第3話 入寮

「マンジー、何やってんだよ?」


 入学式が終わると、タツマたちは呆れ果てていた。

 自分でも何であんなことをしてしまったのか、僕自身よくわからなかった。

 しどろもどろに言い訳をした。


 この日は入学式と学校内の施設案内や手続きなどを済ませ、僕たち新入生は敷地内にある学生寮へと向かった。


 士官学園は全寮制で私生活から厳しく仕込まれ、世界でも最精鋭を自負するヤマト王国軍の将校を養成するのである。


 僕たちはそれぞれクラスによって分けられている寮へと別れた。


 僕が寮の共同食堂に入ると、先に集合していた新入生たちは一斉に僕の方を見た。

 そして、バカにしたような笑いを浮かべると、それぞれの話や入学資料を読んだり、それぞれやっていたことに戻った。


 な、何だよ、これ?


「ひゃははは! さっきは笑かしてもろたで! ある意味大物やな、自分?」


 困惑していた僕に話しかけてきたのは、西の地方の訛りのある細い目をした男だった。

 茶色い髪を刈り上げ、規則の範囲内でできる限りのおしゃれをしている。


「あ、ああ、そういうことか。入学式で僕のやらかしたことで……」

「せやで! みんな冗談のわからん連中でつまらへんやろ?」

「で、でも、僕はわざとやったわけじゃ……」

「何や! 自分、天然か! あれはおもろかったけど、間違いなく減点やろうな」

「あ、やっぱりそういうことか。……何か、色々詳しいね?」

「ああ、ワイは留年生やねん。去年は11位でギリギリ届かへんかったんや。ホンマ、悔しいでえ! せや、自分、名前は? ワイは、タケチ・ハンゾウや!」


 僕はタケチに自己紹介をした。


「へえ、マンジいうんかい。おさるっぽい顔してんのう」

「う! ……ちょっと気にしてるんですけど?」

「そいつはすまへんかったわ! そいから、ワイが年上やいうても、今はクラスメイトやで。もう友達みたいなもんやろ? 敬語はいらへんわ」


 タケチは僕の肩を掴み、気さくに笑いかけた。

 僕はタケチのこの好意的な態度に嬉しくなって心を許し、お互いのことを話し合った。

 そして、寮監がやってきて寮内の説明が終わると、僕たちはそれぞれの共同部屋へと入り、上級生たちに挨拶をしてようやく長い初日が終わった。


 次の日から徹底的に基本教練を叩き込まれた。

 基本教練とは、敬礼や行進等、軍人としての基本的な動作を訓練して、厳正な動作を身につけることだ。


「点呼だ! チンタラすんな! 番号ッ!」

「一ッ!」

「二ッ!」

「あ、三ッ!」

「遅い! 全員腕立てだ!」


 朝起きてから寝るまで、壊れたからくり人形のようにひたすら同じ動作を繰り返した。

 しかも同じ寮の上級生たちに理不尽なまでに怒鳴られながら、何かあればすぐに腕立て伏せだ。


「おい! 廊下で先輩とすれ違って挨拶もねえのか!」

「す、スミマセン!」

「腕立て三十回だ! 後で反省文書いてこい、オラ!」


 肉体的にも精神的にも早くもボロボロだ。

 でも、この鬱屈した1週間は終わり、ついに授業が始まることになった。

 

 僕たちは初めて自分たちの教室へと向かった。

 学生なのに初めて校舎の中に入ったのは今日からだ。

 しかし、行き先は大体分かる。


 入学式後の説明によると、

 この学校は三年制で、僕たち一年生は正門から右側の校舎を使う。

 その中でクラス分けをされている。


 各科の特等クラス10名は最上階の三階、Aクラス各科30名は二階、Bクラス各科30名は一階、Cクラス各科30名は地下室になる。

 この学校で高みを目指すということは、物理的に上の階に上がれということだ。


 スタート地点は、入試と中等学校時代の成績によって、クラスが決まる。

 そして、毎年の年度末に上位クラスに上がるための入れ替え戦が行われる。

 年間を通じて各クラスの成績上位10名に、上のクラスの成績下位10名へ挑む権利が与えられる。


 各科によって、この入れ替えのルールは変わるが、士官科は単純だ。

 全ての教科の総合得点と普段の生活態度による加点減点、様々な課外活動での評価点、それら全ての総合点で順位が決まる。


 そして、一年生の入れ替え戦は、一対一の決闘だ。

 力のない指揮官に価値はない、というこの国家古来からのサムライ思想によるものだ。

 

 僕たちは教室に入り、整然と並べられた木製の机へ番号順に席についた。

 僕たちの担任が教室に入ってくると、ぴんと空気が張り詰められた。

 担任は厳しそうに、眉間にシワの寄っている筋骨隆々とした猛獣のような若い男性だった。

 いや、異国の人種である獣人の血も入っているのか、バッファローのように立派な角を持っているだ。


「オレが今日から貴様らの担任になるヤマウチだ」


 ヤマウチは見かけによらず、静かな口調だ。

 しかし、重い圧力を感じる。


「貴様らは今、学園最下層のクラスにいる。だが、腐る必要はない。今、一番下ということは、これ以上下がることはない。上を目指せ! 上に上がりたいやつには協力してやる!」


 ヤマウチの言葉に、クラスの空気が引き締まるのを感じた。

 僕もまた、やってやる、という気になった。

 だが、すぐに僕は大きな壁にぶち当たり、心がへし折られることになる。


「今日はまず、貴様らの現在の実力を知りたい。抜き打ちテストだ!」

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