第6話 携帯ゲーム機

 MIPが友達に語りかける。


「ねえ、君は携帯ゲーム機持ってる?」

「持ってないですね、MIP先生はお持ちなんですか?」

「いや、これから買おうと思ってさ」

「何かやりたいゲームがおありで?」

「怪物狩人っていうゲームが気になってね」

「怪物狩人、面白いらしいですね。有名ですよね」


 そして数日が過ぎた。


「君にこれを授ける」

「これは携帯ゲーム機ではないですか!」

「そう、これはどう見ても携帯ゲーム機。でも中身はただの携帯ゲーム機じゃない」

「つまり……?」

「既に怪物狩人がインストールされている」


「怪物狩人は、怪物みたいな狩人が身の丈を超える武器を腰を痛めそうに振り回して、超大型の野生動物を狩るゲームだ。武器は14種類もあって──」

「要するに、これをやれということですか?」

「そういうこと。マルチプレイも出来るから、一緒にやろうよ」


 そして十日程が過ぎた。


「今この家にいるSPを呼んで、全員」

「ついにやるんですね?」

「うん、やるよ。うれしそうだね」

「仲間が増えると思うと、それはもう。夜な夜な準備を進めた甲斐がありました」


「1、2、3……11、12、よし全員整列しているね。では、君たちにこれを授ける」

「これは携帯ゲーム機ではないですか!」

「そう、これはどう見ても携帯ゲーム機。でも中身はただの携帯ゲーム機じゃない」

「つまり……?」

「既に怪物狩人がインストールされている」


「怪物狩人は、怪物みたいな狩人が身の丈を超える武器を腰を痛めそうに振り回して、超大型の野生動物を狩るゲームだ。武器は14種類もあって──」

「要するに、これをやれということですか?」

「そういうこと。マルチプレイも出来るから、一緒にやろうよ」


 数人のSPが一歩前に出た。


「私はこれを個人として所有し、怪物狩人を日々プレイしております。MIP先生とプレイするのは非常に光栄ですので、私個人が所有するデータでフレンド登録させていただきたいと──」

「ダメ。君たちにとってこれは公務だから。私物を使ってもいい業務もあるけど、これは私物を使っちゃダメ。アカウントやフレンド登録について公私混同になっちゃうから。公務アカウントでセーブデータを最初から作ってもらわなきゃいけないのは申し訳ないと思うけど、何とか頼むね」

「おっしゃるとおりです、軽率でした」


 MIPが続ける。


「君たちにとって、本来業務は警備であるが、この怪物狩人は推奨業務である。だから、この家で警護に当たっている際にも随時怪物狩人に励んでほしい。また、この携帯ゲーム機を家に持ち帰って個人として怪物狩人をプレイすることについては問題ないけど、公務アカウントだからネットを介したマルチプレイは認められない。ソロ、SP同士で私的に持ち寄って、あるいはこの家に早出居残りをして直接通信でゲームをすることは、持ち帰り残業ではなく自己啓発として奨励するよ。もちろんやらなくても仕方がないけど、面白いからぜひ一緒にやろう。いち狩りいこうぜ」


 これが三交替シフトで三回行われた。MIP、友達、12人×3組で36人のSP、合計38人の狩人が誕生した。



 昨今のゲームに違わず怪物狩人もマルチプレイが盛んであり、マルチプレイが前提というコンテンツも存在する。MIPと友達は、暇さえあれば手近なSPを捕まえては怪物狩人を持ちかけている。MIPがふらっと空き部屋に立ち寄って様子を見ると、非番のSP達は床に座ったり壁によりかかったりして怪物狩人をプレイしていた。


「──!MIP先生!?」

「どうしたんですかこんなところに!」

「どうしたって、ここ自分の家だよ。何かおかしい?っていうか今、人ん家の部屋をこんなところって言った?」

「あっ、いや、それは、その!」

「いやいや気づかなくてごめんよ、君たちはこういう何もない部屋で待機したり交代したりしてたんだね。近いうちに何とかしよう。君たちも使いたいものがあったら何でも持ってきてよ」


 「空き部屋」は、もうどこにも存在しなくなった。そこにあるのは「狩り部屋」だった。ゆったりとした二人がけのソファが二つ、対面に置いてある。間にはローテーブルがあり、コンセントが左右に四つずつ配置されている。会議用のデスクが設置され、椅子が四つ置かれている。パーテーションの奥にはマッサージチェアが二つ置かれていて、寝袋を敷くことも出来る仮眠エリアとなっている。その奥には個室シャワーとサウナも設置された。

 やがて、ダーツボードやビリヤード台も運び込まれ、バーカウンターが設置された。カウンター後ろの棚には数多の未開封ソフトドリンクが置かれている。ただしこれらは雰囲気作りの展示品であり、実際に供されるものは冷蔵庫の中にある。冷蔵庫からなくなったら、展示品から補充する。冷蔵庫への補充や冷蔵庫から取り出してグラスに注ぐのはもちろんセルフサービスだ。ソフトドリンク代などのため、月会費を集めることになった。食材さえ準備すれば、王宮家政官の好意によって調理され、提供されることになった。


「MIP先生は、これを全てお小遣いで整備してくださったのですか?」

「まさか。多目的維持費と家具等更新費で落としたものもあるけど、主には新たに要求した特殊警護部福利厚生費という予算から出ているよ。詳細は国会の議事録に記載されているはずだから、今さら隠したりはしない。お小遣いで整備したのは携帯ゲーム機と怪物狩人だけだよ」

「携帯ゲーム機のソフトウェア部分は公務アカウントですが、ハードウェアはお小遣いで整備なさったのですか」

「あればっかりはどう頭を捻っても経費で落とせそうになくてね」


「いいかい、運用方針を確認するよ。この狩り部屋はMIPがMIPの家を、SPの福利厚生のために整備した部屋だ。ここはMIPの家だけど、非番であってもこの部屋いてくれて一向に構わない。ただし当然、ここにいても時間外労働手当は付かない。緊急事態にはここから出動してもらう。MIPの家ではあるけれども非番でここにいるときは外にいるときの規定が適用されると思ってね」


 ついには勤務が終わったら狩り部屋に篭もり、個室シャワーを浴びて仮眠エリアで睡眠をとり、王宮料理官の料理に舌鼓を打って携帯ゲーム機で狩りを行い時間になったらまた勤務に入るという、住み込みSPとなる者まで現れた。



「『特殊警護部福利厚生費、福利厚生を手厚くすることでSPの士気高揚を計ると共にSPを家に囲い込み、これをもってより強固な警備を実現する』か。相変わらず君は悪知恵が働くね」

「役人というのはこういうものですよ。ただ、ならばと言ってSPの定員を減らされそうになりました」

「どうやって切り抜けたの?」

「特殊警護部長に一言、既に最低人数であるからこれ以上は減らせないと言わせれば、それで終わりです」

「やっぱり役人って連中は、ホントにもう……」

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