清水の舞台から飛び降りて

i & you

世界の終わりと僕の再開

「なぁ、肝試し行こうぜ」

 お調子者の関口は放課後、開口一番そう提案した。

「2時間続きの世界史でどっかおかしくなった?」

 隣の松嶋はすっかり呆れ顔だ。

「どうせTVの怪談特集でも見たんだろ」

 腕を組みながらミサトが可能性を提示した。

「へへっ、バレちまったか」

 関口が頭をポリポリ搔く。僕もそれに同調する。

「面白かったよね、あれ!特にほら、えーっと───」

「『中学校の七不思議!増える階段!動き出す理科室の人体模型!夜中に誰かが廊下にいた?!そして───屋上から飛び降り続ける謎の影!!』って特集だったんだけどさ!」

「あ、そうそう!」

 関口の言葉で内容を朧気に思い出す。

 確か、芸能人が中学校の七不思議を探る、とかなんとか。ロケ地が地元の中学で、しかと女優の○○ちゃんが来ていたとか皆騒いでいたのも覚えている。

 僕自身も一度肝試しとかしてみたいと思っていたので期待とどきどきで胸を膨らませていた。しかし、二人は少し困り顔で関口のことを見ている。何故だろう。

「よく見れたなお前...。よりにもよって学校の怪談かよ...」

 苦々しげにミサトがぼやく。

「?」

 なんのことだろう。怖いのが苦手なのかな。よりにもよって、というのは。

具体的な番組内容を聞いて態度を一変させた彼に、少し違和感を覚えた。

 松嶋に関口、ミサト、それに名前しか知らないけれど那月さん?は小学生からの幼馴染らしい。だから、きっと彼らしか知らない何かがあるのだろう。でもちょっと気になったので、

「あの…」

「それ、那月が聞いたらどう思うだろうな」

「おい松嶋…」

那月さんはホラーとか、肝試しとかが好きだったのかな。それとも?よくわかんないや。

「...じゃあ今回はやめとくか、肝試し。」

 関口は諦めたように、どこか投げやりにそう言った。

 彼らには彼らなりの事情があるのだろう。聞くタイミングを逃しちゃったけど、そもそも詮索するのは不躾だ。なんて考えていると、思わぬところから信じられない言葉が届く。

「いや、僕も関口に賛成だよ」

 ミサトが言う。

中立どころか肝試しに反対だと思われていたミサトが賛成票を投じたのだから、

「な、なんで...」

と、さすがの関口も驚きを隠せない様子だ。

「関口だって馬鹿じゃない。わざわざ今夜に決行するのは考えがあったんだろ?」

「...」

 関口は黙り込む。当然だろう。直前まで自分の意見を否定した人間が、急に肯定へと変じたのだから。でも、これは買いかぶりなんじゃないかな、と密かに僕は思った。肝試ししたいだけなんじゃないの。

「...まぁ、な。」

 関口は歯切れ悪く、言葉を絞り出した。

「じゃあ何時に集まる?」

 ミサトがその様子をニヤニヤと笑いながら提案する。

「あ、あんまり遅いと怖いから9時とか10時くらいにしない?」

 僕は控えめながら意見を表明しておく。

 日付変わると、ほら、丑三つ時とか怖いし。「俺は十二時過ぎくらいがいいと思う。」

 松嶋の提案。遅い時間だな...。まあこのメンバーなら安心だろう、と根拠の無い安心感をどこか抱いているのは確かだけれど。

「なんで十二時?」

 いつの間にか司会進行役を買って出ていたミサトが尋ねる。

「だって、ほら、明日は.......じゃん。だからさ、向こうには明日になってから行こうかなって。」

 上手く聞き取れなかったけれど、どうやら明日はなにか特別な日らしい。だから日付が変わってから行く、と。

 なるほど。僕もどこかでその話を聞いた事があるような気がするけれど、思い出せないや。まぁいっか。

 彼らが幼いときの記念日で、それを又聞きしたとかそんなのかな。

「じゃあ、向こうで日を跨げるように十一時半で。」

 しばらく黙っていた関口が口を開いた。

「了解〜」

「わかった」

「じゃあ、現地でね」

 みんな口々に同意する。

 その後、僕らは他愛もない会話を続けながら帰路に着いた。


 深夜11時半。

 学校の門の前に着く。どうやら僕が一番乗りだ。怪談の、そして肝試しの舞台──かつての母校に来たはいいものの、みんなが来なかったらどうしよう、という不安に駆られる。普段は明るいうちにしか見た事のなかった校舎は、深夜、静まり返り、見渡す限り闇に包まれた状況で見ると、僕の恐怖を喚起するにはあまりある。まるでこれから僕らを呑み込まんとする異形の姿に思えて今すぐ帰りたくなった。帰らないけど。

 何かが動いた気がして、背筋がゾッとして振り返ったけれど、ただ風が吹いただけだった。少なくとも、視認できる範囲に何かが起こった様子は見られない。

 しばらくすると、懐中電灯の光の筋が二つ見えた。この時間にこの辺りにわざわざ来るのは彼らくらいだろう。

 見ると、松嶋と関口が談笑しながらやって来るのが見えた。

 なんだかんだで仲がいいのじゃなぁ、と年寄りじみた感想が浮かぶ。

「あれ、ミサトは?」

 関口は時計を見つつ尋ねる。

「いや、僕だけだよ」

 ほんとどこへ行ったのだろう。時計を見ると、十一時三十二分。すでに約束の時間はすぎている。

 午前中の茹だるような暑さとは打って変わって、夜中の寒さが露出した肌に堪える。

 さむさむ、と松嶋が掌で二の腕を擦っている様子を見て、関口が爆笑していた。

 ははっ、僕も自然と笑みが浮かんできて、

 さっきまでの寒気はどこかへ消えうせていた。「悪い、待った〜?」

 結局ミサトが来たのは十一時四十分を回ったあたりだった。

「おせえぞ」 「遅いね」「何やってたの」

 皆が口々にミサトを責めたてる。

「悪い悪い」頭を搔きつつミサトが悪びれる。

「じゃあ揃ったし、行こう」

 松嶋が音頭をとる。

「ちょっと待った」

 関口がやたらと大きなリュックをガサゴソと弄りだした。

 なんだろう、と覗き込んでみると、不思議な紋様の書いた御札?や大きな撮影機材が入っていた。

「せっかく来たんだからさ、撮れるとこ撮っとかないと」

 そういえば関口は撮影に来たという女優のファンだったか。いわゆる聖地巡礼、と言う奴なのかもしれない。

「なにこれ」

 御札らしき何かを指さして松嶋が疑問符をうかべる。

「あぁー、これはね、」

 どこか自慢げな関口。

「なんと、幽霊を、実体化できます!ぱちぱち!」

 本当ならとんでもない品じゃないか?!とんでもないアイテムの登場に、胸を高鳴らせる。いや、この道具に興奮しない男はもはや男ではない。

 けれど2人は訝しんでいるようだ。

「ほんとかー?」

「信じられないね」

「まぁまぁ、任せなさいって。」

 どこからその自信が来るのか、や御札の真偽はさておいて、どうやって入るか、何処を通るか、という説明はミサトからあった。なんだかんだでやるやつなのだ、あいつは。

 御札は一枚しかないそうで、誰が持つかは辞退した僕を除いた三人でジャンケンした。

 だってさ、怖いもん。ちょっと触って見た感じ、普段使う紙とは違う質感で驚いた。

 じゃんけんは、ぐー、ぐー、ぱーでミサトが持つことになった。

「任せたぞ」

「もちろんだとも、任せたまえ」

 どことなく偉そうだ。

 まずは、正面玄関から二つ右に行った教室の窓が開きっばなしなのでそこから入るらしい。さては、下見をしに行ったから遅れたんだな、ミサト?

 その、正面玄関から右にふたつ行った教室は理科室だった。

 そもそもが真っ暗な上、ホルマリンに浸かった魚や豚の目玉──理科教師の趣味らしい。僕らの頃からあった。昼でも怖い──があったりするので、結構怯えている。主に僕が。

 懐中電灯を付けると外から見た時にバレるので、できるだけ月明かりだけで乗り切ろう、と決まった。やっぱり来るの辞めればよかったか。今日が満月なのは幸いだけど。

 そこまで考えた時、横でガラッ、と音がした。どうやら横にあった人体模型を倒してしまったらしい。

「やべっ!」

 慌てて僕は直そうとするけれど、上手く持ち上がらない。他の三人がどこにいるか、暗くてよくわからないけれど、みんな内心怖がっていたのか、倒れた音がした途端に、全力で入口へと走って行った。怖い。置いてかないで。慌てて僕も走っていく。

 理科室を出たところで彼らは待っていた。

 どうやら、出る過程で焦りすぎて、松嶋が転けてしまったらしい。

「大丈夫か?」

「あぁ、怪我はしてないし、ちょっと痛いだけ」

「全く仕方ねぇな」

 ほらよ、と関口が手を伸ばす。

 その手に縋って、松嶋は立ち上がる。

「じゃあ、次は階段登ろうか」

 ミサトの提案により、理科室の隣にある、二階への階段を登ることとなった。

「し、しかし怖かったよなぁ〜」

「人体模型動いたじゃん」

「倒れたけどな」

「誰が倒したんだ?」

「俺じゃねぇよ」

「嘘つくなって〜」

「う、嘘つくわけねえだろ」

 あ、それ僕のせいだよ、とそう言おうと思ったけれど、やめた。

 なんとなく、夢を壊したくなかったのだ。

 暗すぎて、近くにいた関口ですら僕がぶつかった様子を見てなかったようだし。

 そうこうするうちに階段に辿り着く。

「じゃあ、段数数えよっか。確かめる手間もいるし、二組に分けよ」

 どこか楽しげなミサトの提案で、僕と関口、三郷と松嶋というグループ分けになった。「僕らが先上がるね〜」

 いち、に、さん、と数えながらミサト達は階段を上がって行った。

「じ、じゃあ僕らも行こうか」

 僕も声をかける。

 いち、と言おうと思ったら、

「痛っ」

 一段目の手前で関口に足を踏まれてしまった。そのまま、に、さん、と数えていく。このままいくと段数が増えているだろう。僕の足をカウントしているのだから。

 踏んでたぞ、と言おうとして、待てよ、と思い直す。怪談は見間違いや偶然から生み出される、と聞いたことがある。まさにその現場に居あわせることが出来たのはラッキーだ。

 ということは、階段の怪談は僕によって生み出されるわけだ。ちょっと嬉しくなってトントンと小気味よく階段を登っていく。

「何段だった?」

 ミサトが聞いてくる。

「28段。」

 関口が答える。

「え、俺ら27段だったよ!なぁ」

「うん。」

 やっぱり。

 登った先は、もう1階分登れるようになっている。登った先は、屋上。

 一足飛びに屋上へ行くのは野暮なように思われて、別館へと繋がる廊下の方へ行くことになった。

 ゾロゾロと連れ立ってかつての母校を歩く姿はなんだか異様なような滑稽なような、そんな相反する感想が浮かんだ。

 光の筋が不意に廊下の向こう側から伸びてきたので、とても驚いて、みな慌てて近くの教室に入ろうとした。しかし、鍵が空いていなかった為、その影と出くわすこととなった。

「け、警備員さん...!」

 僕達が在籍していた頃から勤めている警備員さんが、夜のパトロールをしていた。

「なんだぁ〜」安堵して胸を撫で下ろしたのは束の間、今度は警備員さんから質問を受けた。「君たち、ここで何をしている!」

「す、すみません。さ、撮影に使ったと聞いて、肝試しをしたくなったんです。」

 反省しているふりをした三郷が応対した。

 下を向いて、少し泣きそうな表情を演出しているが、口元に浮かんだ笑みはここからでも見えた。「そうか。早く帰りたまえ!まったく、けしからん。最近の子供は。」

 満足したかのように立ち去ろうとした警備員さん。しかし、次の瞬間振り返って

「おい、ちょっと待ちなさい。君たち名前は?もしかして、瀬戸くんの事件となにか関係があるのかね。」

「やべっ」

 ミサトはいち早く走り出していた。慌てて屋上の方に駆け上がる彼の後を、みんなで追って行く。1度階段の下に降りるふりをして、踵を返して屋上のほうに上っていく。

「こらっ!待ちなさい!」

 警備員さんはしかし、年の衰えには勝てなかったようで、下りの階段の前で息を切らし、一歩一歩歩いて降りていった。

「おい、なんで警備員が那月のこと知ってんだよ」

 関口が疑問を投げかける。

「そりゃ、有名だからね。ど田舎の中学校で飛び降り自殺、なんて。」

 どこか冷ややかな笑みを称えてミサトが答えた。え、と僕は思わず言葉が飛び出た。

「飛び降り自殺って?」

「そうじゃなくて、なんで俺たちと那月の

 繋がりを知ってんだよ」

 関口は苛立ったように、声を張り上げる。

「しっ、また見つかっちゃうよ」

「ちっ、わかったよ」

「そりゃ、わざわざ夜中に学校に忍び込むなんて、それに値する何かがないとやらないからね、普通。だから、何かしらの関係者だとか思われたんじゃない?」

 普段とは打って変わって、人を小馬鹿にするような喋り方の松嶋。

「んで?犯人探しにきたとか思われてんのかな」

「んなわけないのにな」

「間違いないや」

 ハハッと三人が笑う。

 待ってくれ。頭の中で何かが引っかかる。

 口振りからして、その那月さんは死んでいて、その死に彼らは関わっているのか?

 それに、いつもとはあからさまに違う、彼らの態度。頭が痛い。どうしようもなく、痛い。

「あの日、那月を殺したのは俺達なのによ」

 パリン、と音がして、蛍光灯が割れた。

 その事に皆が怖気付く。

「とりあえず上へ上がろう」

 ミサトの提案に従って、おそるおそる階段を上る。

 殺した?今殺したと言ったか?

 友達が、人殺し。その事実に計り知れないほどの衝撃を受けた。ましてや、僕以外の全員が。これ、もしかして僕やばい?

「関口、ちょっと。声出すと聞こえちゃうって」

 松嶋が諌める。

「だから、悪い悪いって」

 みんなの口調は気づけばいつも通りに戻っており、だから会話の内容以外はいつもの教室のようで、それがかえって異質に思えた。

「せっかくだし、月だけでも撮っていこうか。」

 屋上に着くや否や、ミサトが三脚の設置を始めた。

「動画も撮っちゃう?」

 ミサトが、ビデオカメラをこちらに向けて構える。

 写っているのは、関口、松嶋、そして、僕。

「?!」

 何かに驚いたミサトがビデオカメラを取り落とした。

「おい、どうした」

「あ、あ、あ、あれ」

 顔を青白く染めた三郷がこちらを指さす。

 しかし当然、そこには何も無い。

 御札の効果は、触った時間が多いほど発揮されるのかな?

 というわけで御札を取りに行く。ちょこっと触れただけで、人体模型や関口の足に触れることくらいは出来るようになった。ということは、これはホンモノ、と。ただ、カメラに写ったのは少し想定外かな?まぁ、昔から鏡に幽霊は憑き物だし、仕方ないか。

 カバンを漁って御札を見つける。ぐっと握りしめて、練習した通りの満面の笑みを浮かべる。

 心の中で3、2、1のカウントをして、くるりと振り向く。

 月明かりの下、地面に這いつくばって怯えている高校生達を相手に、1人だけ場違いな程穏やかな声を演出する。

 さて、今この時間は、僕だけの時間だ。

「久しぶりだね、みんな。

 とは言っても僕はずっと見てたんだけど。

 ほら、覚えてない?

 君たちが突き落とした親友、

 瀬戸那月くんだよ?」

 全て思い出した。僕は、那月。瀬戸 那月という。2年前の今日、ここで彼らによって突き落とされた、かつての中学三年生である。

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