第23話 誘われる

 ―新学期の三日前、半島の某所―


 特殊部隊の部下たちに付き添われて転移魔法で帰っていくミカエラを見送り、俺は一人で半島に残っていた。

 別件で出かけていたせいで大事なところを見守ることは出来なかったが、部下たちの報告で姪のミカエラを見習いだが『奈落の守り人』として渋々認めざるを得なかった。


 まさか、俺が出掛けている隙に、帝国が動き出すとは。

 あのクソ野郎どもやってくれるぜ。


 だが、それを返り討ちにしただけじゃなく、ミカエラが一人でオークジェネラルを倒すとはさすがの俺も予想外だった。

 初めて会った時のあの弱々しい少女がここまで成長するとはな。

 嬉しいような、寂しいような複雑な気持ちだぜ。


「……おい、てめえら、さっさと出てきたらどうだ?」


 俺は愛する姪の成長の感慨にふけりたかったが、不快な気配に苛立ってくる。

 殺気を周囲に撒き散らすと、帝国の暗部たちが木陰から出てきた。


 ヤツラは手に魔道具の水晶を持っていて、すぐに起動させた。

 この魔道具は、通信魔道具の一種で通信相手の姿が空中に映される代物だ。

 その相手が出てきた瞬間、俺は我を忘れて斬りかかろうとしてしまった。


「アハハ! 相変わらず短気だね?」

「……てめえ、そのツラで俺に話しかけんじゃねえ!」


 相手は俺を見て、おどけて笑っていやがる。

 相変わらずヘラヘラして気に食わねえ野郎だ。


「ひどいなぁ。僕たちは昔から仲良しだったじゃないか」

「ふざけんな! てめえはただのクソ野郎、『異世界の悪魔』だ!」

「……うーん、悪魔か。その呼ばれ方は嫌いだな。僕は悪いことをした覚えはないけどなぁ」

「あ!? てめえが何をしたか、忘れたか!」

「忘れてはいないよ? でも、あれは正当防衛だったし、僕は悪くないと思うんだけどなぁ。そうそう、これ見てよ。あの時にやられた傷、回復魔法でも治んなくて残っちゃったよ」


 悪魔は髪の毛をかき上げ、頭に残った大きな傷跡を見せた。

 クソ、並の悪魔なら致命傷だったのによ!


「けっ! てめえを仕留めきれなかったのは今でも悔やむぜ」

「アハハ! おかげで今でも一緒に遊べるんだからいいじゃないか!」


 悪魔がチャラけて笑っていやがる。

 目の前に本体がいたら、速攻でぶった斬ってやる!


「……それで、てめえが何の用だ?」

「はぁ。もうちょっと思い出話をしてくれてもいいじゃないか。冷たいなぁ。……まあいいや。僕の大事なミカエラは、元気に成長しているみたいだね?」

「あん!? てめえのミカじゃねえぞ、腐れ悪魔が! 今度あいつに手を出したら、てめえの首を取りに乗り込むぞ!」

「それは心外だよ。僕が可愛いミカエラに手を出すわけないじゃないか。今回は僕が指示を出したわけじゃないからさ。帝国も一枚岩じゃないんだよ。それに、僕が動いたらこの程度じゃ済まないよ。わかってるでしょ?」


 俺はもう我慢の限界だった。

 この虫唾の走る顔と声で喋る腐れ悪魔の映る魔道具の水晶を破壊した。


「……おい、てめえらもさっさと消えやがれ。俺の気が変わらねえうちにな」


 俺は帝国の暗部たちに殺気をぶつけた。

 暗部たちは恐怖に引きつりながら去っていった。

 

 ―三日後、平和なヤマト王国士官学園、新学期―


 僕は教室に入っていった。

 正直に言って、ほとんどのクラスメイトのことはよく知らない。

 雰囲気的には夏休み前と何も変わって無さそうだ。


 隣の席にはタケチがいるが、僕がミカエラと友達となった日からは絡んでくることが無くなった。

 干渉してくることが無ければ、僕はもう特に興味はなかった。

 僕はやり返すとかそんな事をするほど暇人じゃない。

 他にやることがあるんだ。


 教室のドアが開くと、担任のヤマウチが入ってきた。

 相変わらず猛牛のように迫力がある。


「さて、お前ら。今日から新学期だ。早速だが、これからテストをしてもらう。夏休みに何をしていたのか確認をさせてもらおう」


 ヤマウチは入学時と同じように、いきなり抜き打ちテストを始めた。

 クラスの中はあの時とは違って、ざわつくことはなかった。

 みんな、こう来ると読んでいたようだ。

 最下層のCクラスとはいえ、さすがは国内最高峰の士官学園だ。

 僕もまたこのテストに堂々と挑んだ。


 この日の終礼後、僕はヤマウチに教官室に呼び出された。

 テストの手応えは悪くは無かったが、ヤマウチにとっては不満だったのだろうか?

 僕は恐る恐る教官室までやって来た。

 ゴクリとつばを飲み込んで、ドアをノックした。


「入れ!」

「し、失礼します!」

「ああ、よく来たな、マンジよ」


 僕が緊張しながら教官室に入ると、ヤマウチは和やかに他の教官と話をしていて拍子抜けしてしまった。

 でも、何を言われるのか気を抜かずに背筋をピンと伸ばしたまま待機していた。


「フ。そう緊張するな。悪い話ではない。……マンジ、お前も部活をやらないか?」

「へ!? ぶ、部活、ですか?」

「そうだ。テストの結果を見て、お前を入れてもいいかと思ってな」

「えっと、そ、そんなに悪かったのですか?」


 僕は自分で思っていたよりも成績が悪かったみたいで、がっくりと肩を落とした。

 じ、自信あったのに。


「ガハハ! 逆だ、逆! 俺が思っていたよりもはるかに成績が上がっていた。特に実技が、だ」

「そ、そうでしたか。呼び出されたのでてっきり……」

「そう卑下するな。それで、入らないか、柔術部?」

「柔術……あの、返事は明日でもいいですか?」

「ああ、もちろんだ。直ぐに返事をしろとは言わん。もし嫌なら断ってもいい。だが、今のお前なら十分期待できる」


 ヤマウチからの話はこれで終わりで、僕は教官室を後にした。


「……て、いうわけなんだけど。どうかな、クロ?」


 僕は今日の修行を始める前にクロと部活について話をした。

 クロが何て答えるかわからなくてドキドキしている。


「ふむ。うぬはどうしたいのだ?」

「ぼ、僕? ……僕はやりたい!」


 僕は自分の意志をクロに示した。

 自分が教官に認められたことが嬉しい。

 もっと高みに登ってみたい。

 だから、僕は自分のやりたいと思うことに迷いはなかった。


「うむ。ならばやればよかろう」

「え、いいの!?」

「当然であろう。うぬの人生であるのだぞ。自分で決めなくてどうする」

「でも、クロと修行できなくなるし、その……」

「フハハ! 吾輩と一緒にいれなくて寂しいか?」

「へ!? そ、そういうわけじゃ……」

「冗談だ。幻獣召喚は強力な魔法だが、魔力の消費も激しすぎる。今のうぬではCランクですらせいぜい日に三度、Bランクの吾輩は一度だ。使うならば切り札だと思わねばならん。通常時はもう一つ武器が必要だ。……柔術、か。ふむ、悪くはないな。うぬには次の段階に進ませようと吾輩も思っていたのだ。体もやっと出来てきたが、力の使い方がわかっておらぬし、ちょうど良い機会だ。他の者に教わっても悪くはなかろう」

「あ、ありがとう、クロ! そこまで僕のことを考えてくれていたなんて!」

「ぬ! わ、吾輩は別に、そ、そんなつもりは……」


 クロは恥ずかしそうに照れて、床にころんと転がりながら顔を隠している。

 やっぱりネコだな。


「じゃあ、今日でクロとの修行は最後だね」

「うむ。だが、休日の修行は続けるぞ」

「うん、わかった!」

「フハハ! さあて、今日は気の済むまでやるぞ!」


 クロは、僕の一番の理解者だ。

 いつだって僕の心に火をつけてくれる。

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