第2話 入学式

 今日は入学式だ。


 この日からこの国で高みを目指すサバイバルゲームが始まる。

 僕は気合を入れるため、両手で顔を叩いた。


 落ち着いて見上げてみると、この学園の荘厳さには圧倒される。

 天を突く二柱の石造りの尖塔を正面に、周囲には同じく石造りの装飾を施された三階建ての校舎が要塞のように広大な敷地を囲んでいる。


 鎖国時代、技術的に進んでいた神聖教共同体の圧力で開国させられた後、諸外国に追いつけ追い越せと英才教育を施す人材育成の場として、神聖教風のデザインで建造された。

 鎖国時代と言っても、一昔とは呼べないほど最近の話である。


 さて校門をくぐると、魔法科のとんがり帽子をかぶりメガネをかけた少女がオロオロしていた。


「あの、大丈夫?」

「ふぇっ!? え、えと、その……ああっ!?」


 僕が話しかけると、メガネの女の子は驚いてしまい、帽子を落としてしまった。

 あたふたと慌てて、銀色のくせ毛の上に帽子をかぶり直した。

 よく見ると、遠い異国メリカン大陸の原住民の特徴、耳が長く尖っている。

 留学生かな?


「あ! もしかして、入学式の会場に行きたいの? 僕たちも行くけど、一緒に行く?」


 僕はふと思い当たり、気軽に誘ってみた。

 メガネの女の子はコクコクと頷き、僕たちの後について会場まで歩いてきた。


「あ、あの、あ、ありがとうございました。わ、私は、その、すごい田舎から来たばかりで、し、知らない人と話をしたことがなくて……」


 メガネの女の子は人見知りが激しいのか、おどおどとうつむいたままだ。

 僕は打ち解けてもらえるように明るく自己紹介をした。


「ううん! 困った時はお互い様だよ。僕は、シオン・マンジ。君は?」

「わ、私は、ディアナ・ルーニー、です」


 ディアナは赤い顔ではにかんで笑った。

 眼鏡の奥から澄んだ青い瞳が見える。


「わあ、すごい! ディアナちゃんは魔法科・特等クラスなんだね! 私はヒライ・サヨ、医療科・Aクラスだよ」

「へえ! 士官科・特等クラスの次にランクの高い科じゃないか。俺はサカノウエ・タツマ、士官科・Aクラスだぜ。俺はこの国の『英雄王』になる男だ!」


 タツマは子供の頃からの口癖を自信満々に言った。

 みんなはお互いの胸につけたクラスのエンブレムを見せ合った。

 ちなみに、補欠入学の僕は士官科・Cクラス、最低ランクになっている。


「ほう? 『英雄王』になるなどと大それたことを言えるとは、よほどの大物か世間知らずのただのバカのどちらかだな?」


 僕たちの話に入ってきたのは、長身でしかめ面の眼光の鋭い男だった。

 後ろには、魔法科のとんがり帽子をかぶった、同じ顔の少女たちを引き連れている。

 少女たちは男を放っといて、お互いのおしゃべりに夢中だ。


「へっ! 人になんて言われようが、男に生まれたからには天下てっぺんを狙うもんだろ? あんたは違うのか、?」

「……私のことを知っているのか?」

「ああ、知ってるぜ! トクダ・ムラマサ。現『英雄王』の息子にして、俺達の世代で『英雄王』に最も近い男だ。だが、この国の制度じゃ、王は血縁では決まらねえ。実力だ!」  

「ふん! 私がただの親の七光だとでも? 私は実力で士官科・特等クラスの座を手に入れた。たかがAクラスの君がよく大口を叩けるものだな? 求めても王座は与えられんぞ! なぜなら『英雄王』になるのは、この私だ!」

「上等だぜ! 何人たりとも俺の野望を挫くことは出来ねえ! すぐに追い越してやる!」


 タツマはムラマサと火花を散らすように睨み合った。


 この国はランクによって国民階級が決まる、完全実力主義の超競争社会だ。

 かつては封建社会で国家元首や地方首長などは世襲制だったが、今では開国され社会構造が大きく変わったからだ。


 現在では、富国強兵を標榜するこの国では、実力のある者ほど高い地位につくことが出来るし、実力のない者が上に立つことがあれば、下のランクの者に引きずり降ろされることもある弱肉強食の社会だ。

 つまり、最高位ランクの選ばれし実力者が、この国の最高指導者『英雄王』になることが出来る。


 この国の生まれならば、誰にでもチャンスはあるわけだが、その道のりは果てしなく険しく長い。

 そして、この国のシステムと同様に、学生のうちからはっきりとしたランク付けをされる。

 すでに、この国での頂点を目指す戦いは始まっている。


 タツマは、ムラマサに張り合うように急いで会場に入っていった。

 残された僕たちも、入学式の会場である大広間に緊張しながら入っていった。

 

 席は初めからクラス分けされ、前から順番に上のランクになり、後ろは僕のいる下のクラスになる。


 入学式は、国歌斉唱をし、学長などの祝辞といったありふれたものだった。

 だが、学長の最後の言葉は胸に響いた。


『若者たちよ、高みを目指せ! 挑戦を恐れるな!』


 単純だが、この言葉が体に鳥肌を立たせた。

 しかし、僕は早くも頭から消失した。


 新入生代表が壇上に立つと、会場がざわめいた。

 新入生代表は、中等学校時代の成績と入試成績を合わせて首位だということを意味するが、それだけではない。

 首位が外国人だったことは、おそらく史上初だからだ。

 だが、僕にとってはそれだけではなかった。


「ああーーー!!?」


 あの時の女神だ!


 僕は胸が高鳴っていたが、すぐに血の気が引いた。

 会場の人全て、軍高官の来賓までも僕の方を振り返り、やらかしたことに気づいた。

 僕はこんな厳粛な場で大声を上げてしまい、会場中から白い目で見られてしまった。


 バカだ、僕はなんてバカなんだ!


 とんでもない悪目立ちをしてしまった。

 僕は入学式が終わるまで、小さくなって過ごした。

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