第一章 ハッピーエンドから始まるラブコメ その5

 姉貴から解放されて下校していると、

「ん?」

 丁度校門を抜けた辺りで、前を行く華風院が目に入った。姉貴の暴走や廃校について、ふと彼女の意見を聞いてみたくなった俺は、駆け足で歩み寄ってみる。

「よ、さっきはお疲れ華風院」

「あ、どうも香坂さん。お疲れさまです」

 ぺこりと丁寧なお辞儀。

「こっち歩いてるってことは、駅に向かってるってことだよな」

「そうですね」

 双葉学院の生徒の殆どは電車通学であり、下校の際はまず学校から徒歩十分ほどで着く最寄り駅、かしまつ駅を目指す。逆にそれ以外の生徒はほぼチャリ通なので、双葉学院の生徒は徒歩=電車通学というイメージが強かった。

「俺も同じなんだが、よければ一緒していいか?」

「ええ、構いませんよ。暇でしたし」

 ふー、断られなくてよかった。……あれ? 何気に俺、女子と二人きりで下校なんて青春的シチュエーション、初体験なんじゃね──

「……今、『人生で初めて一緒に下校する女の子が、よりによってこんな地味っ子とは。ま、身分相応にスライムから経験値あげろってことだよな。ようし、いつかはドラゴン!』的なことを考えてましたね。香坂さんの平凡よりやや下目のステータスでドラゴン狙いは大分無謀だとは思いますが、スライムなりに応援してますので頑張ってください」

「そんなこと、考えてるわけねぇだろ。何だよ、スライムなりの応援って。逆にされてみたいわ」

 それと、さりげなくディスられてなかった?

「つーか、俺が女子と帰るのが初めてって何で決めつけられるわけ。初めてどころか、丁度華風院で二桁突入しちゃってるし」

 まぁ初めてなんですけどね。ここで強がりたくなるのが、男ってもんなんだよ。

「そうですか。……では九番目はどなたで?」

「ええっとそれは──中学の時席が隣だった子で──」

「ほうほう。では八番目は?」

「それはだな……高一の時、掃除当番で一緒になった──」

「はて、九番目が中学で、八番目が高校時代の話となると、矛盾してませんか?」

「あっ……」

 勢い任せで口を動かしてたからやらかしてしまった。めっちゃハズい。

「ちなみに……わたしはもちろん、男子と二人きりで下校するのは初めてです。ですから地味に今、緊張してます」

 主張するように小さく手を挙げた華風院が、照れ隠しなのか顔を少し背ける。

「へ?」

 何だよ、そのかわいらしい反応。不覚にもちょっとドキッとしたじゃ──

「地味っ子だけに。ぶふっ」

 いや、ほんとに何なの、この人。雰囲気は本人が言うとおり大人しめで地味だけど、口を開くと個性の化け物じゃん。

 俺達は、横に並んで駅に向かい始めた。一応俺は車道側。まさか、姉貴が悪酔いした時にし始めるエスコートの教育が役に立つ日が来るとはな。何でも覚えとくもんだ。

 ただ、その二人の間に木一本分くらいの間があるのは──ま、初対面の男女の距離なんてこんなもんだよな。警戒されてるとかそんなんじゃなくて……。

「そういえば田辺先生って、香坂さんのお姉さんだったんですね」

「まぁな。結婚して苗字は変わってるが、悲しいことに血の繋がった実の姉だ」

「なるほど。恐ろしく似てませんが、二人の空気から仲のよさは伝わってきましたよ」

「はは、似てないってのは言われ慣れてるよ」

 仲がいいのかは知らんけど。

「姉貴はこの学校の出身でさ。荒れてた姉貴を変えてくれた恩師に現旦那、今でも仲のいい友達と出会ったのもこの高校だったりと、まぁ双葉学院に対する思い入れが人一倍強いんだよな。どれくらいかつーと、卒業後教師になって母校に戻って来ちゃうほどに」

「きっと、とってもいい青春を送られたんでしょうね。そうした生徒が今度は教員になって双葉学院の門を叩いた。祖父も教育者冥利に尽きるのではないでしょうか」

「ああ。幼くて、あんま記憶にないけど、当時の姉貴は毎日楽しそうにしてた気がする」

 実は俺が中学時代に進路で迷っていた時この学校を受けようと思ったのも、姉貴の勧めがあったからだったり。だいたい、中坊ごときがどこの高校に進むのが一番ベストだとかわかるわけねーもんな。俺の周りもただ何となくで決めてた人が殆どだったし。

「だからなんだ、今回の件に関してはいつも以上に熱が入りすぎて、華風院には迷惑かけちまうかもだけど、その身内としては、大目に見てもらえると助かるつーか」

「はぁ……」

 そう淡泊に頷いた華風院は、何故だか関心を持つような目をじとーっと向けていて、

「ど、どうしたんだよ? その何か言いたげな視線は?」

「いえ、ただ香坂さんって意外とシスコンなんですねと」

「はぁ!?」

 今の話で何でそうなるんだよ。俺はただ、自分が抜けようと考えてる分、華風院に負担がいくから、先に詫びておこうと思っただけで──

「いえ、お姉さんの話をしていた時の香坂さんとっても楽しそうな顔をしていましたので」

「してねぇから!」

 ったく、マジで何なんだよこの人。さっきから話す度に調子を狂わされてる気がする。疲労感がはんぱない。もしかして、一緒に帰るのは選択ミスだったか?

 まー俺はさっさととんずらするつもりだし、彼女とこんな深く絡むのも今日が最初で最後だろうから、これも一つの人生経験ってことで割り切りろう。

 悪く思うなよ華風院。俺にとっては双葉の廃校どうこうよりも、自分の将来の嫁探しの方が百倍重要なんだよ。

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