どもとかだったらわいげもあるけどさぁ……どう見てもアレクと同じくらいの成人男性だし、今の台詞せりふからは人徳の欠片かけらも感じられなかったんですけど。王族じゃなかったらもう私が引っぱたいてるからなほんとに。


 とはいえ、流石に『オーアインの聖女』が王弟の子息をなぐったりしたらスキャンダルどころじゃないだろう。それで私はフゥーっと深呼吸をはさみ、なおも生垣の隙間からアレクたちの様子をうかがうことにしたのである──いや見ますよ? こんな場面見ようと思っても見れないんだから覗くに決まってんでしょ!!

 さて、苦笑いをしていたアレクだが、それを見たカリブロンはためいきとともに首をった。

「やれやれ……相変わらずキミは張り合いがないな。痛いところをかれたのだから反論の一つでも言うものではないのかね」

「いえ、反論など。私が分家の出であることは事実ですから」

「フン……そんなことだから他国からナメられるのだ。隣国の大物はキミのことを『ただ人気があるだけのやさおとこ』と評しているそうだぞ」

「殿下、あまり外交に関わることをここで話されない方が……」

「僕に命令をするな」カリブロンはキッとアレクをにらんで言った。「聞けば、先日もじゃきょう団相手にじゃしんしょうかんを許したそうじゃないか。本来ならばその前にやつらをちんあつできるはずじゃなかったのか?」

「……申し訳ありません」

 そこでアレクは苦笑いを止め、再び硬い表情をしてカリブロンに頭を下げた。

「彼らの動きが予想以上に早く、こちらの目算が外れてしまいました。きょてんにしていたせきのトラップにも苦戦し、我らの力不足を感じさせる結果に……」

「そんな言葉が聞きたいのではない!」

 ボスッ、と、あからさまにイライラした顔で、カリブロンが生垣をこぶしたたいた。

「キミはせい長だろう!? 聖騎士たちの先頭に立って民を導く……キミに求められているのはかんぺきな結果のみだと言ったはずだがな」

「……おっしゃる通りです。返す言葉もございません」

「フン……まったく、分家の人間だからと甘えているのではないかね」

 硬い枝にでも当たったのか、赤くなっている手をさすりながらカリブロンがあざけった。

「最近では王のこうけいについてキミと僕とをかくする人間がいるそうだが……見る目がない……今のキミのようなちゅうはんな人間を王にするなどとは、とんだお笑いだな……!」



 私がだまって聞けたのはそこまでだった。

「──ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっっっ!!!!!!!!!!!!」

 これ以上、私の推しをバカにすんじゃねぇぇぇぇぇっっっっ!!!!!!!!!!!!



 もはやまんの限界だった(そこ、ふってん低すぎとか言わない)。自らブレーキを手放した私は、目の前の緑の壁にばくそくで突っ込んだのである!

 不意に聞こえたさけごえと草木のれる音に、アレクとカリブロンがギョッとする。数秒すると、身体中に葉っぱと枝をつけ、いかりに燃えた私が二人の前におどたのだ。

「ミレーナ様!?」

 急に現れた私を見て、アレクがきょうたんの声をあげる。私は勢いそのままに二人に一礼をすると、なおも上気した顔のまま、どうようしているカリブロンへと向き直った。

「なっ、なんだ貴様──」

「アレクシス様に謝ってください!」

「へぇっ!?」

 怒り心頭の私の叫びに、カリブロンはりながら裏返った声を出す。

「謝ってください!! よくもそんな失礼なことを……! この方をだれだとお思いですか!」

「なっ、き、貴様こそ! 貴様こそ僕を誰だと思って……あ? き、貴様、『オーアインの聖女』か……!?」

「落ち着いてくださいミレーナ様!」

 カリブロンが目をしばたたいている中で、あわててアレクが私のりょうかたつかんで押しとどめようとした。ただ、今の私は肩を摑んでもらったくらいじゃ止まらない。私はわなわなとふるえながら、さらにカリブロンに向けて言葉を投げかけた。

「分家だとかなんだとか……! この方が、どのような思いで今の立場にいるかご存じなんですか!? それに中途半端だなんて……!! この間も、どんな大変な戦いだったか、ご覧になってもいないでしょうに……!」

「……ああそうか、『オーアインの聖女』には【千里眼】があるんだったか……」

 私の台詞に、カリブロンが怒りと動揺をおさえた様子で返答する。そこでまたアレクが「ミレーナ様、これ以上は……!」と肩をすってくれたけど、それでも私は止まれなかった。

 推しをバカにされたのが許せなかったのだ。それも、アレクをよく知ったうえで批判するのとはちがう。彼のやっていることを知りもしないで、的外れなことばかり言って彼の価値を下げようとしたのが許せなかったのだ。王族だろうが知ったこっちゃない。そんなじんな悪意にアレク一人をさらしておくことは、私にはできなかった。

「アレク様はすごいのに……! いっぱいなやんで、それでも頑張っているのに……!!」

「……ミレーナ様……」

 気付けば、私は感情がたかぶりすぎてあやうく泣きそうになっていた。目の奥が熱くて、まぶたの周りがうるむ。呼吸が浅くなって、アレクに支えてもらっている肩がカタカタと震えてしまう。

「……アナタなんかに……! アナタのような人に、アレクシス様のらしさは分からないんでしょうけどね……!!」

「なんだとォ……!?」

 ダメだ、あんましゃべりすぎるとマジで泣きそう。さっきの勢いを失した私は、くちびるを震わせながら台詞ぜりふじみた言葉をしぼすことしかできなかった……が、それはカリブロンにクリーンヒットしたらしい。

 マッシュルームヘアの下の額にピキッと青筋がかぶ。それを見たアレクは「殿下、どうかこの場は」と慌てて口にしたけれど、カリブロンももはや平静をよそおうのは無理そうだった。

「貴様ッ──」

 ドン、と、ふんの形相のカリブロンが一歩をんだ──。



「アレクシスが素晴らしいことなど、僕だって知ってるに決まってるだろうッッッ!!!!!!」


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