忌数のメ

Aruji-no

一のメ <前>

 ここは、横谷横丁。

 またの名を、殺し屋横丁。

 世界を巻き込んだ史上最悪の外交の全大陸争乱後。復興と混沌の渦中にあった"倭国わこく"から生まれた裏社会の生ける伝説である。文字通り、商店街で店を営む者全員が殺し屋である。

「それって本当なの?母さん」

 南通りで書店樋之口書店を経営する一葉ひとはは、相談事に訪れた母にそう返した。もちろん彼女も殺し屋であり、その母-と言っても彼女がこの世界裏社会に入った際に世話した恩人であり師匠という方が正しいのだが-もまた現役の殺し屋である。ちなみに北通りで花屋しやう生花店を経営している。

「いいえ。タダの勘よ。だから、あなたに相談しに来たの」

 言いながらも母には、何かしらの確信があるように感じた一葉は、店先に"休憩中"の札を下げ、店の奥へと入った。

「この辺で荒事が起きそうよ」

 先ほど、母はそう切り出した。ここ最近で、奇妙な情報がふたつ耳に入ったからだという。

 ひとつは、のひとりがやけにという情報。親方とは、殺し屋横丁立ち上げに携わったであり、裏社会の中でも、実在すら疑われ始めているほどの伝説中の伝説である。勿論彼らは実在し、その多くが現役を引退したか、この世を去っているかしており、今はその地位を継いだ次代の者たちの事を指している。

だけ?」

「いいえ。動いたよ」

 どう違うのかは定かではないが、親方の一人が他の者の目につくような不自然な動きを見せていたというのだ。しかし、それの具体的な内容までは辿り着けてはいない。

「ちなみにその親方って誰?」

福和田ふくわださん」

「塾の先生の?」

 福和田は、東通りで個人塾塾のすゝめを営む中年男性である。地元の子たちにも人気があるが、無論彼も殺し屋である。

「あの人?お母さん仲良かったよね?」

「まぁ、よく話はしてたけど、最近は疎遠でね…」

 少し端切れが悪くなったように見えるが、母はそのまま話を続けた。

 もうひとつは、親方福和田の動きが気になり始めたのと同じ時期に、華国かのくにからのが来たことだった。

「旅行者?外交官とかじゃなくて?」

「ええ。

 かのくにとは、わこくとほぼ地続きにある隣国である。体型や顔つきが少し細身であることを除けば、外見も言葉も同じであるが、世界を巻き込んだ史上最悪の外交全大陸争乱の最中に同盟関係を解除しての袂を分かち激しい戦争状態に陥っており、そのわだかまりは今も燻っている。当時を知る従軍経験者も減り始めてはいるが、騒動外交問題を警戒し両国の公務を除いた往来は厳しく制限されている。

「まだ観光を楽しめるほど、空気は緩んでないと思うけど」

「あなたでもそう思うなら、私の勘も鈍ってないようね」

「偶然じゃないってこと?」

「この世に偶然なんてないって教えたでしょ」

 母の目が一瞬、職人殺し屋それ目つきに変わった。

「そうだった。大抵は誰かのお膳立て。でしょ」

「そうよ。忘れたりしたら、もうお母さんって呼ばせてあげないから」

「それは嫌」

 と、一葉は母を逃がさぬように両手を包んだ。

「わたしに任せて。調べてみる」

「いいのかい?」

「遠慮しないで。それに時期親方候補である母さんだって、あまり目立って動けないでしょ。明後日には儀礼も控えてるんだし。今回は献上役なんでしょ?」

「ええ。もういい年なのにそんな目立つ役もらっちゃってね。でも親方の件の方は、気が早過ぎよ。まだ審議の段階なんだから」

 実力と実績から見れば、母は親方としての地位と力を持つに申し分ない存在であった。にも関わらず、審議が長引いているのは、彼女がであることが全く無関係という訳ではなかった。

「でも、一人でやる気?普段の仕事とは毛色が違うわよ」

「親方が関わってるんでしょ?下手に他の人間巻き込むのも悪いし」

「まぁ、それもそうね。そもそもこの会話自体もあまり聞かれるとまずい訳で…」

-っ。

 それはとてもささやかな、音とも言いがたい程の床の軋みであったが、母娘おやこ殺し屋プロへと切り替わるキッカケには充分だった。


 ✘


「あ、あはは。お邪魔してます…」

 母子によって、首筋に擬飾した剃刀花鋏はなばさみを添えられたのは、西通りで薬局ぼっこ薬局を営む野々口ののぐちだった。一葉とは、同じ養護施設で育ったいわゆる幼馴染みでもある。

「あら、ひでちゃんだったの」

「勝手に上がりこんで何してるの?札あったでしょ?」

 相手が身内と知るや、母娘ふたりの顔から殺気が消えるも、ふたつの得物はなおも彼の首筋に寄り添ったままだった。

「いや、通りかかったら店内に会計待ちのお客がいてさ。律儀に休憩終わりを待ってたみたいだから、教えとこうかと」

「何よ。なら店先から呼べばいいじゃない」

 ここでようやく一葉は栞を納め、足早に店内へと戻っていった。


 ✘


「え?どういうこと?」

「だから、手伝うよ。僕も」

 接客から戻ると、野々口は母から事情を聞いたのか、調査に協力すると申し出てきた。

「どういう風の吹き回しよ?」

「いいじゃない。やっぱり一人だけじゃ無理があると思うから」

 腑に落ちない一葉を母はそう説き伏せ、結局一葉と野々口の二人での調査が行われることになった。


 ✘


 お互い店を臨時休業とした野々口と一葉は、早速調査を開始することにした。

「どこから当たるの?」

「まずは情報源からね」

 と、一葉は母から聞いた情報の出処の名を挙げた。

「アキモク?情報屋の?」

「ええ。母さんが最も懇意にしてるね。その男から聞いたみたい」

 情報屋。

 その起源は、殺し屋横丁と同じく世界を巻き込んだ史上最悪の外交の全大陸争乱後にまで遡る。初代は元は堅気の記者であったが、復興政府の強権的な政策や腐敗を追ったことが原因で命を狙われる羽目となり、裏社会に逃げ延びたという経緯を持つ。売り物の仕入れ先情報源は、その取材の際に知り合った各種機関の反感者たちであり、その繋がりは世代を超えて受け継がれている。

「でもあんた。調査の手伝いだけじゃなく、必要経費まで持つなんてどういうつもりよ」

「まぁ、いいじゃん。丁度昨日ひと仕事済んだ標的を殺したとこだったし」

「…もしかして母さんに脅された?」

「そんなことはないよ」

 声が固くなったので嘘とはすぐに分かったが、一葉は母の気遣いと思い甘えることにした。

「なら遠慮しないわよ。領収証いる?」

「必要ないよ。で、そのアキモク情報屋さんはどこに?」

「知らなかったっけ?」

「僕の馴染みは、ハクブンさんだから」

「あの爺さん。まだ現役?」

後継ぎD号にまだ納得いってないみたいで。それで?」

「場所は入船街いりぶねがい扇海亭せんかいていの二階」

「あそこは四階まで扇海亭せんかいていじゃ?」

「二階の専有席があいつの店」

「貸し切り?」

にね」

「店に迷惑だ」

「そこは同感。…待って」

 商店街を出ようとしたところで、一葉は足を止めた。

「どうしたの?」

「情報源の前にその情報源に会いに行くわ」

蜜蜂ハッチのこと?」

「ええ。せっかくの調査よ。根本はじまりから行きましょ」

 そして、一葉と野々口は商店街の外へと出た。

 アーケードに遮られていた陽光が、二人を照らし出した。


 ✘


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