第10話 幻獣契約

 僕はリーと別れた後、急いで家に帰った。


 ミカエラは意外とすぐ近くに住んでいたようで、神社のある林を挟んで反対側の地区同士だった。

 林の中を突っ切って走っていると、神社の境内の前で小さい影がウロウロ行ったりきたりしていた。


「あ、クロ! 僕は、その……」

「む、マンジか! 吾輩は……」

「「ごめん!(すまぬ!)」」

「え?」

「ぬ?」


 僕とクロは同時に頭を下げ、驚いて顔を見合わせた。


「えっと、いじけて情けないことばっかり言ってごめん! せっかく、クロが鍛えてくれるって言うのに、怒って当然だよね」

「うむ、わ、吾輩こそ、カッとなってすまぬ。その……」


 クロは目をそらして、もじもじと地面を引っ掻いている。


「ううん、クロは悪くないよ。僕が悪かったんだから。だから、その、クロさえよかったら、また僕を鍛えてくれないかな? 僕はもう、挫けないから」

「う、うむ。マンジがそこまで言うのならば仕方あるまい。き、厳しくするからな!」


 クロは仁王立ちで腕を組んでそっぽを向いているが、シッポをぴんと立たせてご機嫌なようだ。


「うん! ありがとう、クロ!」


 僕はクロと連れ立って家に帰っていった。


 僕たちは家に着いたのだが、クロは玄関には入らずに立ち止まった。


「マンジよ、ついてくるがよい」

「え? そっちは……」


 クロは僕の方を振り返ることもなく、裏庭にある開かずの古い蔵へと歩いていった。

 僕は一度も開いているのを見たことがなく、クロが何をしようとしているのかよく分からなかった。


 クロが蔵の前に立つと、扉に手を当てて呪文のような何かをつぶやいた。

 すると、開かずの扉はきしんだ音を立ててゆっくりと開いた。


「中に入るがよい」


 クロの後ろについて入っていくと、分厚い埃を被った見たこともない道具類、神聖教風の古びた宝箱、他にも用途のわからない物がいくつも無造作に置いてあった。

 その中の一つの宝箱を開け、中から重厚な装飾のされた一冊の本を取り出した。


「えっと、それは何?」

「うむ。これは、ジョーンズ様の遺した魔導書『幻獣の書』だ。これを与えよう」

「うおお! す、すごい!……って、何も書いてないよ?」


 僕は興奮して魔導書を受け取ったが、何も書いていない真っ白いページがあるだけだった。


「フハハ! 慌てるでない。この魔導書には使い方があるのだ。まずは、その書に魔力を込めてみよ!」

「ま、魔力って……うわ!?」


 僕が本に右手を置いて魔力を込めると、本が輝いて消えた。

 そして、僕の手の甲に不思議な魔法紋が浮かんできた。


「ええ!? な、何が起こったの!?」

「これでその書はうぬの一部となった。『魔本リブラ』と唱えてみよ」

「り、『魔本リブラ』! ……おお!」


 クロに言われた通り、呪文を唱えると魔導書が僕の手の中に現れた。


「呪文を唱えれば魔導書は出現し、もう一度唱えれば消える」


 僕は嬉しくなって、何度も出したり消したりした。

 クロは浮かれる僕の様子じっと見ていたが、神妙な顔つきで言葉を発した。


「マンジよ。これからが本題だ。その魔導書は幻獣との契約に使う。実際にやってみればわかりやすい。その書に手を置けい」


 僕はクロに言われた通り、魔導書に手を置いた。

 そしてクロに言われた通りの呪文を口ずさんだ。


「此処に誓いを。汝は我が身と命運を共にせん。この意に従うならば応えよ」

「うむ、誓おう!」


 クロが応えると、魔導書は輝き、1ページ目が光とともに記された。


☆☆☆


 No.1

 名:ジェームス・T・クロムウェルⅢ世

 種族:ケット・シー

 属性:光

 ランク:B

 相性:S


 妖精島に生息する妖精猫である。見た目は普通のイエネコだが、人語をしゃべり二足で歩く上、王政を布いている。人間を超える知能を持つ者もいるので、猫の王国の文化水準の高さをうかがわせる。


 他にも、クロの絵と魔法陣が描かれている。


☆☆☆


「こ、これは!?」

「フハハ! これで契約が完了した。幻獣によって契約条件は違うが、我輩とうぬは家族だからな。無条件で契約可能だ」

「あれ? この名前って?」

「うむ! 吾輩の本名だ!」

「そ、そうなの? てっきり、黒猫だからクロなのかと……「たわけぃ!」……おふぅん!?」

「吾輩は由緒正しきネコの王家の血筋だ! そのへんのイエネコと一緒にするでない!」


 僕はクロに猫パンチを喰らった。

 クロは心外だというようにプンプン怒っている。


「ご、ごめんよ、クロ。僕は別にバカにしたわけじゃ……あ、おばあちゃん」

「あらあら? 帰りが遅いと思ったらこんなところにいたのかい?」


 祖母が裏庭にやってきて僕たちを見て優しく微笑んだ。

 それから僕たちは家の中に入って少し話をした。


 祖母はクロの正体を知っていたようで、僕がクロの封印を解いてしまったことに驚いていた。

 僕の父には祖父の施したクロの封印は解けなかったようで、どうやら僕には『幻獣使い』としての才能があるようだった。

 父が亡くなった後、クロは祖父と話し合い、僕が本当に困った時に力を貸そうと決めたそうだった。


 今まで当たり前で気づいていなかった。

 僕は心強い家族に見守られていたんだ。

 それだけではない。

 今回のことで、僕は多くの人達に助けてもらった。

 人の持つ優しさに感謝しかできない。

 でも、おかげで辛い現実に向き合える。

 立ち向かう力になる。

 僕はやっと前向きになれた。


 ようやく、僕の学園生活が本当に始まるような気がした。

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