契約成立

「なんで驚くのよ。せっかくこの超絶美人のりん様が告白してるのに。ちょっとは顔を赤らめたりしなさいよ。嬉しそうにしなさいよ」

「お前、俺のさっきの言葉ちゃんと聞いてたのか?」

「もちろん。ってかそのそっけない返事、傷つくなぁ」

「はいはい。またまた御冗談を」

「今度のは冗談じゃないよ。本気だよ」


 太ももの上に置いていた手の上にりんの手が重なり、ぎゅっと握られる。本気だよ。その声が鼓膜を叩き続けている。彼女の大きな瞳になにもかもを見透かされているような気がした。


「あ、ごめんごめん。本気って言っても、奏平が思ってるような本気じゃないの。さっきのは本気の告白であって本気の告白じゃない。奏平には、私の彼氏のフリをして欲しいの」

「彼氏の、フリ?」

「そう。彼氏のフリ」


 ようやく手を離してくれたりんは、得意げに胸を張った。


「どう? スパイみたいな感じでドキドキしない?」

「しねーよ。子供じゃあるまいし。ってかそもそもなんで俺とりんがつき合ってるフリをしなきゃいけないんだ?」

「メリットなら双方にあると思うよ」


 白い歯を光らせたりんの顔は、完全に悪人のそれだ。


 とりあえず話しだけは聞こうと、奏平は目で続きを促す。


「じゃあ、まず奏平のメリットからね。それは私とつき合えること。私ってほら、この神凌町で、いや、この県で一番の美人じゃない? ってか日本屈指よ」

「悪いけど、俺には連れてる女をファッションにするような趣味はないぞ」

「そうじゃなくて、私とつき合ってるってことは奈々から告白されないってこと。どんなにその子が恋に積極的で強気な女でも、つき合ってるのが私なら諦めるに決まってる。この絶世の美女に勝てる要素がないんだから。奈々なんて特にそうでしょ? あの性格的に」


 したり顔でとんでもない自惚れ――納得の事実をりんは言い放った。


 たしかに、その通りかもしれない。


 奏平は、仮に自分が女だとして、好きになった人がりんとつき合っているとしたら当然のように諦めるだろうと思った。こんな美人になんて敵わないと、応援すらしてしまうかもしれない。


「りんってさ、結構いろんなことを客観的に見てるよな」

「美人に産まれりゃ、そうでもしないと生きてけないのよ。その点、みんなといる時は気が楽ね」


 苦笑いを浮かべたりんは、今、過去の苦労でも思い出しているのだろうか。


「そりゃご愁傷様です。……でも、俺のメリットは分かったけど、りんにメリットがない」

「どうして?」

「だって、りんほど可愛かったらどんなイケメンでも落とせるだろ? 俺とつき合ってるフリなんてしたら青春を謳歌できないじゃん」


 ぼふっ、っと噴火してしまいそうなほど、りんの顔が真っ赤に染まった。


「もう。奏平のそういうところ嫌いじゃないけど、いきなりは止めてよ」

「自分で言うのは照れないのにか?」


 そうからかうと、りんが「うざっ」と睨んできた。


「私のメリットは、彼氏がいるって感情を疑似的に味わえることよ」

「は? それになんの意味がある? それこそお前の美貌を使ってほんとの彼氏を作った方が」

「私さ、興味ないの。恋愛に」


 うくぅー、とりんは大きく伸びをする。制服が持ち上がって、中の黒いTシャツがちらりと見えた。


「だから、本当につき合うとかは面倒なの。でも、色んな表情はできるようになっとかないといけない。彼氏がいることで得られる感情は、きっとモデル活動の足しになる」

「え、モデル?」

「あれ? 知らなかった? 私、小さいころからモデルになりたかったの。今度オーディション受ける予定もあるし」


 りんはポケットからスマホを取り出し、奏平の方に画面を向けて突き出した。そこには、奏平でも知っているような芸能事務所のオーディションサイトが表示されていた。


「そっか。すごいな」


 素直に感動する。


 きっと、りんならあっという間に雑誌の表紙を飾り、華々しいランウェイを歩き、テレビにもひっぱりだこになるだろう。こんな田舎で埋もれるなんてもったいない。


 りんは、そういう逸材だと思う。


「きっと、りんならなれるよ。トップモデル。雑誌とか絶対買う」

「ありがと。毎回百部は買ってよね」

「そんなこと言わずに百万部買ってやるよ」

「じゃあ毎回ミリオンセラーだ」


 くしゃりと笑いながら、りんがスマホをテーブルの上に置く。


「で、私の彼氏のフリ、してくれるの? してくれないの?」

「そう、だな」


 奏平は、奈々と利光のことを考えていた。彼氏のフリ、か。机の上に視線を落とすと、暗転しているりんのスマホの画面に写る、引きつった笑みを浮かべる自分と目が合った。


「それ、本当に俺でいいのか? 利光の方がイケメンだし、りんにはお似合いだと」

「奏平にするって私が決めたの」


 その声に込められたものが、奏平の戸惑いを吹き飛ばす。


 りんがそれでいいというのなら、こんな願ったり叶ったりの提案を断る理由がない。


「どうなの? やるの? やらないの?」

「分かったよ。やってやる。りんの彼氏のフリをしてやるよ」


 威張るように鼻を鳴らすと、りんから冷たい目を向けられる。


「なによその上から目線」

「俺は頼まれる立場だからなぁ」

「うざっ」

「百万部買ってやるパトロンだぞ」

「どうかお願いします奏平様ぁ」


 けらけらと笑うりんを見ていると、これが最善策だと納得することもできた。


「あ、でもさ、つき合ってるフリしてるからって、本当に好きにならないでよ」

「ならねぇよ。でも、もし仮にそうなったとしたら、俺の方から告白するわ。一応、俺も男だし」

「つまり、契約成立ってことね」


 りんが差し出してきた手を、奏平はがっしりと握った。

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