広辞苑記念日


 ~ 五月二十五日(火)

    広辞苑記念日 ~

 ※碩師名人せきしめいじん

  有名だったり人徳があったり

  知識があったり、まあそういう人。




「三日目の四教科がヤバい」

「三日目の四教科がヤバい」

「だから言ったんだ」


 我がクラスのテスト期間名物。

 教室窓側一番後ろの方で突如始まる。


 四人程の、どないしよの舞。


 いや、これを称して言うんだな。



 てんてこまいと。



 そんな舞を踊るメンバーの内一人。

 ドジョウ掬いルックが良く似合うこいつは。


 いや待て。


「……似合ってどうする」

「お、お母様直伝……」

「ほんとあの人、無駄に日本文化に詳しいよな」


 飴色のさらさらストレート髪を手ぬぐいにすっぽり隠して。

 口の周りを水色に塗った。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 ざるを両手に踊ってる暇があったら。

 とっとと机に向かえ。


「おい立哉! ヤマ教えろ、ヤマ!」

「そうだそうだ~! まさか、自分だけいい点取るきか~?」

「やかましい。なんもせんでも俺だけいい点取っとるだろうが」

「うわー! いやみよいやみ! やなやつなのよん!」

「そ、それには同意……」


 ああもう面倒だ。


 俺は仕方なくノートを一枚破って。

 ヤマを書いて。


「それ一枚だから」


 四人の亡者の頭上に放ると。

 途端に始まるあさましい奪い合い。


「こらひっぱんじゃねえ!」

「誰にも渡さん~!」

「あたし不利!」

「あ、そんなに引っ張ったら……」



「「「「ああああああああ!!!」」」」



 かくして。

 ヤマは文字通り四散して。


 それぞれが意味を成さない紙片を手にして呆然とする。


 囚人のジレンマとはちょっと違うが。

 自分の利益しか考えないと。


 悲惨な結果が待ってるもんだ。


「……いや、まてよ? 合体させればいいじゃねえか」

「ちっ。気付いたか」

「それだ~!」

「じゃあ四人の紙をくっ付けて!」

「書いてあるものは…………」



「「「「富士山」」」」



 ああもう、大笑いしながら掴みかかってくんな。

 怒るか笑うかどっちかにしろ。


「そしてお前はわたわたお返し探してねえで勉強しろ」

「お、お返しじゃなくて、脅迫の道具……」

「なにそれいてっ!」


 俺を叩いた秋乃の得物。

 文化祭で使った模型の剣。


 それをボンクラトリオにも配ったかと思うと。

 途端に始まる四人連弾。


「いていていていて」

「「「「おしえろおしえろおしえろおしえろ」」」」

「いていていてふざけんな!!!」


 教室の後ろまでエスケープ。

 そして本棚に入ってた広辞苑でなんとかガード。


「ふっふっふ! ペンは剣より強し!」

「どこがだよ」

「いてえ! 突きをからめて攻撃すんな!」

「げ、下段もがら空き……」

「脛はやめい! ほんとこんなことしてたら勉強時間無くなるぞお前ら!」


 先生も、こいつらの面倒は俺に任せっきりだから。

 何とか勉強させにゃいかんのだが。


 もう、放っておいて帰りてえよ。


「一教科一時間! それで百点取れるように教えろ! そうすれば解放してやる!」

「てめえこの野郎」

「いいや、一教科十分の四セット~! 俺、それしかもたない~」

「バスケか」

「そんな事よりカンペ作って欲しいのよん!」

「てめえは一分たりとも勉強しねえ気かよ!」

「に、日本には五人組という制度が……」

「うはははははははははははは!!!」


 得点シェアしたら全員赤点になるわバカ野郎。


 ああもうしょうがねえな、この手は使いたくなかったんだが……。


「……テストでいい点取れたら、メシ食わせてやろう」

「「「「え?」」」」

「駅向こうの、焼肉苑」

「「「「まじか!!!」」」」

「だから真面目に……」

「「「「それならなおさらヤマ教えろ!!!」」」」

「どうしてそうなるう」


 涙目の俺に降り注ぐ剣。


 もうだめだこいつら。

 さすがに放っておこう。


 とは言え。

 未だにぐずるこいつだけはきつ目に折檻だ。


「舞浜母にも頼まれてるからな。お前はちゃんとやれ」


 俺は、秋乃から剣を奪い取って。

 頭をぽかりとやろうと振り上げたんだが。


 こいつは素早く俺から広辞苑を奪い取って。


「えい」

「ごはあっ!!!」


 可愛い顔してどうしてそうパワフルなのやら。

 一撃で意識を失うクリティカルを眉間に叩きつけて来やがった。


「……こら舞浜。俺たちの広辞苑を広辞苑で叩きのめしてどうする」

「ペ、ペンは剣より強かった……」

「仕方が無いから真面目にやるのよん」

「うえ~!? やだ~!」


 ……奇しくも。

 俺の知らない所で自力で頑張った四人は。

 随分遅くまで勉強していたようだが。


 その代わりに、俺は一分たりとも勉強できず。

 気付けば保健室のベットで…………?


 あれ?

 保健室じゃない。


「……うそだろ?」


 目を開いて飛び込んできた光景は。

 いつも見慣れた廊下からの眺め。


 しかも、視線もいつも通り。


「え!? どうやって立って……、あれ!?」


 テスト期間中。

 静まり返った校舎内。


 俺は、カラスの声が聞こえる薄暗がりで。


 一人、呆然と立ち尽くしていた。




「まさか! 自分でここまで歩いてきたんじゃねえよな!?」




 俺の叫び声に。

 返事をしてくれる人は誰もいなかった。

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