第47話 雪まつり

「な、何だか、アガサ先生が怖いんだけど……」


 翌朝、僕は目が覚めるとみんなと一緒に遅い朝食を食べた。

 一人席が離れているアガサの周囲だけ気温が低くて、誰も近づけないでいる。


「え、えっと、か、カイン隊長が黙って出ていってしまったみたいで、怒っているようです」


 ディアナはアガサに聞こえないように、こそっと僕たちに教えてくれた。

 一晩寝たら完全回復したみたいだ。


 ディアナが悪魔たちを一時的に撃退してくれたおかげで、タツマ達が応援を呼べたので僕とミカエラは帰る前にすぐにお礼を言った。

 ディアナは照れて大したこと無いと言っていたが、僕たちにとっては命の恩人だ。

 本当にいい友達を持ったと思う。

 しかも異世界の悪魔と互角に渡り合った戦い、僕たちの世代最強だとみんな認めている。


「そ、そっか。昨日の二人の雰囲気だとヨリを戻しそうだったけどな」

「う、うん、そうだね。仕事してる時のカイン隊長はかっこよかったもんね」


 タツマとサヨもひそひそと話している。

 僕は、ホテルについてすぐに気を失ってしまったので、その後の事はよく知らない。

 強敵を倒したタツマとサヨ、僕の幼なじみたちはやはり凄いと思う。


「確かに、普段のカイン伯父さんはちゃらんぽらんだけど、私は尊敬してるわ。やはり奈落の守り人の長になるべき人よ」


 でも何と言っても、一番はミカエラだな。

 崖から落ちた僕たちが、無事に生還できたのもミカエラの実力だ。


 気を失った僕を担いで、コロポックル達の隠れ家に辿り着いた。

 安全を確保して、僕に回復魔法をかけてくれたし、圧倒的な怪物のウェンカムイも倒した。

 心配かけて怒らせたけど、心の内を話し合ってこれまで以上に親密になれた。

 修羅場をくぐり抜けることも出来た。


 また、惚れ直しちゃったな。

 でも、本当は僕が助けたかったけど。


「そうだぜ! カイン隊長は、やっぱり俺の目標とする男だ! 俺はもっと強くなって最強の英雄王になるんだ!」


 タツマは決意を新たに目を輝かせて拳を握った。

 サヨが熱を帯びた目をしているが、タツマは気づいていない。

 僕とディアナがニヤリとすると、サヨはハッとして赤くなり目をそらしてしまった。


「ふん! 貴様というやつは毎度毎度同じセリフばかり言って飽きんのか?」


 僕たちの席に、ムラマサ、シズとチズがやって来た。

 相変わらずタツマに悪態をつくムラマサに、シズとチズは腰に手を当ててたしなめた。


「若! 今日はケンカをしに来たのではないのですよ!」

「そうですよ! 戒厳令も解けて、雪まつりを予定通り行うから、みんなを誘いにきたのでしょ!」

「ぐぬぬぬ。ま、まあ、そういうことだ。共に悪魔どもと戦った仲として、こ、交流を深めても良いかと思ってだな。その……」

「ええい、まどろっこしい!」


 ムラマサが口ごもりながら僕たちに話をしてしたら、アガサがいきなり怒鳴った。

 僕たちはみんな飛び上がらんばかりに驚いた。


「あんたははっきり物を言いなさい! ああ、もう! あんなクズ男の事は忘れて、パーッと遊ぶわよ!」

「え!? お、お待ちくださ……」

「あうう!? ミ、ミサ先生ぇええ!」


 アガサはディアナとムラマサの腕を取り無理やり連れて行った。

 その後ろでシズとチズは笑っている。

 

「……あ、はは。ところで、クロはどこ行ったの?」

「え? さあ? 朝から見ていないよ。でも、僕とクロはいつも繋がっているからその内に戻ってくるよ」

「そうね。私達も行きましょう」


 僕たちは、雪まつりの会場であるイシカリの町の中心へと向かった。


☆☆☆


 イシカリの町を見下ろす小高い丘の上、転移門の扉が開き、赤毛の悪魔リーナと漆黒のドラゴンが佇んでいた。

 そこに、小さい黒い影が足を踏み入れた。


「……クロ、久しぶりね」


 リーナの笑顔に妖艶さはなく、素顔の儚げな笑みだった。

 クロはふぅっと息をついた。


「やはり、か。雰囲気も顔も違うから始めは分からんかったぞ?」

「てっきり忘れられているのかと思ったわ。私の正体を口にしようとするのだもの」

「う、うむ。スマンかった。だが、真竜テュタイオロス殿が現れて何者が合点がいったわ」

「ククク。我をも忘れておったら、踏み潰してやるところだったわ、小童よ」

「ぬ! そ、そんなことはないぞ! 幻獣王の貴殿を忘れるわけがなかろう!」

「ガッハッハ! 冗談だ」


 クロは身震いをするとテュタイオロスは巨体を揺さぶって笑った。

 リーナも笑っていたが、すぐに顔を引き締めた。


「そろそろ行くわ。あまり姿を消しているとあの男に感づかれるわ」

「……そうか。だが、マリナよ、良いのか? マンジに敵だと誤解されたままでは……」

「良いわ。あの子が立派に育っていれば。ふふ、あの子、少し父親に似ていたわね。隣にいた女の子を守ろうと頑張って……思い出すわ、この世界の敵意から私を守ってくれたあの人を」


 リーナは妖艶な笑顔を貼り付け、その背には悲愴な決意がある。

 そして、転移門へと姿を消した。

 

「クロよ、小僧を鍛え上げろよ? 我と契約できるまでにな」


 テュタイオロスもまた転移門に消えた。

 クロは残され、つぶやく。


「マンジは吾輩に任せよ、マリナ。だから、死ぬなよ」


☆☆☆


 大通りに囲まれた広場では、巨大な雪像がいくつも立っていた。

 このヤマト王国の神獣『ヤタガラス』や神聖教で信じられている『創造神』、同盟国テンジク風の宮殿など様々な雪像が芸術的に設置されている。


 僕たちはみんな、感嘆の声を漏らしながらブラブラと歩いた。


 会場の中心には、雪で作られた舞台で、人ぐらいの大きさのアイスゴーレムの人形劇をやっていた。

 内容は、北の大地エゾの原住民に古くから伝わる神々の恋物語から始まる天地創造の神話だった。


 そして、暗くなってくると魔術師達の光魔法によるライトアップが始まった。

 昼間とは雰囲気が変わって、幻想的でロマンチックになってきた。


 タツマとサヨが並んで歩き、後ろから見ていて、良いカップルだなと思った。

 僕もミカエラと手をつなぎたくなって、手を伸ばそうとしたら間にディアナが入ってきた。


 ちょっと残念だったけど、あんまりがっついて嫌われたくないし、今はこれでもいいかな?


 僕にとっては、ミカエラと近くに一緒にいるだけで気分は最高だ。

 もちろん、ディアナだって大切な友達だ。

 気のおける友達がいるって、本当に幸せなことなんだなぁ。


 昨夜の戦いが、まるでなかったかのように平和で穏やかな時間だった。

 こんな日がずっと続いてほしいと北の大地の夜空に願った。

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