第44話 世界最強の剣神

 カインの死刑宣告に仮面の悪魔は怒りを顕に剣を構える。


「ふざけやがって! 僕と戦うことなく処刑する? それはこっちのセリフだ! 貴様の技はコピーした! 恐れ慄き、死ね!」


 カインは仮面の悪魔の怒りを無視して、ただ無造作に前に出た。

 仮面の悪魔は大きく後ろに跳び、カインの動きに警戒する。

 が、すぐに仮面の欠けた部分から憮然と笑ったのが見えたと同時にカインの目の前に斬り込んでいた。


「は、速い!?」

「違うよ。あれは無拍子、予備動作なしの動きのことさ」


 オサフネが僕たちが揃って見ている場所にやって来て、解説をしてくれた。

 ムラマサたちもやって来て聞き入っている。


 カインがリュウを瞬殺した動きが無拍子、それを仮面の悪魔がコピーしていた。

 さらに、自身の必殺技を組み合わせる。

 だが、カインの構える剣に動きがない。


「僕の必殺技の前に防御なんて無駄だ! 剣諸共ぶった切ってやる! 絶対切断……あれ?」


 僕は動かないカインがそのまま斬られるのかと思った。

 しかし、仮面の悪魔が間抜けな声を出して雪上に転がっていた。


「ぐぬぅ、あの悪タレめ、相変わらずとんでもないやつだ」

「え? どういうこと、クロ?」


 僕だけではなく、オサフネとアガサ以外はみんな分からずに同じように、唸るクロの方を向いた。

 クロは僕たちにも分かるように解説をしてくれた。


 カインがやったことを実際にはただの受け流しだ。

 だが、その域が異次元だったのだ。

 

 絶対切断という悪魔の能力は文字通り何でも絶対に斬ることのできる必殺技だ。

 ただし、当たれば、だ。


 カインは、その一撃がくる速さ、タイミング、その力を寸分の狂いもなく見切り、その威力を完璧に受け流したのだ。

 つまり当たることもなくその力を無力化し、自身の勢いで仮面の悪魔は転がされたのだった。

 何の小細工もない、ただの剣一本の技術で、だ。


「クソクソクソ! 何だ、今のスキルは! 僕の必殺技が効かなかっただと? VRMMOの時にお前を瞬殺した最強技だったのに! なんでだ! お前のスキルも完璧にコピーして改良したのに!」


 仮面の悪魔は理解できずに喚くだけだった。

 自身の優位が崩れたことを認めていないようだ。

 その様子を見て、オサフネは鼻で笑った。


「あーあ、あの悪魔全然ダメだね。武ってやつを何も分かっていないよ」


 今度は呆れ顔のオサフネの解説だ。


 無拍子を完璧にコピーできても、それ以前に攻める気が全面に出ていた。

 つまり達人の前では無力、簡単に行動が読めている、ということだ。

 しかもカインはただの達人ではない、達人の中の達人、武の頂点にいる男だ。

 自分と同じ剣の動きをされたところで、何万、何億と積み上げてきた経験は見るまでもなく読み切れていた。


「……その仮面、邪魔だな? てめえのツラぐれえは拝んでやる」

「な、何だと? ……え?」


 カインはまたも仮面の悪魔の前に立ち、すでに剣を振り下ろしていた。

 悪魔の仮面が真ん中から筋が入り、悪魔は顔を見せまいと仮面を手で抑えた。


「くそ! なんで反応できないんだ! 見えてるのに! でも、問題ない! このスキルも……」

「あん? 猿真似したきゃ、勝手にしろ。今のは真向斬りだ」

「……は? それって、剣道の……ただの面?」


 仮面の悪魔はただ唖然と固まった。

 その顔から仮面がずり落ちてきた。


「アハハ! やっぱ何にも分かってないね。これまでにカインさんの使った技は全部ただの基本技だよ。でも、その基本が極限まで高められているのさ。見たままを真似たって、その技を使いこなす好機が分かっていなければ意味はない。技を真に引き出すのは日々の積み重ねさ。どんな技をコピーできたって、経験値までは真似できないよ。覚えておけ、ムラマサ。基本こそ極意、極められた基本技は武の真髄にして奥義!」


 す、すごい。

 ただの基本の動きだけなのに、こうまで次元が違うのか。

 これが武の頂点、世界最強の剣神!


「まったく気に食わん男だ! 普段のコヤツは女癖が悪い酒癖も悪い、ちゃらんぽらんのろくでなしだが、武というただ一点だけは、いや、その一点だけで世界中の尊敬を集めておる。

世界の理を護る『奈落の守人』の最高傑作にして、異世界の悪魔に対抗するこの世界の切り札、その点だけは吾輩も認めておる」


 天敵というほどいがみ合うクロですらカインを褒めている。

 ずっと静かなままのアガサは……ちらりとだけ見てすぐに見なかったことにした。


「てめえ! そのツラは!」


 仮面の悪魔の顔が顕になり、カインの殺気が一気に膨らんだ。


 あ!

 こ、この顔は……


 唖然としていた悪魔もハッとしてカインに意識を戻した。


「チ、チクショウ! もう許さないぞ! ……え? あれ? 体が動かない?」


 悪魔は立ち上がろうとしたが、体が動かないようだ。

 悪魔の顔の正体が気になったが、それ以上に一体何が起こっているのか。


「よく見ておけ、マンジ」

「え? どういう事なの、クロ?」

「これが、吾輩が強力な幻獣たちに頼らせるだけではなく、うぬを肉体も精神も段階ごとに鍛えてきた理由だ」

「あ、そうか。自分の身の丈に合わない力を突然持ったら……」

「そういう事だ。自分の実力を過信して己の心を鍛えることを怠るようになる。過ぎた能力を使えばそれなりの壁は越えることが出来るだろう。しかし、それが真に己の血肉となっているか?」


 クロの言いたいことが何となく分かるような気がする。

 何でも簡単に出来てしまったら、人は成長しない。

 何かを乗り越えることで、人は成長するんだ。


「真の試練を経験したことが無く、ズルチートをしてラクし下にいる者を見て悦に浸る。楽して生きてきた分、突然大いなる壁にぶつかると、このように簡単に心がへし折れるのだろうな」


 僕は、本気の殺気を放つカインと対峙している悪魔を見た。

 全身がガタガタと震え、完全に硬直している。

 細胞から怖気づいているようだ。

 本能が根源的な恐怖を感じているに違いない。


「てめえら如きのクソなら、この俺がやらなくてもオサフネたちここの旅団に軽くやられていたはずだ。だが、この俺が直々にぶっ殺す。何でか分かるか?」

「ひぃ、や……」


 カインが静かに悪魔に問いかけた。

 しかし、悪魔はガタガタ震えるだけで言葉になっていなかった。


「てめえのツラがその理由のひとつだが、それ以上にてめえらは、やっちゃいけねえことをやった。この俺を本気で怒らせた。ミカに手を出すやつは、万死に値する!」


 カインの全身からさらに闘気が迸り、周囲の雪が一瞬にして蒸発した。


 何て圧力だ!

 周囲で見ているだけの僕でも戦慄する。


 これを直接受けてる悪魔は、恐怖に顔が引きつり失禁している。

 カインが一歩近づくと、悪魔は涙と鼻水で顔がグシャグシャになった。


 またもう一歩カインは近づいた。

 そして、悪魔の目の前に来ると剣をゆっくりと振り上げた。


「ひぃぃぃ!? い、いい、いぃぃぃやだぁぁぁ!? お、おどおざああん、だ、だずげでええええ!」


 悪魔は命乞いの悲鳴を無様に上げた。

 そして、悪魔の下の方から異音が盛大に鳴り響いた。


 あれ、この音……脱糞しちゃった?


「……この世界に来たことを後悔しながら、死ね」


 カインは無表情で剣をそのまま悪魔の脳天に振り下ろした。

 しかし、その剣は振り抜かれることはなかった。


「いやぁ、いくらバカ息子とはいえ、さすがにこれ以上は勘弁してほしいなぁ、カイン?」


 突然、カインと似た顔の男が現れ、カインの剣を止めた。

 世界最強を前に、余裕でニヤついている。

 カインのこの圧力でもびくともしていない。


 何だ、この男?

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