第7話 また始めよう

 再び『デイブレイク・ゲート』……らしい。


 今度は岩場……いや、山か?

 身体が少し重い上に風が強い。山だとしたら酸素が薄いのを表現しているのかもしれない。ゆったりと落ち着いて呼吸と行動をしないと、高山病になる危険性もある。

 いやいや、いくらリアルと言ってもこれはゲーム……その心配はないか?


 だがやはり身体の重さも感じる。恐らくだが、何らかのマイナス要素を受けているとみるべきだろう。



 ……確かにさっきと違うところだけど、環境自体は厳しくなっているじゃないか。

 ちょっと酷くないか?



「クソ、もっと町の入り口前とか平和なとこに送ってくれよ」

 愚痴りはするが、誰にも……もちろん、こんなところに送ってくれたヴェルトラムにも聞こえないだろう。

 あのゴスロリ幼女AIことヴェルトラムは、今もマイペースにポテチを食ってごろごろしているに違いない。


 そういや、あの白い空間……他に誰もいないんだろうか?

 他に何もすることがないのか?



「……後で考えるか。今はとにかく、町とか村を探すしかないな」

 取り合えずの目的を決めて周囲を見渡しても、人気のない岩場しか見えない。吹き付ける風は容赦なく、それに耐えられる者のみが残った。そう言わんばかりの岩石とわずかな植物しかない。

 どこに行くべきか……いっそ崖でも目指して、そこから眺めてみるか?



 その時、ふっと空が陰った。

 ——脊髄を凍らせたかのような、凄まじく嫌な予感が走る。



 いやいや、それはない。ないだろう。

 暗くなったほかに、羽ばたきの様なバサ、バサ、という音も聞こえるが気のせいだ。気のせいということになってくれないだろうか?

 全てはこの強風の悪戯だった、それで勘弁してほしい。


 だって、そうだろ?

 二回連続なんて有り得ない。ヴェルトラムだって「ちゃんと別の場所にするよ」って言ったじゃん。もっと厳しい所とか訳わからないじゃん!

 そう思って空を見上げるも……


「クソが」

 思わず毒を吐くが状況は何一つ変わらない。



 現実——いや、ここはゲーム世界だが自分にとってのそれ——はどこまでも残酷だった。



 空を覆うような翼が羽ばたき、それを携える巨体が俺を見下ろしている。

 赤い竜鱗、二本の立派な角、がっしりとした手足、背中から生えている皮膜で覆われた巨大な翼、男の子が憧れる幻想生物トップの一角“ドラゴン”がそこにいた。


 一つ目大巨人よりヤバそうじゃねえか! こんなん勝てるかボケ!

 三十六計逃げるに如かず。

 即座にさっき貰ったスキル『隠密』を発動する!



 手応え……あり。

 見えないはずなのに……自分の姿が透明になるような、周囲に溶け込んでしまうかのような、どんな場所でも潜める。姿も匂いも音も隠して自らの存在を無に出来る。

そんな確信を持てた。いける!


 確信を裏付けるようにドラゴンが首を動かし、空から地上を右へ左へと探し始めた。金の瞳も、同じように動いている。



 よしよし、奴は俺を見失った。あとはすたこらサッサだぜぇー……え?



 ドラゴンが大きく息を吸い込み始めた。

 今上空に構えるドラゴン、体色は赤い。単純に名付けるとしたら『レッドドラゴン』というところだろう。


 赤と言ったら、一般的に暖色系の代表と言える。

 思い浮かべるとしたら火とか熱とか……他のものだとポスト、トマト、リンゴ、サンタさん……子供の頃は信じていて、クリスマスがすごく待ち遠しかったな。いつサンタさんの現実に気付いたんだっけか?



 いや、現実逃避してる場合じゃねぇよ! やべぇって!



 スキル『隠密』を発動したまま反転、全力で駆け出した!


 ……つもりだった。

 実際は180度の反転をした瞬間、背後から橙色と赤色を混ぜ合わせたような光と熱に押しやられる。


 そうだよな、ドラゴンだもんな。しかも赤いもんな。

 そりゃ炎くらい吐くよな。


 多少位置が分からなくても関係ない。

 岩場もろともこんがりウェルダンにされてしまったようだ。






 そして、再び漆黒に閉ざされる。

 また闇が、波打った気がした。

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