八月一日
「かあさん久しぶり」
「おばあちゃーーん!」
「まあ、一年ぶりじゃなあ。よう来てくれた」
真夏の熱く眩しい日差しを浴びながら、私はやっと実家に到着した。東京駅、何とか間に合った新幹線に乗り込み、車内で弁当を買って朝ごはんを済ませ、岡山駅を目指した。降りてからは、山陽線に乗って和気駅へ向かい、そこからはタクシーで約四十分。
私は秘密の村へ、今年もやってきた。
ここへ来るまで、家からだいだい五時間半か。そのくらいか。真夏の長旅は、私のエネルギーをだいぶ吸い取ったようだ。
わくわくと、元気に楽しそうな海の隣で、私はへたってしまっている。
「かあさん、聞いてよ、寝坊して、ダッシュして、長旅はくたくただよ」
「まあ、それなら休まれよ、畳でごろごろせられ」
「ありがとう……」
昼過ぎのこの村は、暑いはずなのに、都会とは違うクリアで涼しい空気が私を癒しに来ていた。
私は畳の部屋へ行き、ごろんと仰向けになって、体を休める。転べば、田舎の音が、私を優しく包んでくれた。
海は自分のおばあちゃんと会えて嬉しいのか、かなりの勢いでかあさんに話しかけているようで、興奮した声が隣から聞こえてきた。
「子供は元気だなあ」
この家には毎年、海とこの時期に来ている。今は、夏休みが始まったばかりの八月一日。息子にとっては、わくわくどきどきの、田舎生活の幕開けだ。小学二年生、好奇心旺盛なお年頃は、一年に一度しか味わえないこの村を楽しみにしていた。一カ月前からずっと、私に『いつ新幹線乗る?山行く?カブトムシ会える?』と話しかけてきていたっけ。
あ、そうだ、これが一番言われたんだっけ。
『いつ箒乗れる?』
この村でしか、味わえない体験を、息子は一番楽しみにしているんだった。しょうがない、起き上がるか。
私は息子が一番楽しみにしていることを叶える為に、頑張って起き上がった。少し横になれば、体は軽くなるらしい。さっきよりも楽な気がする。
いや、こののどかな気候と静かな空気中から聞こえてくる、川のせせらぎだとか自然の声が、私を回復させたようにも思える。
私が息子のところへ向かうと、かあさんと楽しそうにまだ、話していた。私が来るなり、息子は輝いた目で私に叫ぶ。
「いつ、いついつ、箒乗れる!?」
ああ、やはり楽しみにしていたようだ。
この村でしかできない体験を。
仕方ない、乗せてあげようじゃないか。
「海、なら玄関からでよう、乗せてあげるから」
「やったああああああ」
私は、太陽が熱く照らす地面を踏みながら玄関から外に出た。たしか、倉庫に箒があったはず。
「海、そこで待ってて、探すから」
「はあーーい」
海を倉庫前に置いて、ガララとシャッターを開け、中へと入る。
倉庫の中は、とてもきれいに整頓されていた。去年はごちゃごちゃしていたが、かあさんが綺麗に掃除したのだろう。物を探しやすくなっていた。
「私の箒って、あ、これか」
倉庫で見つけた箒は、綺麗だった。一年経っても、去年と同じ綺麗なままだ。この箒は、何年経とうが、見た目が変わらない気がする。
「海、後ろ乗りな」
「わーーい、乗る乗る」
私は倉庫前で箒に跨り、海を後ろに乗せた。
そして、勢いよく、空へと飛んだ。
「さて、シュッぱーつ!」
「きゃああああ、空だあああ」
海は、私の背中を小さな腕でつかみ、空を楽しんでいる。上へ上へと飛ぶほど、実家は小さくなり、景色は広く、大きく、壮大になる。
息子よ、これが念願の景色だ。
「ママ、楽しいね!」
息子はにこにこと嬉しそうにしていた。
箒で飛ぶのは久々だ。とても気持ちが良い。いつ乗っても。この村の風が、私をいつも、優しく空へ運んでくれる。
昔は毎日飛んでいた。
きっと、東京ではこれは普通ではないだろう。というよりは、この村の人以外だろうか。この村以外で乗ると、騒がれてしまうので、かあさんが秘密にしてと、昔言っていた。
この村だけの話らしい。
ちなみに、私が何故空を飛べるのかだが、私は魔女の末裔なのだ。この村は、昔、魔女の村で、沢山魔法を使える人がいたらしい。それはもう、何百年も前の話だが。
今は、魔法を使える子孫はほとんど残っておらず、私だけが、空を飛ぶことができるようだ。
そんな不思議な村で、私は、一カ月の夏を今年も過ごす。
特別な、夏休みを満喫するのだ。
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